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⑩ 僕が綺麗にしてあげる

 他に誰もいない静かな森の中、ひっそり建つ木造りの舞台が私の目に飛び込んできた。


「これはね、僕の知人が酔狂で作ったステージなんだ」

 物珍しさで少し駆け寄った私に、エイリーク様は後ろから声を掛けた。


「評判のいい劇団に貸して、近くに暮らす子どもたちに劇を見せる予定だとかで。まだ誰もここには立ってない、新設だよ」

「へぇ、そうなんですか」


 そこで、私の目の前に踏み込んできた彼が突然、

「じゃあエレーゼ、目を閉じて」

こう言ったのだ。


「……は?」

 えーっと、なんでしょうこれ。なんなのでしょう。

 目の前の彼は、普通にすました笑顔である。


「開けたままだと目が合って恥ずかしいだろう?」

「はぁあ!? 何をおっしゃってるんですかっ、私たちっ、そんな関係ではっ」


 その時、ガサっと後ろで草を踏む音が。びくりとして振り返ったら御者が立っている。布のかかった箱を持って。


「さぁ、目を閉じて」

 エイリーク様は私のあごにそっと指を寄せ、この顔を少し持ち上げた。


「は、はい……??」



 言われるがままに瞼を閉じているが、なんだろう?


 目を閉じた私の顔の上を、なんだかふさふさしたモノやさわさわしたモノが走ったりなぞったりしている。


「エレーゼ、息は止めなくていいんだよ」

「だって、さっき鼻から粉が入りました」

「粉使う時は言うから」

「とにかく顔がくすぐったいです……」


「はい、目を開けて」

 御者から手鏡を渡された。


「えっ。これ、私?」

 そこに映るのはメイクアップされた、いつもと全然違う私。

 エメラルドグリーンのアイシャドウに、目じりの下はうっすらパープルのラインが入っていて。涼し気で大人っぽい……。


「これ、あなたが……?」

 頬骨より少し高いところにさりげなくオレンジのチーク。頬が少しだけ、きらきらしている。これはなんだか、恋をしている頬?


「君にはこの色味が似合うと思ったんだけど。お気に召しませんでしたか、姫?」


 気に入る気に入らないではなくて、私が私でないみたい。なのになんて自然なの。なんだかひとりでカフェにいても絵になるような、流行の先をいくレディみたい。私のドレスの雰囲気ともよく合ってる。


「どうして、あなたがお化粧を? 慣れていらっしゃるの?」

「いや、初めてやってみたよ」

「初めて!? 嘘でしょう?」

「とにかく塗ればいいんだろうと思って。配色は自分で考えたけど、初めてのわりにはなかなかの出来だと思わないか?」

「とてもお上手です! 色のセンスも絶妙。この化粧道具は?」

「ちゃんとしたところで買ってきたから、品質に問題はないよ。奥様に贈り物かと冷やかされてしまった。あ、これ一式引き取ってくれ」


 引き取れって。プレゼントって言ってください。


「さ、鏡を置いて」

 鏡を御者に返したら、彼は私の手を取り、舞台の方へ走り出した。そして小さな階段を上り、ステージの真ん中へ。


「エイリーク様、これはいったい……」

「ステージの上で君は魅力的だよ。気兼ねしないで堂々と上がってくればいい」

「?? ……あっ」


────“私はステージに上がりません”


 そういえば前、あんなことを言ったから? 私をステージに上げてくれたの?


 客席が見渡せる舞台の上。観客はひとりもいなくて、こんなふたりきりで。……なんだか緊張してしまうじゃない。


「さぁ、こけら落としだ。好きなだけ歌ってくれ!」

「歌、ですか……。んっんっ。では。ア゛ア゛ア゛ア゛~~♪ アババ~~ヴァ~~♪」

「ストップ!」

「♪アヴァっ! 何ですか?」


「ちょっと待て。なんやかんや声が明瞭でキレイだから、さぞカナリアのようにさえずるのだろうと思ったら。とんだ肩透かしだ!」

「声キレイ? そ、そんなっ。ん? とんだ肩透かし? なんですかその言い草! ァ゛~~ァ゛~~ダバダ~~♪」

「ストップストップ!! ……歌は止めだ。ダンスにしよう」

「ダンス……ひとりでは踊れませんわ」


 仕方ないな、という顔で彼は手を差し出した。私も仕方ありませんわね、という顔でその手を取る。


「アン・ドゥ・トロワ……」

 ゆらゆらとふたりでワルツを踊ってみたら、すぐに分かった。この人、ダンスもとてもお上手。リードがちゃんと分かりやすくて、気持ちいい。


「社交場にお出にならなくても、ダンスはお得意なのですね?」

「シャルロッテと踊るのは好きだったんだ。彼女はリードが下手な男の人権を認めない」

「そうですか。それにしても、やっぱり音楽が聴こえないと味気ないです」

「そうだな」

 彼は私をくるっと回して止まった。


「次は用意しておこう」

「用意? 楽団を?」

 私はくすっと笑ってしまった。その時ふと、子どもの頃の懐かしい瞬間を思い出した。


────前にもこんなことがあったわ。どこかの部屋で、ステキな王子様と踊っていた時。やっぱり音楽がなくて、私はこのように文句を言った。そうしたら彼は、棚に置いてあった小さなオルゴールを巻いて……。


 あ、エイリーク様といるのに、違う男の子のことを思い出してはだめかしら?


 そして彼は、私の肩に手を寄せ舞台下へと促す。そろそろ会食の時間だ。


「シャルロッテが近くのレストランで君を待っているよ。今日は遅くなってしまうから、我が家に泊まって、朝あちらへ帰ればいい」

「え、それではお父様が心配してしまいます」

「さっきお父上に話して許可をいただいておいたよ」

「えっ、あの時の? もう、余計に心配されてしまうではないですか! 可愛い娘が、そんな、計画的に外泊なんて!」

「あのね。僕ら、世間的に結婚することになっている男女であってね……。君ちょっとそういうことに意識過剰なんじゃないか?」

「~~~~デリカシーないっ!!」


────デリカシーはないけど、私をこの舞台に連れてきてくれたのは、あなたなりの優しさでしたのよね。


 ……ステージの上で君は魅力的?


 貴族の娘へのありきたりな社交辞令でなくて、本当に、少しはそう思ってくれているの? あの時話していた、胃袋を掴まれたって話は、もちろん演技なのでしょうけど、ほんの少しくらいは事実ほんとうだったりしない?


 そりゃあ、ある程度信頼できたから契約結婚の相手に私を選んだのだろうけど、やっぱりずっとそれだけなの……? なんだろう。そんなことを口にしたら、この絡まったばかりの未熟な縁が解けてしまいそうで────。


 ん? 解けてはだめなの?

 解けたところで私は今までどおり、ひとりで生きていく準備を着々と進めるだけなのに……。



第二話にお付き合いくださりありがとうございました。

ブクマ、評価、感想ダメ出しなど、常時お待ちしております(* .ˬ.))

第三話もぜひ続けてお読みいただけますよう。


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しっかり改稿・加筆してとても読みやすくなっております。ぜひこちらでもお楽しみいただけましたら嬉しいです。.ꕤ

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