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第36話 不意




 「おぉー、中々やるね」


 「これぐらいで褒められるなら、これから先で私がすること何でも褒められるけど」


 拍手しながらも未だに余裕を見せる。奥では父が圧倒されているというのに、そんなことなんて知らず、ただ自分の欲だけに四肢を動かされている。


 それにしても魔力の消費を少なく出来て良かった。魔力を使うのは無能力魔法では実質これだけ。魔力操作に関しては、相手の魔力を抜き取りそれを自由自在に扱えば、自分の底につきそうなほど少ない魔力なんて簡単に補える。


 リジーの魔杖(ディヴァル)にはまだ魔力が注ぎ込まれている。つまり、連続して詠唱し、攻撃してくるつもりなのだろう。見逃さない私は既に小声で魔力操作(ラ・フィルネ)の詠唱を済ませた。


 音魔法ならば私の小声にも敏感だろう。私が何を企んでいるか探られないように、魔力圧で詠唱の声を阻害する。私に干渉不可能とはいえ、油断は禁物だ。


 「それはどうかな?確かめるために君から来なよ」


 「私から近づきたくない。君は汚い部屋に入りたいって思うの?」


 「ははっ、それはそうだな。お互い相当な憎悪を抱いている種族だし、来たくないのが普通か」


 乾いた笑いだ。喜怒哀楽の喜楽の感情が欠如している。それほどに魔人族へ何か特別な思いを抱いているのか。


 「なら、俺から向かって殺してやる」


 殺気を私の体に飛ばされる。体全体を途轍もない怒りや憎しみの感情がスーッと通っていく感じが、被害者面しているゲスの臭いがして思わず顔を顰める。


 そして立つのもやっとだ。その殺気に何か特別な気でも込められていたのだろう、私の足元がフラフラとして両膝を地面についてしまう。


 次第に目の前もグラグラし始めると、そこで理解する。やられたのだと。


 「君には効果抜群だったかな?」


 一歩ずつ近づいてくるリジーに魔力圧を放つが、全く別の方向へ飛んでいく。感覚が鈍り、具合の悪く感じるこの現象。三半規管を音波でイジられたな。


 「1回目の魔法を受け止めた時点で、君の負けは決まってたんだよ。両耳に違う音波を流すことで、ある程度の混乱を引き起こす。そしたら後はそこに殺気と共に両耳と真逆に揺れ動く低い音波を流し込めば、君は三半規管が正常機能を失い倒れ込む。何もかも完璧にいってくれたよ」


 今にでも今日の朝食べたご飯が出てきそうだ。リジーの言うことは聞かずとも理解している。めまいもグワングワンするこの感じも、悔しいが全てに置いてこいつの思い通りだった。


 倒れ込む私には落ち着きはあれど、何をすればいいかの考えはない。全ての意識が三半規管によるめまいに吸われているのだ。


 ヤバイヤバイ。何とかしないと……。


 アリスを見れば楽しそうに満足気にフォーゼンで遊んでいる。魔導士だというのに、余裕で玩具にするその姿は実力の差を見せつけているようで、私の昇格への道を更に険しいものへと思わせるものだ。


 助けてと頼めば簡単にリジーは殺される。だが、それでは私がここに来た意味がない。この世界の魔人族を救うためには、私があいつらに復讐するためには、この場を自力で解決するしかない。


 私の目の前まで歩み寄るリジー。しっかりとそれを知るアリスは遊びながらも一歩も動かない。私に危機が迫ると動くと決めているようだ。


 「どうだ?これが人間様の力だ。それも、俺なんてまだまだ未熟者として扱われるほど人間族の力は強大だ。お前たちのような劣等種族に敗北はないだろうよ」


 余計ムカつくな。どうしてこうもゴミの巣窟なんだろうか。人間族って。


 「……なら、なんで未だに勝ててないの?敗北はないと言い切れるほどの力を持つのに勝ててないのって、ただの意地っ張りな子供の戯言みたいじゃん」


 「お前たちを始末してからがスタートなんだよ。六天魔人(ヴァビリム)の一角とその仲間を消せば、それが口火となって魔人族を終焉へと導くんだ」


 「へぇ、随分と甘く見積もられたね、魔人族も」


 「所詮そんなもんだろ。君だって太刀打ち出来てないじゃないか。俺の顔すら焦点合わず、増しては立つことすら不可能。これから君に勝ち目はないし、父上にもアリスは始末される。なんせ、俺たちは最強だからな」


 最強は言ったらダメでしょ。完璧な敗北フラグだぞ。


 「その父上は圧倒されてるようだけど?」


 「違うな。圧倒されてるように見せてるんだよ。父上はそんな戦い方が好みでな」


 見なくても知ってますよ、と、堂々と私を見下す姿は変わらない。現在進行系で父上であるフォーゼンは左腕が消し飛んでいるというのに。


 アリスも趣味が悪い。遊び相手にするならまず四肢のいずれかを落として、それから時計回りか逆時計回りに四肢を切断して殺めるというサイコパス思考の持ち主だ。私の予想では時計回りで次は左足だな。


 「君も父上に対する信頼が相当なんだね」


 「ああ。当たり前だ」


 「それじゃ――なるべく一緒に逝かせてあげたほうがいいね!」


 私はめまいもしない、吐き気もしない、いつも通りに戻った体で魔杖(ディヴァル)を持ち、時間にして0.4秒で予めかけていた魔力操作(ラ・フィルネ)を発動させる。手前へグイッと引き寄せることで今度は私の勝ちへ戦況は傾く。


 完全に動けない、これは勝ったと思い込んでいただろうリジーは不意の私の行動により目を見開く。


 「はぁっ?!」


 「残念。油断はしちゃだめだね。特に、途轍もない殺意を持った魔人族の前ではね」


 行動に怯んだリジーは後ろへ一歩下がった。

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