彼と私と牛乳と
家が酪農家だった私は、小さい頃から毎日牛乳を飲んでいた。よく遊び、よく食べ、よく眠る。
普通の子供達と同じように過ごしてきたつもりだったけれど、その違いは歳を重ねるごとに顕著になった。私は小学六年生にして169cmまで身長が伸びていた。
周りの男子から、巨人と呼ばれ揶揄われる日々。そんな日々に嫌気が差して、段々とふさぎ込んでいた私を救ってくれたのは、彼だった。
中学校の入学式。私はそこで彼と初めて出会った。その頃、すっかり猫背で俯くのが癖になっていた私の視界に、彼は突然入ってきた。
「お前、なんでそんなに下向いてんだ?」
そう問いかけてきたのは、145cm程の身長の小柄な男子だった。初めて見る顔だったので、中学校で校区が同じになった、違う小学校の出身らしい。
「せっかくそんなに身長あるのに、猫背になったらもったいないだろ。ほら、上向けって。」
彼は見上げるようにして、私の目を真っ直ぐと見た。揶揄っている様子もなく、私にそんなことを言ってくる男子は初めてだった。そのことをきっかけに、彼とはよく話すようになった。
彼は、牛乳が苦手だった。栄養豊富だから飲みたいけれど、独特な風味を感じてあまり飲めないと私に言った。そんな彼の悩みを聞いて、私は牛乳の風味を和らげるアレンジレシピを教えた。伊達に酪農家の娘を13年もやっていない。
お弁当のおかずになりそうなミルクつくねのレシピを教えたら、「よかったら作ってきてくれないか」と彼に頼まれた。あまり料理をしたことがなかったけれど、私は一生懸命母に教えて貰いながら、お弁当を作った。父は何故か泣いていた。
「うまい。これなら俺でも食べられる。…ありがとう。」
お礼を言いながら、笑顔を向けてくる彼に、私の心臓がトクンと跳ねた。
中学校の卒業式。いつの間にか、彼の身長は私を抜いて、私が彼の顔を見上げるようになっていた。進学先は違うので、これからあまり会えなくなる。彼と二人の帰り道、泣き出した私に彼は言った。
「同じ町に住んでるんだから、また会えるだろ?」
そういう問題じゃない、会いづらくなるぶん、心の距離が離れてしまいそうで怖いのに。
「…じゃあさ、俺と付き合う?」
ぶっきらぼうに投げかけられた言葉に涙が引っ込む。半歩前を進む彼の耳は、真っ赤だった。
私は答えの代わりに、背伸びをして彼の頬にキスをした。耳だけではなく彼の顔が、真っ赤に染まる。私は笑顔で彼の隣を歩いて行った。
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