⑥ 女性ばかりですね?(疑)
馬車内に対面で座り、ふと気付いた。私、こちらのエイリーク様と初めて顔を合わせ話をしたっていうのに、この親近感はいったい何なんだろう?
ジークムント様の双子の兄で次期ノエラ領主、画家を目指している……このくらいしか聞いてない。
もしかして以前、親しくさせてもらっていたのかしら……?
それにしても本当にジークムント様とそっくり。でも表情が違うかな。こんな美形兄弟が二十歳になるまで独身なんて……呪われた一家、とかいうのではないでしょうね?
「旅とはいっても、そんなにアテがあるわけじゃないんだ」
「ん?」
「君の半年以内に出会った人がね。僕の知る限りではあと2組」
「あの。今度の方は、“生者”ですよね?」
「そうだね」
「私、忘れてしまっていて……」
「事情は話してあるよ。がっかりされたりはしないから」
「そうですか……」
それから2時間近く馬車に乗っていた。ここはもうノエラ領の町だ。
町の広場で馬車を降りる。道が狭いので歩いた方が良いらしい。
「こんなこぢんまりとした家屋の並ぶところに、あなたのお知り合いが?」
「うん、僕たちのね」
私たち? どうして?? こんな庶民の居住区を、貴族衣装のまま歩くのはどうなの。
「エイリーク様!」
「?」
明るい声の聞こえてきた前方を見ると、小さな家から出てきたのは町民風の、色白の美少女だった。
「サラ」
彼も名を呼び、親し気に寄っていった。
「久しぶり……でもないな。忙しい時だとは思うけど、彼女を連れてきたから、いましばらく頼む」
「はい、光栄でございます」
ん? 彼女は何? なんだか胸がぞわぞわする……ここで暮らしている町民がエイリーク様と、何? まさか身分違いの隠し恋人!?
「エレーゼ、彼女は……」
「あ、あのっ」
説明を待ちきれず、彼の物言いを遮ってしまった。
「ん?」
「おふたりは、どういう関係なんですか!?」
ふたりは目を丸くした。そして見合って、にこにこしながら。
「うーん、どういう関係だろう?」
「どういう関係なのでしょうね?」
ははは、うふふと笑い合う。なにそれ気になる──!
「エレーゼ様、狭いところですがどうぞ」
家に招かれた。
確かに狭い。ふたりで暮らすのにやっと、というところか。そこで彼らは説明してくれた。ここは彼女が夫と暮らす家だと。
既婚者だったのか……。なんで私、恋人なんて思ったんだろう。見た感じがお似合いだからかな……。
どうやら彼女の夫が、ジークムント様の手術で不治の病からの復活を遂げたらしい。そう聞くと、婚約者としてはなんとも誇らしい気分。
「エイリーク様にもその節はお気遣いいただきました。私の夫は今、ノエラ邸近くの医療施設にいます。いつも通っていまして、でも今日は家のことを片づけるのもあって、うちにいますので。エレーゼ様にまたお会いできてとても嬉しいです」
? 私がジークムント様に橋渡ししたのかな?
それにしても、記憶喪失のことを聞いている彼女は、私に下手なことを話せなくて戸惑っている感じ。少々腫れものに触るといったような。身分差もあるし、こちらから歩み寄らなくては。
「じゃあ家のこと、私もするわ!」
立ち上がった私を見上げ、彼女は豆鉄砲食らったような顔。
「サラ、衣服を貸して。エイリーク様、着替えるのでいったんお外へ」
どうしましょう、という表情で訴えたサラにエイリーク様は、言うとおりにしてやってというアイコンタクトで返していた。
掃除をしたり、夫のところに届ける食事の準備をしたり、彼女は目まぐるしく動く。これが私の目指していた平民の暮らし。悪くないじゃない? いえ、彼女には信頼できる夫の存在があるから、いいのでしょうね。
「では、川へ洗濯に行ってきます」
「あ、私も行くわ」
念のためポシェットも肩からかけてっと。
川へ向かう道中も洗濯中も、サラの話を聞いていた。夫との馴れ初めや夫婦の節約生活や。
いいなぁ、こんな綺麗な娘に生まれていれば、大好きな人と結ばれて、たとえ貧しくても充足感に満たされた日々を送れるのね。
「ああ、ごめんなさい、私の話ばっかり……」
あ、私、ムスっとしてた?
