そのままの君が好きだよ
「怖い思いをさせてすまなかった。まさか兄上が会場に忍び込んでいるとは思わなかったんだ」
サムエレ様はあれから何度も、すまないと繰り返した。わたくしの肩を擦りながら、苦し気な表情を浮かべる彼に、何だかこちらまで申し訳なくなる。
「いいえ。サムエレ様が悪いわけじゃございませんわ」
悪いのは全て、ジャンルカ殿下だ。そう答えるわたくしに、彼は首を横に振った。
「兄上は焦っていたんだ。父上の提示したタイムリミットが迫っていたし、学園でディアーナと兄上が会わないよう、俺が裏でずっと手を回していたからね。
だからこそ兄上は、今夜この会場に忍び込んだ。
ここなら護衛達も表だって動きづらいし、ディアーナに近づく隙がある――――兄上にそう思わせてしまった。俺の落ち度だ。本当に申し訳ない」
そう言ってサムエレ様は大きく頭を下げた。今にも泣きだしそうな、そんな表情。けれどわたくしは、寧ろ穏やかな気分で、彼に向かってそっと微笑んだ。
「……サムエレ様はそうやってずっと、わたくしを守って下さっていたのですね」
言いながら、サムエレ様の手を握る。彼は小さく目を見開き、それから恥ずかしそうに顔を背けた。何だかとても嬉しくなって、わたくしはそっと身を乗り出した。
「サムエレ様……本当に、ありがとうございます。
わたくしの方こそごめんなさい。今までずっと、気づかなくて」
「いや……ディアーナに謝ってもらうようなことじゃない。全部俺が勝手にやっていたことだ。というか、その――――半分以上、自分のためにしていたことだから」
サムエレ様はそう言って、小さく唇を尖らせる。彼にしては珍しい、どこか子どもっぽい仕草だ。
(ご自分のため……ってどういうこと?)
そのまま黙って見つめていると、サムエレ様は観念したように、深々とため息を吐いた。
「俺はね……怖かったんだ」
「…………怖い?」
「ああ。兄上と会えばディアーナは……もう一度兄上と婚約したいと、そう言うんじゃないかと思って」
「……へ?」
その瞬間、わたくしは素っ頓狂な声を上げた。サムエレ様は気まずそうな表情で、わたくしのことを見つめている。
(本当に?)
サムエレ様が――――いつだって自信に満ち溢れ、明朗快活なあのサムエレ様が、わたくしのために心を揺らしている。
(わたくしがジャンルカ殿下ともう一度婚約するのが嫌だから)
そう思うだけで、身体の中心が恐ろしい程に熱くなった。
「だからね……俺はディアーナと兄上を、どうしても会わせたくなかったんだ」
そう言ってサムエレ様は顔を真っ赤に染め上げる。胸がキュンと疼き、心臓がドキドキと鳴り響いた。
「誤解です。わたくしは、ジャンルカ殿下のことはもう…………」
というより、最初からわたくしは、ジャンルカ殿下を想ってはいなかったのだと思う。婚約者だから――――次期国王だから、側に居ただけ。完全なる政略結婚だし、当然と言えば当然だけれど。
「うん……それは俺も分かっている。
だけど、婚約を破棄される前のディアーナは、兄上のことを憎からず想っていただろうし、もしかしたら今でも情が残っているんじゃないかって……そう思うと怖くて堪らなかったんだ」
サムエレ様の想いに、わたくしの心は大きく震える。彼はわたくしの顔をまじまじと覗き込むと、熱っぽく瞳を揺らした。
「幻滅した? 俺が、こんなズルい人間だって分かって」
サムエレ様の言葉に、首を大きく横に振る。彼はホッとしたように息を吐くと、わたくしの手をギュッと握り直した。その途端、手のひらが心臓になってしまったかのように、熱を帯びてドキドキと鳴る。
「あの――――わたくし、サムエレ様にお伝えしたいことがあるんです」
言いながらわたくしは、自分の声が震えていることに気づいた。緊張で喉のあたりが痞えたような心地がする。表情は強張っていて、きっと可愛さの欠片も無いだろう。
(それでも)
どうしても今、わたくしの想いを伝えなければならない。ゴクリと唾を呑み込み、わたくしはサムエレ様を真っ直ぐに見つめた。
「――――好きだよ、ディアーナ」
けれど、わたくしが口を開くよりも先に、サムエレ様はそう口にした。涙が、想いが一気に込み上げてくる。サムエレ様はわたくしの手を引き、ギュッと抱き締めた。
「ずっとずっと、ディアーナのことが好きだった。兄上の婚約者だから諦めなきゃいけないって分かっていたのに、そんなの絶対無理だった。
ディアーナに俺のことを意識してほしくて、勉強も運動も頑張った。俺が兄上より先に生まれていたらディアーナと結婚できただろうか――――そんな意味のないことを何度も考えてしまう程、俺はディアーナに恋焦がれていたんだ」
サムエレ様の声は、先程のわたくしと同じように震えていた。心臓がドキドキと早鐘を打ち、頬は真っ赤に染まっている。
(わたくしと同じ)
そのことがあまりにも嬉しい。
「――――わたくしも、サムエレ様のことが大好きです」
想いを言葉に乗せて、わたくしもサムエレ様を抱き締める。
彼のおかげでわたくしは、自分を見失わずに済んだ。わたくしはわたくしのままで良いのだと、そう思うことが出来た。サムエレ様がわたくしを優しく包み込んでくれたから――――わたくしは再び前を向くことが出来たのだと思う。
「実は俺、父上に許可を貰ったんだ」
サムエレ様が頭上で微笑む気配がして、わたくしはそっと顔を上げた。彼はわたくしのことをまじまじと見つめ、大きく息を吸う。何となく緊張が走って、わたくしは居住まいを正した。
「俺が兄上に代わって王太子になったら――――妃には新しい聖女ではなく、誰よりも素晴らしい最愛の人を迎えたい――――そう願い出た」
サムエレ様はそう言って、穏やかに目を細める。その途端、胸が感動に打ち震え、涙が零れ落ちた。
「俺はそのままの君が好きだよ」
左手がそっと握られ、薬指を冷やりとした何かが通る。見ればそこには、白く輝く宝石が光り輝いていた。
「誰よりも頑張り屋で、意地っ張りな所も。真面目で、素直で、その分傷つきやすくて……少しだけ涙脆い所も。全部、全部好きだ。
これからずっと、俺が君を守っていくから――――」
そう言ってサムエレ様は微笑む。幸せを凝縮したみたいな温かな笑顔に、わたくしの胸は熱くなる。サムエレ様の手を強く握り返すと、彼は感慨深げに目を細めた。
「ディアーナ……俺と結婚してくれませんか?」
その瞬間、夜空に星が流れ、月明かりがわたくし達を優しく照らした。わたくしはそっと背伸びをして、サムエレ様の頬に唇を寄せる。時間にしてほんの一瞬。けれど、サムエレ様は呆然としつつも、嬉しそうに瞳を輝かせている。
「はい……喜んで!」
わたくしはそう口にして、彼と同じ満面の笑みを浮かべたのだった。
本作はこれにて完結しました。
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改めまして、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
※R3.11.7追記
本日、新作『追放聖女はスパダリ執事にとことん甘やかされています!』の連載を開始しました。下記にリンクを貼っておりますので、こちらも宜しくお願いします。




