② ホコリを残してはいけませんざます。
そんなことがあった翌日。
部屋で読書をしていたら、メイドが私のところに知らせを持って来た。ここに住み込みで働きたいという女性がいるようだ。
「そんなこと、執事長の采配でしょ? どうして私のところに?」
「それが、エレーゼ様にお会いしたいと聞かなくて……」
言うこと聞かないなら、女性のひとりくらい、追い出せそうなものなのに。
「ある方の紹介状を持っているとかで……」
「紹介状? いいわ、お通しして。会うだけ会うから」
「あなたは……」
そこに連れてこられたのは、昨日ノエラ邸で上半身をあらわにした女性だった。彼女は通されたら即、私の目先に膝を付き頭を下げた。
「お願いです! 私を雇ってください! どんな仕事でも構いません。朝から晩まで働きます!」
この急な申し出に、思考がすぐに対応できなかった。
「いや、それだけ仕事への熱意があるなら、ここでなくとも、どこでも働けるでしょう?」
「安定した収入が欲しいのです。それも、できれば銀貨で」
「でもあなた、どちらから? ルーベル地方の住民ではないの?」
「そうですが……。あの、こちらの紹介状をお受け取りいただけますか?」
彼女が差し出した書状を手に取った。そこにはずいぶん快活な文字でこう書かれている。
“親愛なるエレーゼ♪
ハァイ! 体調は大丈夫かしら? その子、割りのいい仕事を昨日失ってしまったみたいだから、面倒見てあげて。住み込みで、週1の休みをあげてね。休みの日はこちらの自宅に戻るとのことだから、運賃を持たせてあるわ。それではよろしく~~。シャルロッテより”
……有無を言わさず押し付けられた!!
うちのメイドの仕事は全然割り良くありませんが。なんでシャルロッテ様も彼女の世話を焼いているの? 公認の愛人なの?
でも頼まれたら断れない。そんな自分の性格が恨めしい。
「あなた名前は?」
「サラと申します」
「うちのメイドの仕事は楽ではないけれど。本当に何でもする?」
「寝る間も惜しんで働きます」
彼女はとても意志の強い瞳を見せた。
「なら、さっそく仕事に入ってもらうわ」
私はメイド長に指示をした。清掃は煙突でもどこでも、洗濯は何人分でも、畑仕事も庭の家畜の世話も縫物も、何でもやると言っていたから、と。そして、時間の許す限り、仕事を物陰から見張っていた──。
「エレーゼお嬢様、何か御用ですか?」
メイドたちが何ゴトかと私をじろじろ見ている。
「いいえ、何でもなくてよ。ちょっと静かにしていてちょうだい」
主人が新人の監視をしていて、何か問題があって?
そしてたまに出ていって、窓の下枠にすーっと指を滑らせる私。
「あらぁ、サラさん? 窓がキレイになっていないわぁ」
「あっ、申し訳ございません! 今すぐ」
「ちゃんとお給金の分は働いてもらわなくちゃ困るわねぇ」
「はいっ、承知いたしました!」
ふぅ。ずっと見張っているのも疲れるし、いったん自室に戻ってきたわ。
「って私、なに姑みたいなことやってるんだ──!!」
自己嫌悪の海を漂流する私。でも、「さっきは姑根性むき出しにしてすみませんでした」なんて主人の立場で言えない……。
実際、あの娘、ものすごく真面目に働いてくれている。確かに新参メイドなんて同僚から仕事を押し付けられがちなものだけど、どれも厭わず丁寧にこなしている。あまり寝てないんじゃないかしら、身体壊したりしないかしら。老婆心で心配……。
……でもどうして貴族の愛人がそんなことするの? かなり給金に頓着あるみたいだけど、こんな下働きしなくても、エイリーク様からもらえないの? なんだか腑に落ちない。そういえば彼女、ここにきてもう2週間、明日2回目の帰宅ね。
私は朝早く馬車でルーベル地方まで帰る彼女を、こっそり馬車で尾行することにした。
「ずっと激務をこなしていたから、今日はゆっくり休んでほしいわ」
って、私なんでこんな気にしてるんだろう。でも無性に気になるから、彼女の身辺洗って帰ろう。
だっておかしいでしょう。いちいち馬車でルーベルまで帰るのも大変だというのに。愛人稼業できるような綺麗な娘が、どうしてメイドの仕事を……。
彼女が馬車を降りたところは、ノエラ邸の下町だった。
私は彼女の向かう方角だけ車内から確認し、すぐに付いていくようなことはしない。ここで即座に追うのは三流の仕事である。
馬車の中で、庶民の衣服にさっと着替えた。そしてリンゴを詰めたバスケットを下げ、注意深く車を降りる。
私はこれから「いかにも私は庶民です」という顔で彼女の自宅を探り、辿り着いてみせる。
不肖ながらわたくし、“ひとりで生きていく”と心に決めて以降、どういった職業に就けばそれが達成できるのか、よく考えてみた。
結果、やはりいちばん需要の高いところが医療関係だ。健康長寿は人類普遍の望み、健康なくしては何も始まらない。だから薬師の元に素性を隠し弟子入りしたが、次点で候補に上がった職業がある。
それは“探偵”だ。健康が保証され、衣食住を問題なくまかなえている人々が、次に何を欲しがるか。“情報”だろう。
人と人が存在する限り、そこには必ず情報が流れている。それを欲する人間は身分問わず多いものだ。
私は独学で情報を「聞き取る」能力の向上に努めた。または市井に「潜伏」する術も身に着けた。
そこで私は知ることになる。私のこの「どこまでいっても並の顔立ち」は、この職業になくてはならないものだと。はっきり言って私など、上流階級の衣裳を脱ぎ捨ててしまえば、哀しいかな、令嬢という身分を悟られることもない。普段気を付けるべき所作、姿勢に関しては、逆に緩く見せなくてはならないが。
そして、私が何気なく聞き取りを行い誰かが情報を提供したとする、しかし私はあまりに見た目が無個性なため、誰もそれを気に留めないのだ。
「無個性」「平凡」は武器になる、これはもしや天職ではないか。それこそ探偵事務所に所属して研修を受ければ……まぁ心の片隅に留めておこう。やはり医療従事ほどの安定感はないだろうな。
「あのぉ。すみません、サラさんのお宅を探しているんですけどぉ~」
町の花壇脇に腰掛ける老人に話しかけてみた。
「おや、サラちゃんのお友達かねぇ?」
「そうなんです。サラさんにうちで採れたリンゴを持ってきたのですが……」
こうして何ひとつ疑いを持たれずに、彼女の家の所在地情報を入手した。
「おじいさん、ありがとう。リンゴをおひとつどうぞ」
「ああ、ありがとう。しかし、サラちゃん帰ってきてないと思うよ」
「え?」
ご老人と別れ教わった道を行く。彼女はこの帰り道を通っていないらしい。
ささっと彼女の家の前に辿り着いた。垣根の内側は狭いが庭になっている、しかし植えられた植物は枯れている。私はこっそり中を窓から覗こうと、庭に一歩踏み出した。
──ご家族はいるのかしら。ここからはより注意深く行動しないと。だって今、私は明らかに不審人物かつ不法侵入者……。
「何をやってるんだい?」
「ぎゃふん!!」
何者かに背後から声を掛けられ、驚きの声を上げてしまった。が、とっさに声量下げてコントロールしたからセーフよ。しかしこれ、絶体絶命!?