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性格が悪いからね

「聞かれました? あの噂」

「ジャンルカ殿下とディアーナ様が――――」

「ロサリア様が」



 貴族に必要な社交性と教養を身に着けるため、我が国では16歳から18歳までの子女が、王立学園に通うことを義務付けられている。わたくしは16歳、ジャンルカ殿下は18歳。学園に通う生徒たちと丁度同じ年齢だ。


 殿下から婚約破棄をされたのは昨日のことだというのに、朝学園に着くと、わたくしたちの噂は瞬く間に広まっていた。


 潜めていても、声というのは漏れ聞こえるもの。特に、自分の噂というのは、聞きたくないと思っていても、自然と聞こえてくるもののようだ。人々の視線が突き刺さり、身体中から血が噴き出るような心地がする。胸に何かが詰まったような気持ち悪さがわたくしを襲った。



「正直、ディアーナ様が王太子妃にならなくてホッとしたよ」



 そんな言葉が聞こえてくる。ドクンと大きく心臓が跳ねた。



「ご自分の優秀さを鼻にかけている感じがしますものね……明らかに私達のことを下に見ていますもの」



(違う)



「こんなこともできないのかって顔で見られてもなぁ。人の気持ちも分からない奴に、そんなことを思われたくないというか……」



(違うわ)



 そんなこと一度だって思ったことは無い。それなのに、まるでそれが真実であるかのように語られて、わたくしは絶望に打ちひしがれる。自分が皆に嫌われていたのだと、その時になって初めて気づいた。



「いくら勉強や運動が出来ても、人の心が分からないようじゃ……ねぇ?」



 その言葉は、まるで鋭利な刃物のように、わたくしを深く切りつける。

 ジャンルカ殿下も同じことを言っていた。わたくしは彼の気持ちを理解しようとしなかった、と。人間失格の烙印を押されたような、そんな気分だった。



『人として一番大事なものを欠いているわたくしには何の価値もない』



 そう思うと、目の前が真っ暗になる。出口のない迷路に迷い込んだような心地だった。言葉が毒のように心と身体を蝕み、次第に反論する力すらも無くなっていく。心が彼等の言葉に同調していくのだ。



(わたくしはダメな人間なのだわ)



 笑ってはいけない。声を発することも――――そもそも、ここに存在してはいけない人間。いるだけで人を不幸にするのだと、そんな風に思えてくる。

 今すぐここから逃げ出したい。消えてしまいたい――――そう思ったその時だった。



「ディアーナ」



 頭上から、誰かがわたくしのことを呼ぶ。テノールの良く響く声だった。ジャンルカ殿下の声とよく似ているけど、少し違う。億劫ながらも顔を上げると、そこにはわたくしが思った通りの人物が立ってた。



「殿下」


「――――サムエレで良いって言ってるのに、頑なだなぁ」



 そう言って殿下は穏やかに笑う。


 サムエレ殿下――――昨日までわたくしの婚約者だったジャンルカ殿下の実の弟だ。

 わたくしと同い年で、文武両道、眉目秀麗。神に愛されたような才能あふれる御方だ。王族なのに、どこか砕けた口調で話すところが玉に瑕だけど、それ以外は非の打ちどころがない。ジャンルカ殿下がコンプレックスを抱くのも納得の、我が国が誇る第二王子である。



「殿下のお名前なんて……とてもじゃないけど呼べませんわ」



 昨日までなら――――ジャンルカ殿下の婚約者であった頃ならば、まだ呼べたかもしれない。けれど今のわたくしは、侯爵を父に持つしがない小娘。殿下に話し掛けることすら儘ならないのである。



「ディアーナは真面目だね」



 そう言ってサムエレ殿下は笑う。呆れるような声音に、少しだけ心が荒んだ。けれど、そんなわたくしの様子に気づいたのか、「褒めているんだよ」と言って、殿下は空いている向かいの席に腰掛けた。



「君のその様子……どうやら噂は本当なんだね」


「……え?」


「俺なら文句を言うけどな」


「……? 誰に、ですの?」


「兄上と、その辺で隠れて悪口言っている奴らだよ。だってそうだろう? これまでおべっかばっか使ってた奴等が、兄上の身勝手な婚約破棄をキッカケに手のひら返したみたいに陰口言うなんてさ。性格悪すぎ。

この程度のことで、自分がディアーナよりも上に立ったとでも思ってるのかな? ホント、馬鹿みたいだ。言いたいことがあるなら直接言えって」


「ちょっ……殿下、声が大きいで」


「聞かせてるんだよ。あとで直接話をさせてもらうつもりだし」



 そう言って殿下はニコリと微笑む。室内が途端にシンと静まり返った。先程までわたくし達の噂をしていた数名の顔が青ざめている。彼等はこちらを見ないようにしながら、逃げるように部屋を後にした。



「俺は性格が悪い自覚があるからね。嫌味も文句も、遠慮なく本人に言わせてもらう」


「そんなことして……敵が多くなりませんか? ご自分のことならいざ知らず――――わたくしはもう、あなたのお兄様の婚約者ではございませんのに」



 言いながら胸がツキツキ痛む。わたくしには本当にもう、なんの価値も無くなってしまった。そう思うと涙が溢れてくる。



「このぐらいで敵に回る様な奴は、最初からその程度の人間だったってことだよ。いや……仮にも王子である俺に楯突けるんだから、寧ろ気骨のある奴かもしれないな。

なんにせよ、俺は自分がやりたくてやってるんだ。ディアーナが気にすることは無い。第一、俺はディアーナが兄上の婚約者じゃなかったとしても、同じことをしているよ」



 殿下はそう言って穏やかに微笑む。性格が悪いなんて言ってる割に、お人好しだと思う。わたくしは苦笑を漏らしつつ、小さくため息を吐いた。



「……殿下はお優しいのですね」


「え? 俺のこれは優しさとは違うよ。第一、俺程利己的な人間、そうそういないと思ってるし」



 そう言って殿下はドンと胸を叩く。あまりにも自信満々な彼のその表情に、何故だか笑みが漏れてきた。



(こんなにも悲しくて堪らないのに)



 それでも、笑っているとほんの少しだけ気分が高揚する。ここに居ても良いのかもしれないと、少しだけ思えた。

 ふと見れば、殿下がそっと、わたくしに向かって手を伸ばしている。



「――――何か?」



 問えば、殿下は弾かれたように目を丸くし、フルフルと首を横に振った。



「……ごめん。頬に何か付いてるように見えたんだけど、気のせいだったみたいだ」



 殿下はそう言って手をサッと引っ込める。そうですか、と答えながら、わたくしは小さなため息を吐いた。

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