⑪ Aさん談:「黒の似合う女性は美しい!」
すぐ後ろに立つ彼に、この緊張度合いを悟られるわけにいかない。
いえ、これしきのこと、なんでもないわ。別に、緊張なんて!
「あ、ありがとうごさいます。あとは自分で……」
衣裳の背中が多少開いたおかげで、肩からすぐにも下ろせる袖を掴み──。
私は固まった。
それを下ろせばすぐ脱げるはずなのに、やっぱり手が震えて。彼に背を向けたまま、もはや身動き取れず……。
別に平気なの。別に裸を見られたからって減るものじゃないし。裸婦モデルだって立派な職業のひとつよ。
でも、そうではなくて、エイリーク様に「こんな貧相な身体……」って思われたら……
私はどうすれば……。
「!」
その時、背中から大きなマントがふわっと被せられた。
「??」
これ、そこのキャンバスに掛かってた布。それで私の肩回りをくるみ彼は言った。
「いいよ、君はこんなことしなくて。意地悪してごめん」
「え?」
彼を振り向くと、面目なさそうな顔で私から目線をずらす。
「いつかちゃんと言おうと思っていたのに、もう知られてたなんて、少し慌ててしまった」
「でも、コンテストは……」
「あ──……」
どうしようかなぁ──っていう顔。あ、もしかして今から他のモデルを探すとか……。
「やっぱりわたし脱ぎます! だからっ……」
「いや、そのコンテストは見送るよ。また来年、課題が変わってからにする」
「え……。それでいいんですか?」
「うん。今回入賞したら決めていたことがあったんだけど、もう必要なくなったから」
「…………」
そこでまた、サラの言葉を思い出した。
────「面接の時、エイリーク様はおっしゃっていました。このコンテストには特に力を入れるからって」
「大きなコンテストなの? ああ、登竜門なのだっけ?」
「ご本人のステップとして……入賞して少し箔が付いたら、フィアンセの方に画家になる夢を打ち明けるつもりでいると」
「そ、そうなの!?」
「そうお話しになった時の柔らかな表情が、なんだか可愛らしくて……」
彼女はそれを思い出してか、かすかに笑った。
「かわいら、しい?」
一応もうすぐ二十歳になる男性ですよ?
「わたし感じたんです、大事な方がいらっしゃるのだなぁと」
「大事なんて! 一応婚約者となってはいるけど、そんな、あなたたち夫婦みたいな、向かい合う思いなんて……」
「ストイックなお方ですよね。一人前の画家となるまで、女性にうつつを抜かすことはない、と主張しておられました。裸になるモデルを安心させるためのお言葉かもしれませんが」
「……」
だから偽装の妻で良くて、実子すらいらないの……。夢のために……。
「でもとにかく、エイリーク様は婚約者であるあなた様に、入賞なんてすごい!って褒められたいんだなと……私にはそう見えました」────
「……私の裸、見たくないですか?」
ふと、ごく小さな声で、そんな言葉をこぼしていた。
「ん? 何か言った?」
「い、いえ。私なんてモデルになれるほどの人材ではないですよね」
「またそういうこと言うんだな。君は裸婦モデルなんてしなくていい。永遠にしなくていい」
「……?」
今度はムスっとした顔? やっぱり絵画モデルなんて、造形の美しい人だけができる仕事よね……。
「じゃあせっかくだし、モデルをしてもらおうか」
「?」
そこでなにやら、エイリーク様が邸宅のどこかに隠し持っていたドレスを渡されて。別室で着替えてきたのだが。
「あの……この限りなく装飾を削ぎ落した真っ黒のドレスはいったい?」
「これをかぶって」
「これ黒のとんがり帽子……」
「はい、これを持って」
「これホウキ……って、魔女じゃないですか──!」
「エレーゼはこれ似合うと思ったんだ! うん、いいよ。インスピレーション湧いてくる」
「え、そ、そう?」
**
「もう描き始めて1時間になりますが……。椅子に腰掛けているとはいえ、ホウキにまたがるこのポーズ……腰も脚もそろそろ限界です……」
「モデルの仕事は重労働だよ。知らなかった?」
はい、私が甘かったです。
「というか、なんでこんな衣裳持ってるんですか」
「描きたいからに決まってるだろう? シャルロッテは似合わないと自覚してるから着てくれないんだ。でもこれは絶対エレーゼが良い!」
褒めてるの?
「エレーゼはモノトーンが似合うと前から思ってたんだ」
「顔が地味ですからね……」
「綺麗だってことだよ」
「……今さらっとすごいこと言いましたね!」
あなたは私のお父様ですか!
「…………」
モデルをしながら考えていた。彼が日々を、どんな目標をもって過ごしているのか知ることのできた私は、私についても知って欲しいと思った。でも私の目標は、ひとりで生きていくこと。いついかなる時も、ひとりでだって大丈夫、と言えないことは怖いことだわ。
これは彼を突っぱねることになるのかしら。
彼だって新しく家族を作るより、夢を追いたい人なのだし。私があれこれ悩むだけ無駄なのかもしれないけど。
私を知って欲しい。なのに知られたくない。私の後ろ向きな性格や考え方や、募らせた劣等感を知られたらがっかりされてしまう。
でももし、そんな私でも受け入れてくれるようなことがあったら……。
「シャルロッテが待ちわびているかな」
「そうですよ! お待たせしてはいけません! ……けっして腰と脚の事情で言ってるわけではありません!」
そうだ、シャルロッテ様で思い出した。エイリーク様の欲しいものってなんだろう。直接聞いてそれを用意するなんて味気ないかしらね?
誕生日まで素知らぬ顔をして何も期待させないでおけば、プレゼントの箱を開けた彼が喜色満面で、「わぁ、僕これが欲しかったんだ! どうして僕がこれを欲しがってると分かったんだい? 嬉しいよ。さすが僕の未来の花嫁だ!」……なんて?
いえ、私は別に、他のみなさまのと同様に受け取ってもらえればそれでいいのだけど、シャルロッテ様との約束だから、ちゃんと考えるのよ。それに誕生日パーティーというくらいだから、出席者の方々に婚約者と紹介されたりして。下手なもの贈れないし、というか下手な格好して出られない。アンジェリカにドレス借りようかしら。
それからシャルロッテ様とのお食事の間も、脳内で妹のドレスあれやこれやに着替えて長考していた私であった。
次の顔合わせの朝、エイリーク様に冷たくあしらわれる運命だと、この時の私はカケラも知らずに────……。
第三話、お付き合いくださいましてありがとうございました。
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ぜひぜひ完結までお読みいただけますよう。(祈)




