④ 浮気しないで、お父様
「話を合わせてくださってありがとうございました」
どうやら納得のいっていない顔のエイリーク様に、馬車の中で礼を言った。
「いや。それにしても、2日おきなんて頻繁に通うって、本気かい?」
「ええ……。約束しましたから」
やっぱりこの人、呆れている。
「彼女とは今初めて会ったんだろう? そして、盲目の彼女に実の娘と間違えられ、残された時が僅かだからと言われ同情し、会いに来ると宣言してしまった」
なにそれ、短絡的。と詰りたいんですよね。
「私が私の時間をどう使おうと私の自由のはずです。シャルロッテ様との定期会食は結婚してからでいいのでしたよね?」
「そうだけど、貴族の令嬢が安易にメイドの仕事に手を出すのはどうかと言ってるんだ」
「仕事に貴賎なしですわ」
「病人の看病なんて、そんなきれいごとで済む話じゃない。大事に育てられてきた君にそんな仕事が務まるのか? 嫌になって途中で投げ出そうものなら、余計に人を傷付けることになるんだよ?」
「…………」
私は反発したくて、でもいったん言葉を飲み込んだ。ここは冷静でいなくては。
「確かにさっきは、勢いで言ってしまった部分もあります。でも私は、きれいなことではないと知っています」
「なぜそう言える?」
「…………」
わりあい長く薬師のところで病人の対処を習っている、とはまだ打ち明けたくない。
「私は母を亡くしています。母は流行り病に冒されて、うつるからと面会叶わずお別れになってしまいました。家族の付き添いなく病気の方が過ごしていると知ってしまった以上、見ないふりするのは心苦しいです」
「きれいごとの極みだな……」
「だから私の自由です、放っておいて!」
「知ってしまった以上は放っておけない。さすがに毎回は都合が付かないから、君が通う日の1回おきに付き合うよ」
「え?」
「おおよそ週に1回、僕も君を手伝いにくるから。男手のあった方がいいこともあるだろう?」
「……貴族の令息が何を言ってるんですか? きれいごとではないのですよ」
「君がいつまでネを上げずにいられるか、見届けるためにね」
本当に何を考えているのだろう。自宅から週1でもこちらに来るなんて、とても骨の折れることなのに。一応婚約した女が、事故でも起こして訴訟されやしないかと心配してるのだろうか。……それともまさか、私の行動や生活に興味を持ってくれているの?
「では、帰ったら早速お父様をシめ上げ、すべて吐かせますわ」
「これは物騒だね」
「私は浮気を許しませんの」
私ですら最近はお父様とお店に入って買い物なんて、あんまりしてなかったんだから!
***
「お父様~~。どういうことですかしらぁ~~?」
「なっ、なんだいエレーゼ……。あっ、エイリーク。今日はふたりデートの日だったのだね。どうだったかな、楽しかったかい?」
「話を逸らさないでくださいませ。身に覚えがありますでしょう?」
「な、なんのことだか……」
「何もやましいことはないと、この!お母様の肖像画の前でぬけぬけと言えるのかしら!」
大きいのを用意してきたわ。
「う―ん、エレーゼ。私は言えるよ? 神に誓って、生涯、君の母様だけを……」
「じゃあ今日、お父様の隣にいらした方はどこのどなただったのかしら~~。ジュエリーショップでお高いモノを貢ぎ、そのまま奥深い森の、お父様の秘密?の別荘?に連れ込んで、いったい何をされてたのかしらねぇ~~」
「うわああ信じてくれエレーゼ! 私は決して不埒なことなど! これは止むにやまれぬ事情があって……」
「あらいやだ。あんな隠れ家に女性とふたりで入って何もしてないなんて、どこの誰が信じるというのぉ~?」
「あああ……。いや、だって本当にしてないんだ……やましいことは」
「そうおっしゃるなら事の成り行きを洗いざらい、お話しになって!」
「はい……」
ふぅ。エイリーク様が「知ってるのに意地悪だなぁ~」って顔でこちらを見ている。
「あの平屋敷で暮らすご婦人、フレーヤさんは、ある豪商の元一家長で、現役時代に父が世話になった方なのだ」
お父様はずっと以前から慈善活動に尽力している。多く仲間を募って精力的に活動し、それはまさにノブレスオブリージュの体現で、彼らに私欲は些細もないのだが、だからこそか、それを都合悪く思う資産家の勢力も存在するとかで、容易なことではないようだ。
「私の考えに賛同してくれて、資金の面で惜しみなく助力してくれていたのだよ」
「そんな大きな資産をお持ちの方が、あんな寂しいところで療養ですか?」
「医師から余命宣告を受けたということでね。それから人と会わずに、終の棲家で静かに過ごすことを希望されて」
「で、どうしてあのディーヴァを?」
お父様の説明では、なんでも、病気で盲目になった後の彼女がその歌声を劇場で聴き、生き別れた実の娘に声が似ているということでファンになったと。
「生き別れ……どうしてそんなことに?」
「彼女は豪商の一人娘だったのだが、身分違いの恋人との結婚を反対され駆け落ちしたんだ」
そして娘を授かったが、夫がなんと失踪してしまった。実家にも帰れず、貧困の中ひとりで娘を育てることに。厳しい暮らしでも、彼女は満たされていたのだろう。しかし娘が12の頃、貧困暮らしを苦に家出してしまい、もしかしたら誘拐されたのかもしれないが、いくら探しても見つからなかった。その絶望の中、実家でお家騒動が起こり、彼女は出戻りを余儀なくされる。結局、彼女が当主となり事業を継ぎ、家を更に盛り立てた。
お父様は彼女からそんな人生を自嘲気味に語られたのだが、この世の思い出にその歌声をもう一度聴きたいとも話していたので、一度だけディーヴァに頼み込んだ、ということだった。
「そうだったのですか……。お父様、誤解して申し訳ありませんでしたわ。……頼み込んで、と今おっしゃいましたが、無償のわけありませんよね」
「それは、まず、お店で装飾品を……」
「まず?」
お父様は「しまった」という顔をした。
「謝礼はいったいどれほど? どういう方法で?」
「それは……小切手で」
「どれほどですか!」
耳元でひそひそと打ち明けられた。
「えええ~~!? お父様の一月分の収入じゃないですか!? たった数刻で! そのうえブランド店の宝石ですか!?」
「なんで君は父の収入を知っているの。まぁ、稀有な才能を買っているのだからね。私だってそう何度も支払えるものではないよ」
「ま、まぁ高い買い物だったとは思いますが、お世話になった方への最後のプレゼントということなら、仕方ありませんね……」
「とても喜ばれてね。寿命がいくぶん延びたと、顔色も良くなられていた」
確かに私がお会いした時は、不治の病を感じさせるような雰囲気でもなかった。
「余命宣告というのは……」
「ああ、もう三月も持たないのでは、ということだ」
「そうですか……」