⑩ 君の瞳に恋シテル
ここ、イベント審判の待つ壇上にて。
さっと一歩引く彼。挑戦者はもう私たちだけ、そしてこれは早い者勝ちの競争。
どうせ私は勝てっこないってこと!?
「別に。レディファーストだよ」
心の声が漏れた? ……なんだか彼も不機嫌だ。
それなら、ご厚意に甘えて。
「えっと、私の持ってきた“美しいもの”は……これです!」
ギャラリーで掛けてもらった布を取り払った。そしてシャルロッテ様に挑戦するような勢いで見せつける。
これを目にし彼女は、少しのあいだ言葉を放つことなく、じっくり眺め終えたら私の方へ視線をスライドした。
「そう。これがあなたの思う、美しいもの。じゃあエレーゼ、どうしてこれを選んだの? 美しい絵なら他にもあったでしょう」
きたーっ。ここでうまく説得できないと、エイリーク様に勝てない!
「これがいちばん美しいと思ったんです。だって色使いも重なり合う曲線も優しいんだもの。そう思いませんか!?」
「……ええ。優しい色味ね」
「エレーゼ……それ……」
ん? エイリーク様、何かしら?
何か言いたそうだけど、今それどころではないです!
「包まれたいって感じたんです。この中に入っていったら、葉も空気も、優しく包んでくれそう。私にとっては、そんな優しさが美しさなんです! ダメですか?」
シャルロッテ様は首を傾げ、考えをめぐらせている様子。
「う──ん、エレーゼ。悪くはないんだけれどね……」
けど?
「プレゼンテーション能力不足よ!」
「ガ──ン!!」
堂々たる指さしで実力不足を指摘された。
言われてみれば、そんな能力、磨いたことなかったわ! ひとりで生きていくのに必要なものリストになかったからっ。
やっぱりシャルロッテ様は手厳しい……。私はすごすごと退場しかけた。
「で、そちらのドラキュラは?」
ああ、エイリーク様の番だ。何を持ってきたのか、プレゼン能力もお手並み拝見ね。
「僕は、これだ」
彼がドラキュラ衣裳の懐から取り出したのは──。
……?
それはしっとりとした艶めきの、翡翠のネックレス?
なんだかとても見覚えのあるような、ニブい輝きの緑の石。
「その翡翠のネックレスが、ノエラ領でいちばん美しいの?」
ほら、シャルロッテ様のテンションは落ち着き払っていて、「なにそれ?」「なに言ってるの?」とでも言いたげではないか? きっと周りの人たちもみんな……。
「いや、これが世界でいちばん美しい」
────はぁ?
「だって」
私は彼の言い分を聞くどころでなく、周囲を見渡して観衆の表情を確かめていた。
ほら、みんな、「最後の挑戦者がこれ?」といった拍子抜けの顔──……。
「僕のフィアンセの瞳だから」
…………。
「あら? でもあなたの、ペアの女性の瞳は」
みなの注目が、彼の後ろで待つ女性に集まった。カリンさん、でしたっけ。とても涼し気なアーバングレーの瞳ですね……。
「はい!!」
そこで飛び出してきたのは元気いっぱいのリタ。彼女が女性の顔元に持ってきたのは、ドラキュラの必需品・サングラス。ささっとそれを装着し、その瞳は無事隠された。
「こほん。まぁ、とにかく。それはあなたにとって美しいものでしょう? 私を納得させるものなのかしら?」
「あなたはこの露店で買えるいちばん美しいものをと言ったんだ。誰にとってなんて一言も言及していない。このノエラの地に立つ僕の目で見る世界で、これがいちばん美しいんだ。この目でそう見ているんだから、他に探しようがないだろう? これが間違いなく、この露店で買えるものの中でいちばん美し……!?」
私は思わず彼の目の前に飛び込んで、この手で彼の口をがばっと塞いでしまった。
「ふがっ……?」
「なんだか……恥ずかしいです!!」
だってそんな、同じ緑でもエメラルドとは違って、なんかニブそうな、重そうな石のこと、美しいって連呼して……。
「ぷっ……あはははは!」
そうこうしていると、私たちを尻目にシャルロッテ様が、上流貴族のマダムらしからぬ豪快な笑い声を上げた。
「そんな、あなたの世界でいちばん美しいと言っているものを、私が否定できるわけないでしょう!」
「シャルロッテ様……?」
彼女は両手を胸元でぽんと合わせ、合点がいったという様子で続ける。