「いいのよ。なんか羨ましいなって」
彼女は分からない、といった顔をする。私も洗濯ものを川の流水で擦りながら話を続けた。
「素直でいいな。きっとあなたはいいことも悪いことも、大事な人に思いをためらいなく伝えることができるのでしょ」
なんで私はできないんだろうと思うわ。最近、ジークムント様を不安にさせている気がする。
「エレーゼ様が教えてくださったんですよ」
「……は?」
「活を入れてくださったと言いますか……」
えー……私の忘れ去った半年間に何があったの……。
「あなた様はおっしゃいました。もっと相手を知ろうとして、もっと言葉を交わして……」
私は固唾を飲み、彼女の紡ぐ言葉を待った。
「素直になって愛を確かめ合うのが大事って、おっしゃいましたよ!」
……な、に、そ、れ。
底抜けに明るくにっこりした彼女の前で恥ずかしさに身もだえしてしまう。過去の私は自分ができもしないことを、ナニ偉そうに言っていたのだ。どんな流れならこの私が他人様にそんなこと伝導できるのか。
「もちろん、エレーゼ様にはそのように大事な方がいらっしゃるのですよね?」
「うっ」
彼女の笑顔に他意はないはず……。
「……いらっしゃいましたよ。あの時のエレーゼ様には」
サラ?
視線を外し、彼女はこっそり呟いた。
詳しく教えてとは言えない。聞けば思い出すかもしれないのに。話を聞くためにエイリーク様はここへ連れてきてくれたのに。なのに勇気が出ない。
「サラ、あの……」
私はポシェットに入れてきた、翡翠のネックレスを彼女の前に差し出し尋ねた。
「これ、見たことある?」
彼女は首を振る。
「そう、ありがとう」
しかしうっとりした目でこれを見つめて言うのだった。
「綺麗。エレーゼ様の瞳ですね」
なんとなく、これ、最初からシャルロッテ様の物だったのかと疑問に思って聞いてみたけど。私が使ってた物なんてことないわよね……。
洗濯から帰宅後、今度は夫の見舞いに伺わせてもらうと言葉を残し、彼女の家をおいとました。
「何かヒントはあったかい?」
「記憶は、残念ながら……」
「そうか」
でもヒントはあったわ。失った半年間はきっと私にとって、かけがえのないものだってこと。
取り戻したい、と思う反面、こうも考えられる。
だからこそ、手に余って捨ててしまったのかもしれない……。
「お次は?」
「また小さな家族の家だよ」
連れてこられたのは赤いレンガの屋根の家。周りの家より少しだけ、いい家みたい。彼が呼び鈴を鳴らすと。
家から出てきたのはエイリーク様より少し年上の女性……と、彼女が呼んだのは娘らしき小さな少女。
「久しぶりだね、カリン、リタ」
「お久しぶりでございます、エイリーク様」
「ひ、ひさしぶり……」
6歳くらいの女の子がモジモジしている。
まさかっ、今度こそ隠し恋人とふたりの子──!? うん、6歳だとしたら無理じゃないわよねっ? だって貴族と平民だっていうのに、そんな距離感。娘は久しぶりに会ったパパに照れてるとか拗ねてるとか??
エイリーク様がちびっこを抱き上げると、ほら、表情が一気に明るくなる。まさに3人家族という感じ。ああ、なんかまた胸がぞわぞわする……。
「あ、奥様。ご挨拶が遅れまして」
「奥様??」
「ええっと、カリン。奥様ではなくてっ」
「あっ。エレーゼ様」
言い間違いに焦ってる。この人とは私、会ったことあるんだろうか……。
「たいしたおもてなしはできませんが、どうぞ中へ」




