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お初にお目にかかります4

 


「ど、どうして切っちゃったんですか!? あんなに綺麗な髪だったのに……」



 慌ててせっつくように口を開いたのは、木堀さんだ。自分が切ったわけでもないのに、酷く動揺している。



「いま竹倉さんと草下さんのを見て、髪邪魔だなあと思ったので」


「そんなことで……!?」



 別に特別長髪が好きというわけではないし、惰性で伸ばしていただけだ。これから執事として勤めることになれば、いずれにせよ邪魔に感じるだろうし。



「そうですね……しいて言えば、」



 今までの自分と、さよならしたかったのかもしれない。



「いえ、何でもないです。すみません。竹倉さん、よろしくお願いします」


「……分かりました」



 僅かに動揺の色が見えた竹倉さんだったものの、表情は既に元通りだ。


 先程と同じようにそれぞれ向かい合うようにして待機し、竹倉さんの合図で始まる。


 彼がこちらへ近付いてきて、腕を振りかぶった。

 それと同時に、私は彼の眼鏡に手をかけ――



「あ、」



 勢い余って、すこーん、と宙に飛んで行ったそれ。

 空中から芝生へ落ちていく一連の流れが、まるでスローモーションのように映った。



「ご――ごめんなさい! ちょっとずらそうと思っただけだったんです……! わああ、壊れてないかな……」



 本気で対峙するとなったら相手の急所を狙うのが一番だ。でも今はあくまでも「役」だったから、怪我のないように、ということで、彼の眼鏡を少しずらせば勝機があるかと思ったのである。


 再び場が静まり、目の前で呆然と立ち尽くす竹倉さん。あ、違う。もしかして眼鏡ないと何も見えないのかな。


 急いで眼鏡を拾いに行き、割れていないか確認する。レンズもフレームも、見た感じでは支障なさそうだ。



「本当にすみません……もし買い替えるとなったら弁償するので、」



 言いつつ背後の竹倉さんを振り返った時だった。



「……ははっ」



 それまで黙り込んでいた草下さんが、突然笑い出す。彼はお腹を押さえて「サイコー」と目尻を拭った。



「お前、面白すぎな……! 眼鏡ふっ飛ばすって……ふはっ」


「えっ」



 するとつられたように、耐えかねたように。木堀さんもくすくすと肩を揺らし始める。

 恥ずかしさに縮こまっていると、こほん、と大きな咳払いが聞こえた。



「えー……大変不服ですが、まあ、いいでしょう。一連のマナー等はお二人とも問題ないようですので」



 眼鏡がないせいか、目を細めたまま竹倉さんが告げる。



「しかし、体の使い方に関しては今後私の方からしっかりと指導させていただきます。よろしいですか?」


「それは、つまり……」



 おずおずと竹倉さんに眼鏡を差し出しながら、私は彼の言葉の真意を確かめた。

 彼は「ええ」と顎を引く。



「本日よりよろしくお願い致します。草下様、佐藤様」







 応接室に通された私たちは、竹倉さんから説明を受けることになった。

 木堀さんが淹れてくれた紅茶の匂いがふんわりと鼻孔をくすぐる。



「改めまして――本日からお二人には半年間、五宮家の執事として勤めていただきます。半年の試用期間後、こちらとご本人の意向をすり合わせまして、場合によっては本契約を結ぶこともございます」



 見習い執事、といった形だけれど、お給料も出るし、部屋も与えてくれるそうだ。まず生活に困ることはないだろう。

 あとはこの半年間、努力して五宮家に認めてもらって、この先も働いていけるようにしないと。


 たったいま手渡したばかりの履歴書を目でなぞった竹倉さんが、静かに問う。



「草下様は九条(くじょう)学園に通っておられるのですね」



 えっ、と思わず喉から掠れた声が漏れた。


 九条学園は、いわゆる執事育成学校だ。五年前にできたばかりの新しい施設である。



「はい。来年の春に卒業ですが」



 受け応えた草下さんの言葉に、私は姿勢を正した。

 ということはつまり、草下さんは二つ年上。失礼のないようにしなければ!



「そして佐藤様は――」



 竹倉さんが目を伏せる。



「来月から聖蘭(せいらん)学園にご入学、と」



 家を出る際、父とした約束は聖蘭学園に通うことだった。

 そこは由緒正しい高等学校。世間一般ではお嬢様学校、だとか、そんな風に揶揄われている。



「聖蘭学園……!?」



 草下さんが隣で声を上げた。続けざまに問うてくる。



「そんなお嬢様が何で執事に? しかも五宮家(ここ)で働くって……」


「ち、違うんです!」



 本来は絶対にやってはいけないけれど、履歴書には嘘ばっかり書いていた。もちろん名前もそうだし、住所だって、家族構成だって。

 だけれど学校はここから通うことになるだろうし、誤魔化しがきかないだろうから、仕方なく聖蘭の文字を並べたのだ。



「娘ができたら聖蘭に通わせるっていうのが、両親の夢だったんです。だから、私はその夢を叶えたくて……」



 大変不謹慎なことに、両親は既に亡くなったという設定。架空の人物を生きたままにしてしまうと、それはそれでややこしい。

 それに、天涯孤独であるとなれば、五宮家に住み込みで働きたいという十分な理由付けになると思ったのだ。



「へえ……何か、色々大変だったんだな」



 気遣わしげに感想を述べた草下さんに、申し訳なくなった。

 はい、まあ、と曖昧に返事をして俯く。


 竹倉さんは眼鏡をつと押し上げると、「本題に入りますが」と声色を整えた。



「お二人には、専属執事をお願いしたいと思っております」


「……はい?」



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