② 結局ブーケはゆずっていただきましたし?
どう言えば慰めになるのでしょう。こういったことにあまり経験がなくて、気の利いたことを言える気がしません。
でも、ただ“共感する”ということを、お伝えしてはおきたいです。
「私もそうなので感じるのですが、あなたはなかなか人を好きになれないのでしょう。それでも自分が好きにさえなれば、相手が自分を断るなんてありえない。だから恋は上手くいくものだ、と思ってる」
「まぁね。否定はしない」
「でもあなたも私もこれで分かりました。私たちでもどうにもならないのが恋なのだって」
「ああ、エレーゼはどうにもならない。俺の手に負える娘じゃなかった。良家の令嬢が、ちょっと目を離した隙に、木に登るわ、海に飛び込むわ」
あら、ジークムント様、お声からぐったりした様子がうかがわれます。そうでしょう、付き合いきれませんでしょう。お姉様って、いつもそうなの。
ここでふと、彼のおでこが私の肩を小突きました。
「次だれかを好きになっても、また上手くいかないかもしれないな」
「そうかもしれませんが、でも私は好きになった人と結ばれたいです。好きになれない人とは、お父様にどれだけ急かされても、社交界で肩身が狭くなっても、結婚いたしません」
「そんなこと言ってたら、君ずっとひとりかもしれないよ」
「意地悪ですのね。次はきっと上手くいくよと、言ってくれませんの?」
「今日失恋したのは俺だからね」
そう苦笑いする彼は、大人の殿方が少々情けないお顔ですが、西日が当たってとてもキレイです。こんな弱みを女性に見せたら、きっと誰も放っておかないでしょうね。
「次はきっと上手くいきますわ」
「ありがとう。君もね」
彼は立ち上がりました。そして私の手を引っ張るのですが。
社交界から長く遠ざかっていた状況がうかがえる、ぞんざいな紳士です。
「下町でイイ家庭料理のレストランを知ってるんだ。隠れ家的な。興味ある?」
優雅で雰囲気のあるレストランには連れていかれないと分かっておりました。別に何かある仲でもなく、ちょっとした失恋仲間ですから。
「どんなところでもお付き合いいたしますわ。失恋したばかりの、今だけですよ」
隠れ家で静けさの中、こぢんまりと、明るい未来に乾杯いたしましょう。
時は流れ、柔らかな日差しの差す早春です。先日、お姉様とエイリーク様の挙式がつつがなく執り行われました。
本日はジークムント様が隣国へお戻りになる日ですので、お見送りにまいりましたのよ。
「やぁ、アンジェリカも来てくれたのか」
「ええ。お姉様がノエラ家で問題なく暮らしているだろうか、と見に来たついでです」
「なんだ、君、エレーゼが引っ越してしまって寂しいんだ?」
「べ、別に寂しくなんてありませんわ!」
もう、お姉様もエイリーク様もにやにやしています。誤解ですのに。
「あ、あの、ジークムント様……」
「ん?」
「これをどうぞ」
私は手のひらサイズの長方形の紙を差し出しました。
「これは、押し花?」
「結局、花嫁のブーケは私がいただきましたし、その中の小花を一本取り出して栞を作ってみました」
「ああ、爽やかなブルースターだ」
「あなたには水色がお似合いかと」
「ありがとう。読書用に使わせてもらうよ」
彼はにっこりと笑いました。
豪華なものではないけれど、餞別にあまり目立ったものだと気後れされてしまうかもと、少々悩んだのです。
「あ、あと、それ。この画集に挟んでお持ちになってください。そのままでは、くしゃくしゃになってしまいそうだから」
手持ちのものを渡しました。
「ありがとう。君はこの画家の絵が好きなのかい?」
「ええ。エイリーク様にいろいろとお借りしたのですが、私は色味が派手で、写実的な絵画に惹かれますの」
「悪くない趣味だ。今度、画展に行こうか」
「え……」
一緒に? ……まぁ、家族ですものね。
「そのうちに、是非」
こうして彼は、馬車で行ってしまわれました。とはいえ、半年後にはまた彼のお誕生会がありますしね。
そして橙色が景観を染める秋。もうすぐお誕生会ということで、ジークムント様がノエラ邸に帰っていらっしゃいました。結婚式から7ヶ月ぶりといったところです。
本日はお姉様、ノエラ兄弟と森の湖畔にピクニックに来ています。天気も良くて、秋の気持ち良い気候です。両家のメイドも同行し、あちらで楽しんでいる様子ですわ。
「ジークムント様はいずれこちらにお戻りになってから医院を開く予定なんですよね?」
サンドイッチをつまみながらお姉様が尋ねています。
「いずれというか、もう来年中には帰国しようと思っているよ。そもそも去年の今ごろ俺は、君と結婚してストラウド領で開業をと考えてたんだし」
「ううっ……」
お姉様、やぶへびですわ。これにはエイリーク様でも、気安くフォローの手を差し入れてはくれません。
「まぁ、留学から研修と、隣国に滞在してもう7年たったし。やっぱり自国の医療の発展に寄与したいんだ。ノエラ領でもいいけれど、王都の方に出る選択肢もあるかな。特に始めのうちは……ん。エレーゼ?」
ジークムント様、何か気付いたようです。
「顔が青いよ。どうかしたか?」
「あ、えっと……実は、ちょっと、気分が……」
「えっ? エレーゼ、大丈夫か?」
エイリーク様がとても心配そうに顔を覗いています。
私は気付きませんでしたが、さすがジークムント様はお医者様だけあって、お姉様の体調を見抜いたのですね。お姉様は気を遣って無理をしてしまう質なので良かったです、気付いてもらえて。
「ちょっと私、あちらへ……」
「僕も行くよ」
「ひとりで大丈夫ですからっ……」
「でもっ…」
「じゃあ、メイドたちをよこしてくれますか?」
「分かった」
エイリーク様は慌てて走っていき、お姉様もよたよたと、森の陰に向かっていきました。
「……君は姉に付いていかないのか?」
「?」
「俺はついていきたいけど、夫の同行も断るくらいだから……。でも君は妹なのだし」
「メイドたちが付き添えば大丈夫でしょう?」
「これが逆ならエレーゼは君に付いていったと思うけど」
「!」
なんですの、その言い方は。
「私が付いていっても、してあげられることがありません。邪魔になるだけです」
「そうはっきり言うのもなぁ」
だってそれはメイドの仕事ではないですか! お姉様みたいな変わった人と比べられても!!
……でもこの人はそんな『変人』がお好きなのですよね。いちいち気にしていたら身が持ちませんわ。
お姉様が戻ってきました。お疲れの様子ですわね……。




