④ オレ薬師詐欺
サラの夫ケネスとの会話中、私はふと目にする。
「あら、そこにあるのは?」
ベッドの脇に、文字の書かれた木板が置かれている。
「ああ。これは、身体の調子がいい時に聖書を写していたんだ。心を落ち着かせたくて」
彼は私にぼろぼろの聖書を見せてくれた。
「あなた、読み書きできるの? 平民なのに」
「うん、読み書きをサラから教わったんだ。彼女は子どもの頃、劇団で役者をやっていたんだってね。だから台本を読むのに文字を学んだんだって」
「ふたりとも読み書きできるなら、ラブレターでも書けばいいのに」
「そうだね。それは思いつかなかったや。やっぱり寝てばかりいると、視野も狭くなってしまうな……」
その後もう少し会話を交わし、私はその部屋を後にした。
「ねぇ、どこに行くんだい?」
「エイリーク様、まさか本当に私を待っていらしたの?」
すたすた行こうとしたら彼に腕を掴まれた。
「当たり前じゃないか」
聞き耳立てていたのでしょ。私を気にかけるようなこと言って、実はサラの事情が知りたかったんじゃないの? 夫がいることもこれで分かっただろうし、人妻に手を出すのは止めた方がよろしくてよっ。
「どこに行くつもりなんだ? 早く家に行こう。シャルロッテが君の訪れを待ってるよ」
「申し訳ありませんが、もう少し」
私にはあなたを振り切ってでも行かねばならぬところがあります。
「まさか、また首を突っ込むつもりじゃないだろうな」
「私の勝手ですわ」
私は競歩でもするようにスピードを上げた。
「ああもう、待てよ。いったいどこに……」
そして彼を無視して歩き続けた。
着いたのは、同じく庶民の家屋だ。
「誰の家なんだ、今度は?」
「サラの夫に聞いた、薬師の家です」
彼は即、ほーらやっぱり首突っ込む、と呆れ顔に。
「ケネスはいったいどんな病にかかっているのか、本当に余命は短いのか、効く薬はないのか。いろいろと確かめたくて」
「そんなの赤の他人の君に話す義理はないだろう」
「そうね、どうやって聞き出せば……。家族のふりをするとか。妹でいいかしら」
このように会話をしていたら、中から笑い声が聞こえてきた。私たちはまたこっそり庭に侵入し、窓から様子を覗き見てみる。
「だぁいぶ儲かってきたな兄キぃ!」
「もうすぐ半年になるな、あの夫婦から銀貨をせしめだして」
「「!?」」
そこには人相の悪い男がふたり、ひとりは小柄な男だが、もうひとりはもちろん先ほどケネスに紹介された薬師だ。
「あれの余生なんざ知りゃしねえが、そろそろバレる前にとんずらしねえとな!」
「いや~兄キぃ、もう十分信頼されてっからよ、もっと踏んだくれるんじゃねえかァ」
彼らは笑いながら銀貨の袋を振って音を鳴らす。
「どういうこと……?」
「あいつら、詐欺師じゃないか」
「ええっ??」
もっと集中して聞き耳を立てなくては。
「前の町で騙し取った金で“信頼できる薬師だ~”って証言買ってよォ、もっと大金騙し取っちゃあ、だんだんカモの階級上げていくのが安牌よ」
「決定的だな……」
「じゃあ彼の預けた銀貨は、彼の万一の後に、サラに戻されることもなく……」
「そのまま持ち逃げされる」
このエイリーク様の言葉を聞いた瞬間、私は激しい衝動で立ち上がった。
「待て」
そんな私の腕を掴んで彼は止めにかかる。
「待てません。そんなこと許せるわけありません。そうでしょう?」
「いったん落ち着こう」
「…………」
きっと、こういう時は彼が正しい。でも……。
「今、君が出ていっても、向こうは男ふたり。こちらは男女。不利だ」
「すみません、ケンカに勝てそうでなくて……」
「そういうことを言いたいんじゃない。ちゃんと考えてみよう」
「考える?」
「こちらは言ってこの身分なのだし、あいつらを捕まえるのは容易いことだよ。どんな手でも使える。でもこの家の中に銀貨が全部置いてあるとは限らないし、まぁそれも拷問して在りかを吐かせればいいかもしれないが」
「ああ、そんなことまで頭が回りませんでした」
「それに、あいつらを捕まえて、金を取り戻せばいいというものでもないだろう? 君にとって」
「私にとって?」
「件のふたりに早速、銀貨を返してさ。そうしたら彼の秘密が彼女に、唐突にばらされて。そのうえ詐欺師に騙されてたなんて知らされて。それで、はいおしまい、でいいのかい?」
「うーん、そうか。それはあっさりバレてしまいますね。正直、私はバレた方がいいと思っているけれど……」
「それは否定しないけど、君も少し考えてみるといいよ。あんな話聞かされて、はいそうですかと放っておける君じゃないんだろう?」
「え、まぁ、そうです……」
「奴らのことは僕がこの町の自警団を雇うなりするから、任せて。いったん引こう」
頷いた私は彼に促され、そこから引き上げた。そして馬車で向かってノエラ邸に伺い、シャルロッテ様とティータイムを過ごすのだが、どうやら私はずっと上の空になっていた。
「エレーゼ、ちょっといいかしら?」
シャルロッテ様が、何か私に話があるようだ。ついさっきエイリーク様を小間使いにして、外へ出したのはそのためか。
「なぁに、エレーゼ。他人の家庭に首を突っ込んでいるようね?」
「ま、まぁ、そういうことになりますかね……」
あの人、いつの間に話したの?
「あの子からちょっと頼まれたのよ」
「えっ。エイリーク様、自警団のこととか自分に任せろなんて大見得きっておいて、お母様に頼むこと前提だったの!?」
「自警団? あー、あの子は自分でできることなら自分でするはずだけど……。息子の名誉のために言っておくと……」
「はい?」
「私に頼んできたことは、どうしても私の助けが必要なことで、それは本人にとって気の引けることなのよ、できれば避けたかったはずなの」
「お母様の力を借りることが、ですか?」
「それと、その内容も……」
「?」
「だけど、それでも彼が思いついて行動に移したのは、やっぱりあなたのためなのよね」
「え?」
「彼が、あなたの力になってあげたいとか、喜ぶ顔が見たいとか考えた結果でね。私のところに話が通じてしまったわけ」
「えっと、よく分からないけど、分かりました……」
「分かってくれたなら良かった。だからね、代わりと言っては何なのだけど。再来月、あの子の誕生日パーティーがあるの」
「再来月? エイリーク様の誕生日なんですか」
「あなたは婚約者だから、もちろんパーティーにご招待させてもらうわ」
「私、必ずプレゼント持参して伺います!」
「そう、ありがとう。そのプレゼントね、できたら、今からよ──く考えて欲しいの」
「……よ──く? 考えて?」
さっき、あなたの息子にも「考えて」って言われたばかりです。
「そう。“彼は何が欲しいのかな~”って、ちゃんと考えてくれるかしら?」
「は、はぁ……。分かりました」
彼女はにっこりした。
「じゃあ、この地域の治安に関しては我が家に任せてね」
すこぶる頼もしい笑顔であった。
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