⑤ 隠し事なんてして欲しくない……私なら
帰りの馬車の中で考えていた。
プレゼントの中身をよく考える? プレゼントって、贈った相手が喜んでくれたらいいなって渡すものでしょ。
相手のことを考えているから渡すんじゃないの?
あれ。そういえば私、今まで「相手が何を欲しがっているか」を真剣に考えて選んだことあったっけ?
お父様にはタイとか万年筆とか、男性がよく使うもの、お母様やアンジェリカには香水やブローチ、またはハンカチーフ……だって、プレゼントってそういうものでしょう? 今までみんな喜んでくれていたわ。
でも私は「その人のこと」を考えたことがあったかしら。きれいでおしゃれな物、実用的な物、それを贈れば喜ばれると当たり前に信じていて、相手にとって今いちばん欲しいものは何だろうって、考えたことは……?
「……ん? エイリーク様は何が欲しいんだろう??」
全然分からないわ。
とりあえずこれに関しては再来月まで猶予がある。今はもうひとつの、エイリーク様の言っていた「考えて」を実行してみよう。
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帰宅後もしばらく考えてみた。どれだけ考えたっていっしょだ。
真剣に、彼らのことを思えば思うほど、私の意見は「そんな大事なことを黙っておくべきではない」だ。
だって、私だってエイリーク様にそんなこと隠されてたら……。いや、エイリーク様じゃなくてっ、お父様! まぁお父様とは夫婦じゃないから、さすがに考えが変わってくるか……。
とはいえ、私がバラしていいものではない。まぁ、バラしてやりたいけど。それは私の口からではなくて。こういうのに第三者の口が混ざろうものなら、ろくなことにならないのは周知のとおり。
となれば、どうにか夫の口からちゃんと話すように誘導できないものか。そしてちゃんと夫婦で話し合いができる状況に持っていくには?
このように考え事しながら廊下を歩いていたら。
「お姉様!」
前方から掛かる声。
「あら、アンジェリカ。なんだか慌ててるわね、どうしたの?」
「慌ててはいませんけど、ジョイを見ませんでした?」
ジョイは私たちのいとこ、7歳のわんぱく少年だ。
「彼、うちに来てるの?」
「まったくイタズラばかりで困りますわ。廊下を駆け回ったり、壁に落書きしたり」
「毎度のことね。見つけたら報告するわ」
そして自室に戻ると、やはりお約束が待っている。
「ジョイ……。私のベッドでうつぶせて、いったい何なの?」
「死体ごっこ~~」
……はぁ。ぐっとくたびれるわ。子どもの相手は。
「死体ごっこじゃないわよ! あなたウチの壁に落書きしたんだってね!」
私はベッドの上の偽死体を投げ飛ばした。
「エレーゼもいっしょに死体ごっこするぞ!」
「それ何がおもしろいの?」
「人がダマされたらおもしろい」
「誰も騙されないでしょ!」
子どもにも逆らえない私は誘われるまま死体ごっこをしながら、ともかく考えることを続けていた。
彼が本当のことを打ち明けても構わないのは自分が死んだ後……。後になれば、貯めた銀貨が彼女の手に渡り、どちらにしろすべて知ることになるから。
そうだ、彼らは字を読み書きできるのだから、遺書を書かせればいいのでは? それを彼女に見せるの。でも、遺書は死んだ後にしか普通は公開しないもの。どうすれば……。
……あっ!
「死体ごっこ!!」
「こらっ、死体が動くな! しゃべるな!」
こういうのはどうかしら……死を装うの。彼にも、彼女にも。
「いいかエレーゼ、プロの死体とはだなぁ~~。あっ頭を押さえつけるな! チビを小ばかにするなっ!」
ひとつだけ、方法がある。たぶん、それは、禁断の魔法……。
私は4年前から薬師の元に弟子入りしている。
「看護に興味があるから」と頭を下げ指導を請うた。身元を明かさない、人生経験の浅い小娘を広い心で受け入れてくれた師には、とても感謝している。
ずっと彼のところに2日おきで通っていた。彼のふしぎな医術を見た。薬の調合法も教わった。人を看取ることもあった。私は彼に認められたくて、自宅に帰ってからも猛勉強した。
最近は週に1度しか通えてないが、その時は彼の助手としてまぁまぁ役に立てていると思う。
そして今、私は彼の薬倉庫に、コソ泥しに来ている。
「これね、禁断の薬……」
私は知っている。師は人を仮死状態にする薬を所持している。非常に扱いの難しい薬で、師ですらまだほんの数回しか使ったことのないものだという。
そんなものを手に入れて、私はどうするの? でも使用法は確かに習って、記帳してあるの。
「おや……」
そのとき唐突に倉庫の扉が開いた。私は心臓が飛び出そうな思いで、たちまちフリーズする。最近こんなことばかりだ。
「泥棒猫がいるね」
ばくばく鳴る胸の鼓動と共に、おもむろに後ろを振り返った。
「師……」
彼は温厚な顔立ちの、30代の男性だ。薬師としての腕は一級品。私は事前調査を経て、彼を師に選んだ。
年齢より若く見える、気さくな容姿で子どもの患者にも慕われる。苦い薬を飲ませるのにそういった雰囲気は役に立つ、そして、ここぞという時にきちんと厳しい態度で事に当たるところも、私は深く尊敬しているのだ。
「一度、君とはちゃんと話をしようと思っていたんだ。あっちへ行こうか」
「……はい」
気まずい雰囲気の中、私はまず誠心誠意謝ることにした。
「本当に申し訳ありませんでした! 窃盗なんて、なんの言い訳もできません!!」
頭を下げた私に、彼は深い溜め息を吐く。
「君との付き合いももう4年か、そういえば忙しさにかまけて、しっかり話し合う機会もなかったね」
私はここからどれほど厳しく叱責されるのかと身構えた。
「僕はさ、君が私利私欲でその薬を欲しがっているとは思えないんだ。どうしてそれが欲しいのか、正直に話してごらん」
「はい……」
隠し立てはできない。自分の中で後ろ暗いことにはしたくなかった。だから私は夫婦のことを、そして私の計画を話した。
「なんてことだ。おせっかいにも程がある」
「分かっています……」
「でも、それは明確に犯罪なのかって考えてしまうね。犯罪でなければ、君の倫理観に従って好きにすればいいことだ。これを盛られた人間が死んだら、未必の故意になるのかなァ?」
師はぶつぶつ独り言を唱えながら考えている。そして私の目を見て言った。
「この薬は、命に関わる禁断の魔術のようなものだからね、今現在は」
彼はここで、普段はそう見せることのない、厳しい顔をして問うてきた。
「もしだよ? 君がその薬の使用法を誤ったことで、人ひとりの命の灯を消すことになったら、いったいどうするんだい?」
……人を救おうとして、人を殺してしまったら……?