② 3人家族も、いいですね?
ひとまず彼の捕獲に成功。
私をないがしろにした理由を吐かせてやると息巻いていたのだが、馬車の中では取り留めのない話に終始した。私もたいがい意気地なしだ。
馬車を降りるという頃だった。彼がこう言いながら、
「君も仮装しよう」
「え? あなたと違って私は貴族に見られないので、別に……」
私の頭に、どこから取り出したか赤いずきんを。
「僕が可愛いエレーゼの仮装を見たいから」
「!」
えっ……えっ??
「はい、これに着替えて」
白い布地……これはエプロン? その下はワンピースかしら。
「手持ちはこのバスケットに入れて運ぼうか。荷物を持ってあげたいけど、これは赤ずきんが持っていないとね」
……魔女の次は赤ずきんちゃんですか。
着替えて馬車から降りた。
「うん、さすが。似合ってるよ」
褒めてるの?
「ん? ショールなんて羽織っていて暑くないか?」
「そうですね、大勢の人の熱気で暑いです。バスケットの中に入れておこっと」
「銀貨の袋も入れておくよ。念のため」
ふたりで少し歩き回り、祭りの様子を眺めてみる。立ち並ぶ露店の道は買い物客で賑わっている。ここにいる多くが家族連れだ。道化師の周りに子どもたちが集まり、軽快な楽器の演奏も聴こえる。
「エレーゼ、はぐれてしまったら困るから」
彼がさっと手を差し伸べた。
「ええっと……」
「ん?」
貴族の娘としては、紳士の手を取るのはマナーなのだけど、このシチュエーションはなんだか恥ずかしい……。なんてマゴマゴしていたら意識過剰って言われるかしら。
まぁ今の私は赤ずきんの少女なのだし、その役を満喫しましょう。ええと、赤ずきんってどういう話だったっけ。オオカミに誘拐されるで良かった?
胸の鼓動よ静まれ。脈でバレてしまうわ。慌てぶりを見抜かれないよう無表情を装い、そっと手を伸ばす私。
「きゃっ」
意識のすべてが伸ばした手に集中していたその時。後ろからドンっとぶつかってきた何かに、一瞬心臓が飛び出そうになり。その隙に、小さな影が私から手に持つバスケットを奪ったのだった。
「んっ??」
「あっちだ!」
彼の指す方を見たら、バスケットを持っていったのは小さな子ども。私たちはすぐにも追いかけた。
大人の追うスピードに子どもが敵うわけもなく、今にも捕まる、というところで、その子どもはバスケットを打ち捨てる。彼はいったんそれを拾い、私にパスしたら。
「なんだよ! バスケットなら返しただろ!」
その子をあっさり捕まえた。
「返却したら罪に問われないなんて、そんな都合のいい話はない」
ジタバタする子どもを抱え、こちらに戻ってくる。
「わたしは子どもだぞ!」
ハニーブラウンの髪をひとつに束ねた、負けん気の強そうな女児だ。
「子どもでも窃盗罪は窃盗罪。ノエラ領の法令だ」
「エイリーク様……。その子は罰の対象になるんですか?」
「そうだな。こんなイベントの最中だから件数は多いが、どの件も大目に見ることはできない」
「その子、お腹がぽっこりしてますね」
持ち上げられている状態で、タヌキのようなお腹をしている。
「こいつは盗みを働いたが、金銭目的じゃないんだよな」
「え?」
「バスケットの中身見てみて」
「銀貨の袋があります。ってことは、ここから取ったのって」
彼が背後から腕を絡めて少女を押さえたので、私は彼女のお腹に隠されているものを、衣服をべりっとめくって取り出した。
「私のショール……」
まずこの6歳ほどの少女をじっと見てみた。確かにわびしい格好をしている。裕福な家の子ではない。ならどうして銀貨の袋を捨ててショールを? 慌てていたから?
すると少女がまたジタバタしだす。成人男性の腕力に敵うわけもないが。
「どうしてこのショールを?」
彼女は口をつぐんだまま。
「盗みを働いたんだ。自警団のところに連れていこう」
「やっ、やだ!!」
「エイリーク様、とりあえず親と話すのが先では?」
「…………。まぁどうするかはエレーゼに任せるよ」
「あなたのご両親は?」
「……はぐれた」
「迷子なの?」
泣きそうなこの子はまた口をつぐんでしまった。仕方ない。
「じゃあ探してあげるから」
「ほんと!?」
顔がぱっと明るくなる。迷子になって心細くて、盗みなんてしてしまったのかな。
「エレーゼはそう簡単に言うけど、この群衆の中どうやって?」
「まず、親の特徴を聞いて」
「…………」
黙られてしまった。やっぱりエイリーク様、また面倒事を……って思うわよね。
「そういえばあなた名前は?」
「リタ。おとうさんはちょびヒゲが生えていて、おかあさんは巻き髪で、とてもさむがりなんだ。あと小さい弟がいる……」
寒がり? 残暑なのに?
