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⑤ 隠し事なんてして欲しくない……私なら

 帰りの馬車の中で考えていた。


 プレゼントの中身をよく考える? プレゼントって、贈った相手が喜んでくれたらいいなって渡すものでしょ。

 相手のことを考えているから渡すんじゃないの?


 あれ。そういえば私、今まで「相手が何を欲しがっているか」を真剣に考えて選んだことあったっけ?

 お父様にはタイとか万年筆とか、男性がよく使うもの、お母様やアンジェリカには香水やブローチ、またはハンカチーフ……だって、プレゼントってそういうものでしょう? 今までみんな喜んでくれていたわ。


 でも私は「その人のこと」を考えたことがあったかしら。きれいでおしゃれな物、実用的な物、それを贈れば喜ばれると当たり前に信じていて、相手にとって今いちばん欲しいものは何だろうって、考えたことは……?


「……ん? エイリーク様は何が欲しいんだろう??」


 全然分からないわ。


 とりあえずこれに関しては再来月まで猶予がある。今はもうひとつの、エイリーク様の言っていた「考えて」を実行してみよう。



**


 帰宅後もしばらく考えてみた。どれだけ考えたっていっしょだ。


 真剣に、彼らのことを思えば思うほど、私の意見は「そんな大事なことを黙っておくべきではない」だ。


 だって、私だってエイリーク様にそんなこと隠されてたら……。いや、エイリーク様じゃなくてっ、お父様! まぁお父様とは夫婦じゃないから、さすがに考えが変わってくるか……。


 とはいえ、私がバラしていいものではない。まぁ、バラしてやりたいけど。それは私の口からではなくて。こういうのに第三者の口が混ざろうものなら、ろくなことにならないのは周知のとおり。

 となれば、どうにか(ケネス)の口からちゃんと話すように誘導できないものか。そしてちゃんと夫婦(ふたり)で話し合いができる状況に持っていくには?


 このように考え事しながら廊下を歩いていたら。

「お姉様!」

 前方から掛かる声。


「あら、アンジェリカ。なんだか慌ててるわね、どうしたの?」

「慌ててはいませんけど、ジョイを見ませんでした?」

 ジョイは私たちのいとこ、7歳のわんぱく少年だ。


「彼、うちに来てるの?」

「まったくイタズラばかりで困りますわ。廊下を駆け回ったり、壁に落書きしたり」

「毎度のことね。見つけたら報告するわ」



 そして自室に戻ると、やはりお約束が待っている。


「ジョイ……。私のベッドでうつぶせて、いったい何なの?」

「死体ごっこ~~」

 ……はぁ。ぐっとくたびれるわ。子どもの相手は。


「死体ごっこじゃないわよ! あなたウチの壁に落書きしたんだってね!」

 私はベッドの上の偽死体を投げ飛ばした。


「エレーゼもいっしょに死体ごっこするぞ!」

「それ何がおもしろいの?」

「人がダマされたらおもしろい」

「誰も騙されないでしょ!」


 子どもにも逆らえない私は誘われるまま死体ごっこをしながら、ともかく考えることを続けていた。


 彼が本当のことを打ち明けても構わないのは自分が死んだ後……。後になれば、貯めた銀貨が彼女の手に渡り、どちらにしろすべて知ることになるから。


 そうだ、彼らは字を読み書きできるのだから、遺書を書かせればいいのでは? それを彼女に見せるの。でも、遺書は死んだ後にしか普通は公開しないもの。どうすれば……。


 ……あっ!


「死体ごっこ!!」

「こらっ、死体が動くな! しゃべるな!」


 こういうのはどうかしら……死を装うの。彼にも、彼女にも。


「いいかエレーゼ、プロの死体とはだなぁ~~。あっ頭を押さえつけるな! チビを小ばかにするなっ!」

 ひとつだけ、方法がある。たぶん、それは、禁断の魔法……。




 私は4年前から薬師の元に弟子入りしている。

 「看護に興味があるから」と頭を下げ指導を請うた。身元を明かさない、人生経験の浅い小娘を広い心で受け入れてくれた師には、とても感謝している。


 ずっと彼のところに2日おきで通っていた。彼のふしぎな医術を見た。薬の調合法も教わった。人を看取ることもあった。私は彼に認められたくて、自宅に帰ってからも猛勉強した。


 最近は週に1度しか通えてないが、その時は彼の助手としてまぁまぁ役に立てていると思う。



 そして今、私は彼の薬倉庫に、コソ泥しに来ている。


「これね、禁断の薬……」


 私は知っている。師は人を仮死状態にする薬を所持している。非常に扱いの難しい薬で、師ですらまだほんの数回しか使ったことのないものだという。


 そんなものを手に入れて、私はどうするの? でも使用法は確かに習って、記帳してあるの。


「おや……」


 そのとき唐突に倉庫の扉が開いた。私は心臓が飛び出そうな思いで、たちまちフリーズする。最近こんなことばかりだ。


「泥棒猫がいるね」


 ばくばく鳴る胸の鼓動と共に、おもむろに後ろを振り返った。


(せんせい)……」


 彼は温厚な顔立ちの、30代の男性だ。薬師としての腕は一級品。私は事前調査を経て、彼を師に選んだ。

 年齢より若く見える、気さくな容姿で子どもの患者にも慕われる。苦い薬を飲ませるのにそういった雰囲気は役に立つ、そして、ここぞという時にきちんと厳しい態度で事に当たるところも、私は深く尊敬しているのだ。


「一度、君とはちゃんと話をしようと思っていたんだ。あっちへ行こうか」

「……はい」



 気まずい雰囲気の中、私はまず誠心誠意謝ることにした。

「本当に申し訳ありませんでした! 窃盗なんて、なんの言い訳もできません!!」

 頭を下げた私に、彼は深い溜め息を吐く。


「君との付き合いももう4年か、そういえば忙しさにかまけて、しっかり話し合う機会もなかったね」

 私はここからどれほど厳しく叱責されるのかと身構えた。


「僕はさ、君が私利私欲でその薬を欲しがっているとは思えないんだ。どうしてそれが欲しいのか、正直に話してごらん」

「はい……」

 隠し立てはできない。自分の中で後ろ暗いことにはしたくなかった。だから私は夫婦のことを、そして私の計画を話した。



「なんてことだ。おせっかいにも程がある」

「分かっています……」

「でも、それは明確に犯罪なのかって考えてしまうね。犯罪でなければ、君の倫理観に従って好きにすればいいことだ。これを盛られた人間が死んだら、未必の故意になるのかなァ?」


 師はぶつぶつ独り言を唱えながら考えている。そして私の目を見て言った。

「この薬は、命に関わる禁断の魔術のようなものだからね、今現在は」


 彼はここで、普段はそう見せることのない、厳しい顔をして問うてきた。


「もしだよ? 君がその薬の使用法を誤ったことで、人ひとりの命の灯を消すことになったら、いったいどうするんだい?」


 ……人を救おうとして、人を殺してしまったら……?




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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

― 新着の感想 ―
[一言] プレゼントを贈るということは、その相手のことを深く想い巡らせる時間を作るということか、なるほど。
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