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遭遇

 午前の授業を終え、なんとかお昼休みを迎えた。サムエレ殿下のお陰で陰口は止んだけれど、教室にも、学園の皆が集まるテラスにも居たくはなくて。人少なだろうと向かった裏庭で、わたくしは目を見張った。



(ジャンルカ殿下……)



 そこには、昨日迄わたくしの婚約者だったジャンルカ殿下と、新しく聖女になったロサリア様がいた。二人は穏やかに微笑み合い、ゆったりとした歩調で歩いている。



(殿下はあんな風に笑えるのね)



 眺めながら、わたくしの胸がかつて無い程に痛む。


 わたくしは、殿下に歩調を合わせて貰ったことも、肩を抱かれたことも無い。まるで腫れ物を扱うかのように、殿下はわたくしとの距離を取るようにしていたし、必要以上に言葉を交わさないようにしていた。



(殿下はずっとずっと、わたくしとの婚約を破棄したかったんだ……)



 昨日今日の思い付きではない。彼はいつかわたくしとの婚約を破棄をするために、必要以上にわたくしと関わらないようにしていたのだと、今更ながら思い知った。



(どうして気づかなかったんだろう)



 気づいていたら、こんなにもショックを受けなかっただろうに。自分がふがいなくて、情けなくて、堪らない。胃の辺りがキリキリと痛み、喉の辺りに何かが迫り上がってくる。



(今すぐここから逃げ出したいのに)



 そう思うのに、瞳はジャンルカ殿下とロサリア様に釘付けになっているし、身体が一歩も動かない。



(どうしよう)



 半ばパニック状態に陥ったそのとき「ディアーナ」

と誰かがわたくしの名前を呼んだ。後から肩をポンと叩かれ、止まっていた時間が動き出したような心地がする。

 振り返れば、そこにはサムエレ殿下がいた。殿下は息を切らし、額の汗をそっと拭う。それから困ったような表情でわたくしを見つめながら、ふぅとため息を吐いた。



「探したよ。昼休みになったら声を掛けようと思っていたのに、いつの間にか居なくなってるんだもん。

ディアーナは相変わらず足が速いね」



 そう言って殿下は目を細める。その途端、唐突に涙が溢れてきた。心の中の蟠りが、涙と一緒に溶け出すような心地がする。


 殿下は「触れても良い?」って伺いを立てつつ、わたくしの頭をポンポンと撫でた。



「朝の件もあって教室には居づらいだろうし、俺と一緒の方がまだ過ごしやすいかなって思ったんだ。学園全体がクラスと同じ調子の可能性もあるしね。

まさか兄上と遭遇しているとは思わなかったけど」



 サムエレ殿下はそう言って、優しくわたくしを撫で続けた。殿下の手のひらは温かい。わたくしは、男性の手のひらがこんなにも大きくて温かいということを、今の今まで知らなかった。昨日まで婚約者がいたというのに、おかしな話だ。

 温もりに、心のささくれがほんの少しだけ癒されていく心地がする。心地よさに目を瞑ると、殿下の動きがピタリと止まった。



「殿下……?」



 怪訝に思いつつ、サムエレ殿下を見上げる。すると彼は何事かを逡巡し、ややしてわたくしの手を握った。



「よし……決めた! ディアーナ、午後の講義はサボろう!」


「えっ……? えぇ?」



 一瞬何を言われたか理解できず、わたくしは大きく首を傾げる。



「自主休講ってやつだよ。普段はこれでもかってくらい優等生をしてるんだ。偶にはそういう日があっても良いだろう? 

講義の代わりに街でご飯食べて、買い物して、ゆっくり楽しく過ごそうよ」


「でっ……でも」



 本当にそんなことをして良いのだろうか?ついついそう思ってしまう。

 これまで講義をサボるなんて、考えたことも無かった。未来の王太子妃として、常に品行方正でなければならない。後ろ指を指されるようなこと、してはいけないと思っていたから。



(だけど)



 今のわたくしはジャンルカ殿下の婚約者じゃない。わたくしの成績が悪くなろうが、街を歩こうが、ジャンルカ殿下の名誉は傷つかない。

 おまけにいえば、わたくし自身の名誉は、既に地に堕ちているようなものだもの。



「ね? 昨日まではダメだったかもしれないけど、今なら平気だろう?」


「でも……わたくしは良くても、殿下は怒られてしまうのではありませんか?」



 誰とでも気安く接してくださるサムエレ殿下だけど、彼の行動は品行方正そのもの。これまで彼が講義をサボったことは無い筈なのに。



(わたくしに付き合って、殿下の評判を落とすわけには……)


「平気平気。講義なんかよりディアーナの方がよっぽど大事だし、怒られたところで痛くも痒くもないから」



 そう言って殿下は優しく微笑む。胸がほんわかと温かくなった。


 これまでわたくしは、サムエレ殿下のことを良きライバルだと思っていた。定期試験の度に彼と競り合ってきたし、互いに切磋琢磨したいと思っていた。彼も同じ気持ちだと思っていたのだけど。



「ありがとうございます、殿下」



 昨日までよりずっとずっと、サムエレ殿下を近しく感じる。殿下はニコリと微笑むと、わたくしの手を引いて学園を駆け出した。

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