「じゃあ3人連れの人をよく注意して見てみるわね」
「この人ごみの中?」
呆れたエイリーク様はひとまず置いておいて、このちびっこの手を握った。
**
「やっぱり人が多すぎて無理ね……。家族連れいっぱいだし。自警団に頼みましょうか」
今はリタと石垣の上に座って休憩中だ。
「じけいだんはやだっ」
ずいぶん怯えたような顔をする。盗みを働いたことが引け目になってるのかな。
「じゃあそれは最終手段で……」
「エレーゼ!」
「エイリーク様、どちらへ行ってらしたの?」
ちょっと行ってくる、と人ごみに入っていった彼が戻ってきた。
「聞き込み調査だよ。今日はどんな催し物があるかとか、露店をやっている市民に聞いて来たんだ」
「催し物?」
「そういうのを仕切っているグループというのも存在するからね。尋ねてみたら、もうすぐ子どものためのパレードが始まるようなんだ。小さい子連れの親も後をついて歩いていいんだって。リタの親もリタを探してパレードの周辺をうろうろしているかもしれない」
「エイリーク様、有能! 行きましょう、リタ」
「うん!」
とはいっても、パレードが通る道はまさに街の中心で更なる人だかり。
「こんな人だらけのところで人探しなんて……。向こうもリタを慌てて探しているでしょうし、闇雲に動き回っても……。そうだ、両親はこんなところで子どもを見失って、大きな不安の中にいるのではないかしら。早く見つけなきゃ!」
「エレーゼ、落ち着いて。仕方ないな。リタこちらへおいで」
「エイリーク様?」
彼は彼女をすっと背負い。
「さぁ、エレーゼ」
そして私の手をぎゅっと握って、
「ええっ?」
唐突に走り出した。
────ま、また手をひっぱって……!!
こんなふうに何も知らされず連れていかれると、いつかこのオオカミに食べられてしまいそうな……。って、なにそれなにそれ。……でもなんだか……変ね。さっきから彼、いつもより行動が素早い?
「あのっ、どこへ!?」
「いいから!」
彼は建物の隙間の、ずいぶん入り組んだ狭い路地などを潜り抜け、空いた建物の階段を上り、そこの屋上に私たちを連れてきた。
「はぁ、はぁ。いったいここは?」
ひとっこひとりいない、町並みが見渡せる高い建物の屋上。下が人の熱気で蒸していたせいか、ここは吹く風がすこぶる心地よい。彼の背から下りたリタは興奮気味に、街道を見下ろせる端へと走っていった。
ここで私に振り向く彼は、オオカミではなくフランケンシュタインの怪物。ただ私にはもう、そんなマスクをしていても中身の、とても爽やかな笑顔が見えてしまう。そしてなんだか許してしまいそう、あの時、あんなそっけない態度で私を追い返したこと……。
リタが下を見たがって柵の前でぴょこぴょこ跳ねる。彼女の元にエイリーク様は小走りで寄っていった。
「落ちないように気を付けろよ。手すりにちゃんと捕まって」
「私たち、どうしてここへ?」
「さっきパレードの順路を聞いてね、この建物の周りを一周するらしいんだ。上から四方を眺めていたらリタの親は見つかるんじゃないかな」
さすがエイリーク様。
リタは子どもならではの元気と好奇心で、四方を眺め走り回る。年寄りの私は同じく年寄りの彼と、下の様子やリタを交互に見張っていた。
それにしても、彼とふたりでリタみたいな子どもを連れていると、なんだか妙な気分になってくる。彼が思っていたより子どもに対して面倒見いいところも、なんだか胸がむずむずしてくる。
「エレーゼ」
「は、はい!」
「ん? ぼぉっとしてた?」
「い、いえ。なんですか?」
「あの子」
彼はマスクの下で、じっとリタを見つめているよう。
「嘘ついているよな」
「……え?」