⑤ side:A 承認欲求
「エレーゼ、ちょっとは妬いてくれるかな……」
妬くわけないよな。僕に対してそんなこと。
お父上に関しては湯沸かし釜のように妬くんだよなぁ。いいな、お父上は。あのやきもち焼きは実際かわいいよなぁ。僕も「お父様大好き!」なんてソファに押し倒されたい。
なんでこんなに可愛く見えるようになったんだろう。自分の婚約者だと思うからか? 仮面夫婦持ちかけることでやっと受け入れてもらった婚約者だぞ。
人付き合いなんて苦手で、どうやったら女性が喜ぶのかよく分からないんだ。あいつのようにうまく女性を扱えるわけないし、最初から政略結婚に期待なんてしない。相手の令嬢さえ了承してくれれば偽装でいい。
だから契約結婚を持ちかけた時は、あまり慣れ合わないように歯止めをかけた。
でもエレーゼは想像以上にお節介で、情に厚くて、向こう見ずで、放っておいたらきっとシャルロッテより危なっかしい……それに……
そうだ。エレーゼは言ってくれたんだ。僕が僕であるだけで価値があるって。
何でそんなふうに思ってくれたのか分からないけど、あんなこと言われて嬉しくないわけないだろう。あれ以来、彼女なら弟と比べることなく僕を見てくれるんじゃないかって、期待してしまったんだ。どう責任取ってくれよう。
ただ「承認」が欲しいんだ。「僕がいていい」って。弟じゃなくて、「僕という人間がそこにいる」って。それだけでいいんだ。これってそんなに贅沢なことなのか……?
エレーゼがこれであいつと対面し、今までの人たちのように、僕よりあいつに魅力を感じてしまったら。そんな素振りを見せられたら、きっと僕の立っている地面は崩れてしまうんだろう。
「再来月まで来ないように言ったのに……」
ああもう一刻も早くふたりを見つけ出して、即刻仲を引き裂いてやる。もしもうエレーゼに手出されていたら……あ──、考えたくもない。でも土地勘ないんだよな下街は……。
中心街近くに到着した。馬車を降りたら当然の人だかりだ。
迂闊だった。ノープランで来てしまった。こんなところで特定の個人を探せるわけがない。土地勘もないし。
とりあえず、ノエラ家の者が顔を出してうろうろするのもなんだし、馬屋番から借りたモンスターのマスクを被っておくか。
**
少しうろうろしただけで人酔いしてしまい、人気のないところにやってきた。どうすればいいんだ、日が暮れてしまう。
当てもなく彷徨っていたら、出たところは川沿いだ。
なかなか大きな川だな。その時、ハンドレールのない橋の隅に立ちつくす人影を見つける。
「え、まさか」
飛び降りる気ではと、説得しようとまずは掴みかかるつもりで、その人物に向かって走った。
「だめだ! 飛び降りなんてっ……」
「きゃあ!!」
「あっ……」
思い余ったせいか人物の手前でつまずいた僕は、彼女を突き落とし、一緒に川の水底へ沈んでいった──……。
「はっ!」
目が覚めると、僕は見慣れぬ部屋の中。
「ここは、いったい?」
被せられた毛布の中の自分は全裸。
「!??」
「あら、起きた?」
扉のない部屋の入口から覗く女性は、確か。
「ああ、良かったです、生きていて」
川に落ちる直前、一瞬だけ目にした顔であった。
「あ、あの、何か着るものを……」
「うちには男がいないので、男性用の服は……。あなたのはまだ乾かないし」
「ドラキュラの衣裳ならあるよ。マスクもついでに」
「母さん。ありがとう」
そこに顔を出した初老の女性から渡された衣裳を、とりあえず着させてもらった。
話を聞くと、川に落ちた僕たちを目撃者が協力して引き上げてくれて、彼女、カリンの家に運び込まれたようだ。
「モンスターに襲撃されて本当に死ぬかと思いました……」
「すまなかった。飛び込もうとしていたのではと焦って……」
しかも落下したショックで気を失ってしまったなんて……情けない。気絶さえしてなければ自力で泳いでなんとかしたのに。
「確かに飛び込めたらなと思っていたけど、やっぱり勇気が出なくて」
「じゃあ結果的に僕が後押ししてしまったのか」
これは恥ずかしい、穴があったら入りたい。
「結局失敗に終わったので、今度はまた別の方法で……」
「うわああダメだ、早まるな!」
死相を浮かべた彼女に事情を聞いてみた。見ず知らずの他人だが、吐き出したい思いがあるのかもしれない。
「結婚したんだけど、子どもを死産して……もう二度と身ごもることのない身体になってしまい……」
……しまった、僕が聞いていい話ではなかった。
「離縁されて……もう生きていく希望が……」
「また、信頼し合って生きていけるパートナーにいつか出会えるかもしれないし」
「男はもういらない……。でも子どもは欲しい……」
「ああ、泣かないで。なら孤児院で縁組を」
「最低限、夫婦でなければ引き渡しは不可って。審査があるらしく」
ああ3代前の領主が決めた法令か。子どもの保護に重点を置いた前衛的な政策だ。
「とにかく生きてさえいれば、また新たな希望がっ」
こういう時、あいつだったらもっと気の利いたこと言ったり、何かできるのだろうな……。
「ところで、あなたはどう見てもそこらの市民ではなさそうだけど、どこか良いお家の方かねぇ?」
一緒にいた、彼女の母親が聞いてきた。
「あ、ああ。身元は明かせないが、祭りに出た身内を探しに来たら迷ってしまい……」
「じゃあ、この子を案内役に連れていけばええですよ」
「母さん、私、露店の売り子をしないと」
「私が代わりにやっておくよ。お前もちょいと気分転換しないとねぇ」
それならと、彼女に祭りの中心部までの案内を頼んだ。
ただいま彼女の家を出たところなのだが。
「ああ、露店を出しているんだっけ」
彼女の露店には様々な装飾品が並んでいる。
「ええ。うちは代々、宝石の研磨職人をやってるんです。原石を切り分けて、磨いたら業者に回すのだけど、あまり値打ちが出ない石の部分が残るんですよ。いわゆる“くず石”というものね。それで気ままにアクセサリー作って、安値で露店に売りに出そうって」
「残り物なのか? とても綺麗なものばかりだが」
「私も十分きれいだと思うんだけど、購入者の好みとか人気とかいろいろあって、価値の出ない部分がどうしてもね……。でも私の家族みんな腕がいいから、とっても美しいでしょう!」
宝石を語る彼女は生き生きとしてる。なにも絶望ということはないのではないか。そのとき僕は陳列台に置かれる、深い緑色につやめいた、翡翠のネックレスを見つけたのだった。
「これ」
「それも素敵でしょう。ツヤツヤしてて、食べてしまいたくなるでしょう!?」
「ああ、エレーゼの瞳みたいだ」
「あら、奥様?」
「うん、まぁ……。じゃあこれを買うよ。って、ああ、財布も川に落としてしまったんだ……」
「仕方ないですね、出世払いにしてさしあげます」
「いや出世しなくても払えるから。絶対に踏み倒さないから、これください……」
ネックレス一本を入手して、祭りの中心地に向かった。そこで自警団に捜索の協力を頼むか。
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