③ あなたに甘えてる
リタが嘘をついてる?
どういうことだろう。迷子になって、親と離ればなれで不安まっただ中の子ではないの?
「ええっと……」
「やっぱり自警団に突き出した方がいい」
突き出すって……。ちょっと厳しい気もするわ。自警団は大柄な男性らで組まれているし、知らない大人たちに引き渡されるのは、子どもにとって恐怖だと思う。
「もうちょっと探してみてからでも、いいのでは?」
「君だってあんなよく動く小さい子を見ているのは重荷じゃないか? 見失ったらまた面倒だ。君はこの辺、地理不十分なのだし」
「ちゃんと見ていますから……あなたの手を煩わせるようなことは」
彼は怪物の顔でそっぽを向いた。
えっ、まさか意外と、私とふたりきりでイベント周れなくて拗ねてるとか!? そんなっ、どうしよう! 彼には彼のプランがあったりして? 私をエスコートする気まんまんだったりして?
あれ? そうは言ってもエイリーク様って、この街に詳しいの? シャルロッテ様と出かけるとき以外は引きこもりなのに。外は馬車で移動するだけだし、土地勘があるなんて思えない……彼だって地理不十分では?
うーん、でも狭い通路も通ってここまで来たのだもの、詳しいってことよね? なんだか……違和感。
「あっ! おかあさん! おとうさんも!」
「いたか?」
リタは掴んだ柵から思い切り飛び降りて、屋上の出口に向かって走り出す。
「ああ、待て。ひとりでいったら迷子になるだろ!」
彼はリタの手を握り階段を下りだしたので、私も慌てて後を追った。
私がなんとか彼らを見失わず追いついた頃には、リタはパレードの後を追っていく子連れの夫婦に飛びついていた。私は彼女の親が見つかって良かったと、そのとき胸を撫でおろす。
しかしこの瞬間。女性はリタを無遠慮に突き飛ばしたのだった。
「!」
私は大慌てで駆け寄り、彼女が怪我をしていないか確かめる。
「痛いところは?」
少々人の目に触れてしまったので、その夫婦はパレードの人の波からいったん外れ、道の隅に寄った。
「どうして? あなたたちはこの子の親ではないの!?」
私はたまらなくなり彼らに詰め寄る。夫婦は顔を見合わせ、面倒くさいと言わんばかりの態度で立ち去ろうとした。その対応にはまったく関りのない私ですら、胸をざわめかせられるものがあり──……。
「ええっと、人違い……?」
「おかあさん! おとうさん!」
しかしリタは必死に呼び止めた。彼女のこの真剣な様相、やはり彼らが両親のはずだ。
「あ、あの、この子の親なのよね?」
「違うわよ。もう赤の他人よ」
女性の方がそう答えた。
「もう?」
「ええ……半年前まではウチにいたんだけれど、孤児院に返したから」
「孤児院……」
リタの方に視線を移したら、彼女はうつむいて、胸の前で両手の指先を絡ませていた。
「つまり、孤児院からリタをあなたたちが一度引き取って、返してしまったということ?」
そこで母親だけでなく、父親もばつの悪そうな顔をする。
「だって、私の子が生まれたんだもの」
「は?」
それって……。
「実子が生まれたから養子はいらなくなったってこと!? そんなの……!」
リタは項垂れた。この子は分かっていることだろうけど、こんなの聞かせたくない。でもこの大人たちを責めずにはいられない。
「無責任過ぎるわよ! 子どもは大人の愛玩欲求を満たす道具じゃないわ!」
「別に子どもが生まれたからって、すぐ返したわけではないわ。返した原因はその子にあるのよ」
「原因?」
「だってこの子ってば、私の可愛いニルスに乱暴したのよ?」
ニルスって……その父親の抱いている赤ん坊か。
「ちょっと目を離すとこの子を叩いたり蹴ったり。まったく、孤児院育ちは乱暴でかなわないわ」
「で、でも、上の子が、弟生まれてそういうことをしてしまうのはよくあることで……それは大人がどうにかするべきことでしょ!」
「どうにかしようと思って孤児院に返したのよ。だからもう、関わらないでちょうだい」
「…………」
私は二の句が継げなかった。無駄に時を費やしたといった様子の彼らが去り行こうとしたその時、リタは顔を上げ──。
「お、おかあさん……」
おずおずと二歩、三歩踏みだす。
「いやだ、汚い手で触らないで!」
「きゃっ……」
母親は寄ったリタを力いっぱい振り払った。
「リタ! 大丈夫? ……またこんな小さい子に!」
「孤児院で鍛えられてるんでしょ、大丈夫よこのくらい」
彼女はそう吐き捨てながら、冷たい目でリタを見下す。
本当にこんな人がこの子を引き取って育てていたというの?
**
「なんてひどいことを……。小さな姉が、赤ちゃん生まれて親を取られちゃうってなったら、乱暴してしまうことだって普通にあるでしょう」
私だってアンジェリカぼこぼこ叩いて蹴っていた頃があったわ。まぁ歳が近いのでやり返されて両成敗になるのだけど。
「それが実子と養子じゃ我慢ならないのだろう。もうあの親には関わらない方がいい」
エイリーク様も不機嫌な口調だ。
私は下を向いてぽろぽろ涙をこぼすリタの背中を撫で続けた。
半年前の冬のあいだ、母親が寒がりだったのを覚えていて、ショールを持っていこうとしたのね。
この子はすぐにも孤児院に返さなくてはいけない。なのに、このまま返したくない思いに駆られる私だった。たとえ私がこのイベント中、遊んであげるとしても、ただ自由な時間の引き延ばしにしかならないのに。
その時、エイリーク様がするっとリタを抱き上げ、すたすたと行こうとし──。
「あ、あの」
「ん?」
「どちらへ?」
「自警団のところへ。リタを元居た孤児院に送り届けさせよう」
「待ってください!」
彼はマスクの下で溜め息をついたようだ。
「なに、エレーゼはこの子を引き取るとでも?」
「それはできませんが……」
「ならこうする以外ないだろう?」
「…………」
何か、ないかしら。あの父母を改心させる方法とか。あるわけないわよね、こんな小さな子に向かってあんなこと言う親なのだもの。
どうせ孤児院に帰らなくてはいけないなら、せめてこのお祭りで思い出でも作って……。
そこでリタが彼の腕から飛び降りて、私のところに駆け寄ってきた。
無言で私の胸にしがみつく。私の服をきゅっと掴む小さな手が、さみしいと訴えている。
「せめて今日一日は、他の子たちと同じように、このお祭りを楽しませてあげたいです」
「別れるとき余計さみしくなるだけだよ」
「それでも思い出は大事なものになるのでは」
「思い出ねぇ。菓子を食べて買い物をして? 思い出として、それを孤児院に持ち帰るのか?」
「…………」
彼の言うことはいつも正しい。今日も正しい。でも何か、今日は違和感がある。
いつも彼は私を諭しながらも、私の意見を認めてくれるような温かさがあった。こんなつっけんどんな空気ではなかった。
確かに彼の意見は正しいのよ。一見厳しいような応対も、それこそが優しさなのだろうと思う。
でも私はどこか、すべて受け入れてもらいたい甘えがあって、だから感じるの。違和感を。
マスクを被る前、彼はエイリーク様だった。今話している声もそう。なのに、違う、って感じる。
私は胸元のリタを、渡さないとでも言うように抱きしめ、彼に言い放った。
「あなた、誰……?」
マスクの下で、彼はにやりと笑ったような気がした。
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次回とその次は視点を切り替えて《エイリークside》でお送りいたします。