③ ちょっとこの夫婦どうしましょう
「大丈夫かい?」
「ええ。もう大丈夫です。ジークムント様すみません、せっかくの楽しいひと時に」
「メイドたちに帰りの支度をするよう話したから、少し休んだら馬車に乗ろうね」
「はい、エイリーク様」
「最近、お父上の手伝いなどで忙しくしていたから、疲れが出たのかな?」
「それほどでもなかったですが……」
「ん──……」
そこで何を思ったか、いぶかしげなジークムント様がお姉様に、耳を貸せというジェスチャーを。
「はい?」
内緒話……何を話しているのかしら。
「……! な、ななな何をお聞きになるんですかジークムント様っ!」
あら? ずいぶん慌てて。
「エレーゼ、俺は医者だよ?」
何ですの、お姉様もジークムント様も。
「え、えーっと……」
今度はお姉様からジークムント様に内緒話……エイリーク様が不審げなお顔で見てますわよ。
「ほぼほぼ確定じゃないか」
更に目を合わせてしまいました。エイリーク様の前でそんな、堂々と……。
「………………」
まぁ。お姉様が無言で固まってしまいました。
「エレーゼ?」
「お姉様?」
はっと我に返ったお姉様の顔が、急に真っ赤に。……んっ!?
「エイリーク様っ、私、も、もしかしたら……」
お姉様がお腹に手を当て、エイリーク様の目を見つめています。鈍感なエイリーク様でもさすがにお気付きになるでしょう。
「………………」
「エ、エイリーク様?」
まぁ、そうですわね。このようにカチコチになってしまわれると思っていました。
「……はっ! ……エレーゼ……」
「は、はいっ」
エイリーク様がお姉様の両肩を掴んで迫っています……。喜びを表現するのですね? あまりお姉様に無茶しないで……。
「名前どうしよう!?」
「へ?」
「エレアンヌ……エレーシャ……いや、エレノア? エレリーナ?」
「「…………」」
ジークムント様と私は言葉を飲み込ませていただきました。
「ああ困った名前どうしよう!!??」
「そうですわね。どうしましょう!」
……さて、帰りの支度もできたようですし、馬車に乗るとしましょうか。
帰り道でもこちらの夫婦がずっとソワソワ、ソワソワしています。
「エレーゼ、今度の僕らの誕生会、出席しても大丈夫かな? 大事をとって欠席した方がいいのでは」
「そこまで緊張しなくても大丈夫だよ。俺もいるし。休憩室を整えておこう」
エイリーク様が過保護です。
「お父上にも報告しないとな。きっとお喜びになる」
「まだ早いよ。二・三か月先でいい」
ジークムント様の物言いに呆れた鼻息が混ざっています。
「そんなに先でいいのか?」
エイリーク様、前のめりすぎです。
「ああ、もう名前どうしよう……。エレチェル? エレファニー?」
これがいちばん前のめりですわね。まず、女の子とは限りませんわ。
「エイリーク様……」
「ん? 大丈夫かい、気分悪い?」
「いえ。あの、お父様にお伝えすることについてですが……」
お姉様、また少しお顔が青くなっています。大丈夫でしょうか。
「うん、心配しないで。まだ言わないから」
「あの、これを話してしまったら……」
「うん?」
「可愛い娘の私が、もう、その……清らかな乙女でないとバレてしまいます!」
「「「………………」」」
お姉様のお顔が赤くなりました。「きゃぁ。どうしよう! お父様が卒倒しちゃう!」という期待感がオーラとなって見えます。
「……大丈夫だよ、エレーゼ」
顎を少々上げたエイリーク様の目線が、宙で大きな弧を描き、妻のところに辿りつきました。そして、余裕の微笑みで彼女の肩に手を置いて……。
「お父上にはカボチャ畑で拾ってきたと言おう!」
「はいっ!」
……いいのですかそれで。
もう、お姉様ってば、顔がユルみすぎです。「さすがエイリーク様、大好きィ!」って言ってそうです。エイリーク様の周囲にチカチカと輝きが見えていそうです、私にはひとカケラも見えませんが。
ここで銅像のようになっているジークムント様の方を見たら、目が合いました。
「マタニティブルー……いやこの場合はマタニティピンクというのかな、それを研究するのもいいかもなぁ、医療の発展のために」
手が空いたらお願いしますわ。
本日はノエラ本邸にて、ご兄弟のお誕生日パーティーが行われています。
例の夫婦はまだそろってソワソワしていまして、みなに発表したくて仕方ない、といったウズウズぶり。なので私が見張っております。
「今年は去年よりもゲストが多いですわね」
毎年ゲストは兄弟それぞれ約100名ずつ、というのだそうです。しかし以前のエイリーク様は美術関係の御知人10名ほどしかお呼びにならなかったと。
去年はストラウドからも参加させていただいて30名ほど。さらに今年は満席の100名ご招待とのことで。
結婚後のエイリーク様はお姉様を見せびらかしたくて、かなり社交的になられたのですね。
さて。
パーティーが始まって秒で男性方に誘われましたが、私このごろ、新しく男性とお知り合いになる気分ではありませんの。そんな悠長にしていられないだろうって? 余計なお世話ですもの。顔にベールをかけておきますわ。
「ごきげんよう、アンジェリカ」
後ろから声が掛かりました。女性の声ですわね。振り向くと……。
「ちょっといいかしら」
あら、コルネリアお義姉様。はぁ、ストラウドの代表でいらしたのかしら。お兄様はお忙しいですものね。
そして隣には、妹のパトリス嬢。私と同い年で、なんというか、面倒くさい子です。
「ごきげん麗しゅう、お義姉様、パトリス様」
「あちらで大勢に囲まれているジークムント様なのだけど」
ああ、本日の主役ですから、いつにも増して囲まれていますわね。
「ここに連れてきてくれないかしら? パトリスを紹介したいの」
「どうして私が? お義姉様が直接お出向きになられたら?」
「そんな図々しいことできないわ。ワンクッション置かせてほしいのよ」
そんな図々しいことを人に押しつけないでくださる?
と言いたいところですが、しょせん私は義妹。逆らえません……。
「ジークムント様」
「ああ、アンジェリカ。今日の君は珍しくオフホワイトの装いなんだね。しなやかな白鳥のようだ」
「ありがとうございます。あの、ストラウド家からの挨拶を……」
「ジークムント様、お久しぶりですわ!」
お義姉様とパトリス嬢が勇んでやってきました。突き飛ばされる私……どうして私がこのような目に。
コルネリアお義姉様はジークムント様がとてもお気に入りで、しかしご自身はとうに既婚の身、ここは代わりに妹を……という魂胆のようです。
妹を紹介って、ストラウド家関係なくて、やっぱりそういう意味でしたのね。
最近の私、そういった事に関する触角がたるんでいますわ……。