「そうなの! 私、“誰にとって”なんて一言も言ってないのよ! なのにみんな芸術品や服飾雑貨のいかに美しいかを力説するだけで……あはははは!!」
「シャルロッテ……笑い方が貴婦人のそれではないな」
「とにかくみんな、買い物ありがとう! この辺でお開きにするわ!! その翡翠のネックレスは私がもらっていくわね」
エイリーク様はぼそっと「自分が疲れただけだろう」とつぶやくのだが、ここで司会者が、
「おおお~~!! 優勝者が決まった──ッ!!」
と高らかに宣言し、これにて買い物競争イベントは終幕を迎えたようだ。周囲の観客らは拍手でみなの健闘を称えた。
「さぁ。ノエラ家から褒賞を出しましょう。何が欲しいの? 世界でいちばん美しい宝石を見つけてしまっている人が、いったい何を欲するというのかしら」
このイベントを最後まで眺めていた人々は、これが楽しみだったようだ。どんな褒美がもらえるのか興味あるのだろう。
シャルロッテ様の言葉に、エイリーク様は後ろの彼女を前へ促す。彼女への金銭援助か、職の斡旋とかかな……。
「ノエラ様にお願いしたいことがございます」
彼女は跪く。
「なんでもお言いなさい」
そして顔を上げ、領主一家のマダムに真っ向から申し立てる。
「私は我が子が欲しいです」
……我が子……。子??
シャルロッテ様も大きな目を丸くした。
「ずっと私は、子を生み育てる人生を当然のように思っておりました。ですが自分ではもう産めません。悲嘆に暮れ、孤児院から引き取ることを考えついたのですが、引き取り手は最低限夫婦でなければならないと言われました」
「ああそうね、我がノエラ領は子どもの身の安全などを考えて、厳しいルールを制定しているの。他ではそう見られない、画期的な試みよ」
「私は子どもを引き取って愛情を注ぎたいです。それも、周りの家の、多く生まれたきょうだいのひとりを……というのではなく、私と同じ、ひとりになってしまった子と一緒に暮らして、ふたりで、ひとりじゃないって感じたいのです」
そこまで聞いて私は、不公平だな……と悔しく思った。実子が生まれたらあっさり手放してしまう人でも条件に適っていれば可能であることが、彼女がどれほどの熱意で希望しても条件を満たさないせいで却下となる。子どもの感情や将来を左右することだもの、そんな一辺倒に処理できることではないのでは……。だけれど、子どものことを考えて作られた現状のルールには違いなく。ああ、モヤモヤする。
「ノエラ領の法令は、すぐには変えられない。でも議題に挙げることはできるわ」
このシャルロッテ様の言は「善処する」ね。つまり……。
「時間のかかることよ、残念だけれど。それでもいいかしら」
そう言い渡され、彼女は項垂れた。いつか、誰かの希望にはなるかもしれないが、彼女本人の願いとしては期待薄だ。
私はその時、
「あっ、待って!」
何かを思い出した。
「シャルロッテ様!」
「なぁに、赤ずきんちゃん?」
私は壇上から下に降りていき、そこで待つリタを持ち上げ。
「この子と彼女を縁組みさせてください!」
唐突な申し出に、みなは一切の注目を浴びせてくる。
「ええ……赤ずきんちゃんに子どもがいたなんて!」
「そうなんですっ、でも私、ワケあって自分で育てられないから、どうぞ!」
猫の子のように渡してしまうけど……。
「ねぇリタ、新しいおかあさんと仲良くできる?」
いったん目をくりくりさせて黙ってしまったリタは、緊張のためかゆっくりと頷いた。そして、新しいおかあさんの前にとことこ歩いて行って、
「よろしくおねがいします」
と、うつむき加減で挨拶するのだった。ちゃんと礼儀のなっているいい子だ。
実情はノエラ家に任せれば、彼女が戻るべき孤児院の方もたやすく処理できてしまうだろう。通常ルールはルールだが、ノエラ領のみなさん、今回に限り大目に見てください!
「分かったわ。褒美として、あなたたちの暮らしが軌道に乗るまで、ノエラ家が助力させてもらうわね」
「……ありがとうございます!!」
彼女は領主の許可を得たことで、新しく家族になった、小さな我が子を抱きしめた。
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