第32話 人間の死
中層は上層と比べてとても暗い。松明が均等に壁に設置されているが、それも心許ないほど広い空洞であるが故に、真ん中を歩くと明かりはあまり届かない。
足元も凸凹しているのでおぼつかない。コケる人もコケかける人もいるのは当たり前だ。芽郁たち転移者は1箇所に集って逸れないように、見失わないようにする。
歩き始めてから5分。ここでやっとネディルの足は止まった。同時にすぐ足が曲げられ、地面に落ちてある何かを確認する。
「これは……」
「どうしたの?」
信じられないという面持ちに変化するネディル。それが気になる芽郁は手に持つものが何かを確認するとともに、理由を聞いた。
「スクリッドの貴族家の紋章だ……」
「紋章?」
「ああ。貴族にはそれぞれの家に紋章があるんだ。この馬が横を向いた紋章は間違いなくスクリッド公爵家のものだ」
それがここに落ちている理由を瞬時に理解する。どんな理由であれ、貴族服の胸に刻まれたこの紋章を、スクリッド本人が無理矢理引き剥がすわけがない。それに今調査に向かったと言っていた。ならば戦闘の際に負った傷なのはほぼ確定していると言っても良かった。
そして、スクリッドは魔導士。そこらへんの魔人族に敗北などありえない。ならば考えは絞られていく。
ちなみにこの世界には強さの大まかな基準がある。魔法使いと呼ばれるのが、ただ魔法を使えるだけのありふれた人たちのこと。魔導士と呼ばれるのが、その魔法を極めた人たちのこと。大魔導士と呼ばれるのが、魔法を覚醒させた人たちのこと。そして、魔法を2つ使えるなどの特異な力を持つ人たちのことを、特異魔導士と呼ぶ。
弱い順に、魔法使い、魔導士、大魔導師となり、特異魔導士は、その特異さによって強さが変化するため一概にこことは断定出来ない。そのためランダムだ。
「ねぇ、悪いけど、先を急いだ方が良いんじゃない?なんだか良くない雰囲気醸し出してるけど」
考える時間が長すぎるので、痺れを切らした女王芽郁は、魔人を相手に出来てない不満とともに先へ急げと催促する。
「ああ、そうだな。安否確認をしなければ」
さっき向かわれた。そう拠点の男は言った。そのさっきがどれほどの時間を示すのか曖昧すぎて分からないが、ネディルにはさっきが15分程度と考えていた。
なので15分以内に出会って負傷したということが証明されたも同然。魔導士であるスクリッドが、そう簡単に怪我を負うとは考えられない。ということはそれほどの相手なのだろう。
スクリッドがやられている可能性に少しの憤りを感じながらも、逆に猛者である可能性も確実へと変わりつつあるのでニヤけてしまう。そんなイカれた精神状態のままネディルは走って進む。
流石に歩くと色々と間に合わなくなるだろうと考えたのだ。遅くても早くても、絶対に相手を倒してきたという実績を誇るからこそ、被害を考えずにマイペースに問題を解決してきたネディルには珍しい行動だ。
そして走り出してすぐ、芽郁たちの目の中に、この世界に来て初めての光景が入ってくる。いや、5人は初めてではない。
「……スクリッド?」
そこにはネディルの良く知る、中層36層の拠点を統括していた貴族――スクリッドが腹に大きな穴を空けて横たわっていた。
「……うわっ……」
転移者はそれでも叫ばない。腹に穴が空いて死んでいるところなんて初めて見るだろうに、誰も恐怖しないのだ。それほどまでにイカれた精神にされたのも一理、元がそういう性格だったのが理由の8割を占めるだろう。
スクリッドが息を吹き返すことも、息を吹き返させることも出来ないネディルたちには、目の前で死んでいるスクリッドを拠点まで運ぶしか、出来ることはなかった。
「……まさかもう殺されているとは……すまない」
目に涙を浮かべることはしない。今考えるのは原因だ。コルデミル大迷宮の異変によってダークベアーをはじめとした、魔物に殺されたか、魔人族に殺されたか。
考える時間なんてそんなにいらなかった。ダークベアーはスクリッドと同じ、腹に穴を空けられて死んでいたと言う。ならば犯人は同じと見るのが普通だろう。
瞼を閉じてやる。そしてその敵を取ってやると覚悟を決め、約束をする。
「確かこの中に土魔法の使い手がいただろう?」
「はい。俺です」
「彼の体を土で包んで拠点まで運んでくれ」
「分かりました」
すぐに詠唱し、地がモゴモゴっと動くとスクリッドの体を包むように土が覆う。10秒もしないうちに体は地に飲み込まれ、その部分だけモコッとする。
「助かる。それをそのままに、ここから先へ――」
「ん"ぉ"ぇぇ」
「なに……この空気」
「気をつけろ!近くに魔人がいる!」
ネディルが話の途中に異変に気づいて発言を止めると、同時に複数の転移者が、あまりの気持ち悪さに耐えられずゲロを吐いた。吐かずとも、転移者は皆、顔色が悪い。
人間族には気持ち悪過ぎて耐え難く、重くて淀んで憎しみを覚えさせられるこの圧。間違いなくそこに災厄がいるのだと確信した。
松明の火も段階を踏むように消えていき、あたりは真っ暗へと変化する。これは暗順応しなければ命が危ない。そう察した瞬間、その恐怖は根に付けられた。
「あれ、増援ってこんなに多いのか?」
鼓膜に響く声。それは女性だとしか判断出来ない。目の前にはまだ姿すら確認出来ない。コツコツと近づく音がする。それがピタッと止むと、不思議と松明に灯りが灯る。
そして目の前に見えるようになるその元凶。紛れもない魔人だった。
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