① あるようでない男、あるようでない女(※女運・男運
番外編まで足をお運びくださいましてありがとうございます。
妹アンジェリカ編・こちらもジレジレ絶好調ですが、お付き合い頂けましたら幸いです。
ただいま私はノエラ本邸近くの丘で、夕日が落ちるのをジークムント様と、地べたに腰を据えて眺めております。
「ううっ。しくしく……エレーゼぇ……」
橙の陽の光が彼の憔悴したお顔を照らします。
地べたに座りこんでいながらも、苦慮する姿がお美しいジークムント様ではありますが……。
「しくしくしくしく……」
あああ、想像以上に女々しいです。何を話しかけようとも、けんもほろろです。
時系列を追ってお話しいたしますと、今朝、我が姉がノエラ本邸の裏の海で溺れたというのです。この10月の肌寒い時節におひとりで寒中水泳をなさっていたらしいですわ。お姉様、泳げるわけないですのに、エキセントリックが過ぎます。
その前日ですね、私はノエラ本邸の蔵にお姉様とエイリーク様を閉じ込めたのです。それだけを言うと、私も十分エキセントリックですわね。
なんだかもぞもぞ言いたいことも言えないおふたりを見ていて、もどかしくなったのもありまして。柄にもなくお節介を焼いてしまいました。
朝おふたりを迎えに行って、エイリーク様にちゃんとお話しできたのか聞いてみたのですが。
────「うーん……眠い」
そのままベッドへバタリと倒れこまれました。まぁ、きっとよく話し合い仲直りもできたのでしょう。婚約に関してはどうなったのかしら。目覚めたらちゃんと報告していただきましょう。
そんなわけで私は彼のアトリエで、しばらく時をつぶしていたのですが……。
夜になりました。またこちらにお泊り決定です。私、これでも未婚の娘だというのに。
そのうちにエイリーク様が起きて来られたので、話を聞いてみましたら。
「うん。エレーゼ、僕の肩にもたれて、すーっと寝息を立てて朝までスヤスヤ寝てたんだ……」
……寝てたんだぁニヘラ~~…じゃないですわ! 朝まで寝顔見ていただけです!?
「婚約に関しては……?」
「記憶を取り戻せなかったし、だから、何も……」
何も。じゃないですわ──! 何も変わっていないではないですか! ……本当に何も変わっていないのかしら。
「彼らは今日、本邸に向かったそうです。私たちも夜が明けたら伺いましょう。それが最後のチャンスです。ちゃんと婚約について話し合ってください。なんならお姉様とジークムント様、揃ったところで」
「…………」
「それでもお姉様がジークムント様を選ぶのでしたら、諦めるより他ないでしょうけど」
「分かったよ。誠心誠意、お願いしてみる。エレーゼと結婚したいって。大事にするからって……」
どうも自信なさそうですわね。せっかく一晩一緒にいたのに、何をお話しになっていたのよ。────
翌朝、急いでノエラ邸を出て、その道のりでのこと。人身事故が起きていました。崖で馬車が転倒し、それを助けようとした救助者も巻き込まれ二次被害となったとか。近くの村に被害者が運び込まれるというので、私は医師を連れてくるとそこの人々にお伝えしました。
ノエラ本邸に着いたらメイドたちが、川へ洗濯にと玄関にいて、ちょうど良かったです。
「エイリーク様、お連れのお嬢様、おはようございます」
彼女らはさっと私たちに道を譲り、頭を下げます。
「ジークムント様はどちらに?」
「ええと、まだお部屋かと」
「エレーゼも客室かい?」
「だと思われますが」
「あ」
後ろの方でメイドのひとりが思い出したように語ります。
「私さきほど、エレーゼ様がおひとりで海へ向かわれたのを見ました」
「え?」
「なんだか、ずいぶん薄着でいらして……」
「ちょっと君、念のため一緒に来てくれ!」
「は、はい」
何かあるのかしら。エイリーク様、不安げだわ。
「エイリーク様、私はジークムント様を村にお連れしますので」
「ああ、できたら僕も後で加勢するから」
こうしてエイリーク様はメイドを連れて海岸へ。
私はジークムント様に事情をお伝えして、また馬車に飛び乗りました。
さすがジークムント様はご立派なお医者様です。村に収容された怪我人のみなさんに、限られた道具で適切な処置を施し、多大に感謝されておりました。
そして安堵の中帰宅したところ、このようなお話が舞い込んできたのです。
お姉様が海で溺れて、それをエイリーク様が助け、事なきを得た……。こう聞かされて言葉を失ったものです。
結局、一連の出来事でお姉様はすべてを思い出し、エイリーク様をお選びになったということですわ。
そういった流れからの……
「しくしくしく……エレーゼ……」
あああ、もう、失恋男に付ける薬が欲しいですわぁ……。
「あんなに意地っ張りで思い込みの激しい可愛い子はそう転がっていないのに……」
確かに、そこらじゅうに転がっている令嬢だとは思えませんわね。
「なんで俺じゃダメだったんだろう……」
「………………」
分かります。その気持ち。私もつい最近、そんな気持ちになったばかりだから。
私の方が絶対キレイなのに。私の方がよほど趣味も合っていたはず。いいえ、私は、あの王家の縁戚の彼と話が合うように、いっぱい絵画の知識を詰め込んだの。私よりずっと高貴なお血筋の男性に、もっと私に夢中になってほしくて一生懸命だったから。
彼が私を選ばない理由なんて何もないはず。でも、きっとそういう問題ではなくて……。
理由は分からないけど、私は選ばれなかった。きっと恋には、どうしようもないことがあるのです。
私がどんなにキレイでも仕方ないの。落ち込んだ日々には、もっとキレイになって見返してみせる、なんて思ったけれど。
今なら分かります。私がこれ以上キレイになっても、彼は少しも悔しくなったりしないって。
私だってまだ完全には立ち直ってないのです。
でも、失恋直後の人よりは、冷静に物事を見られるはずだから……。
あの頃、私、周囲のみなさんに何て言ってほしかったかしら。
──「何も食べたくありませんわ!」
──「ほっておいて!」
──「どなたの顔も見たくありません!!」
うわぁ……完全拒否しておりましたわ。たしかメイドの呼び鈴も投げ捨てましたわね。
結果、誰も寄り付かなくなっていましたので、お姉様がお食事を持ってきてくれなかったら本当に餓死していたところでした。
でも、自分がこちら側になると確かに、家族なら放ってはおけません。
私たち、きょうだいが結婚するという間柄ですし、今後は家族として仲良くいたしましょう。
私は思わず、彼の頭をよしよしと撫でていました。
「…………俺、子どもじゃないんだけど」
「お姉様はしくしく泣いている私の頭を撫でてくれましたけど」
「ううっエレーゼぇ……」
ああっ、余計なことを言ってしまいましたわ。