第8話 ─ 彼の天職 ─
此処は人が生きるのは困難と言われる木々が青々と茂る霊峰。
その山奥にフィーリアとルイは向かい合っていた。
魔物の中でも凶悪とされる個体の跋扈するこの山はそれだけで脅威だが、もう一つ特徴がある。
山には必ずある特徴である空気。
それに加えてこの霊峰では、普通の山では木々から溢れて満る筈の魔力が極端に少なく、その山の生物から逆に魔力を奪うという性質をもっているのだ。
そんな場所に居ては魔力が枯渇してしまい、ルイは苦悶の表情を浮かべるているのだが、逆にフィーリアの表情には明らかな余裕が見えていた。
「さてと、じゃあ、改めて自己紹介しましょうか」
半ば強引に連れてきたにも関わらず飄々とした様子でそんな事を告げる彼女。
「えぇ……」
彼の反応もごもっともであるが、そんな事は知らないとばかりにフィーリアは笑みを浮かべた。
「あっちでも説明したと思うけど、【十二幻将】フィーリアよ。一応、世界最強なんて言われてるけど気にしないでね?」
【十二幻将】。それは天職などではない。
人々が付けたあだ名・二つ名の様なものだ。
彼女が未だに手に持っている赤と青の入り混じった大剣、幻装【轟吼ノ滅龍剣】はその二つ名が付く由来の一つである。
ルイも知識欲の塊だと身近な者から言われるほど知らないものに対しての興味はとてつもないため、無論、彼女の事は知っている。
【十二幻将】フィーリア
天職【 】
通常の武器とは明らかに桁違いの武具──幻装。
それらは契約することで主の器に見合った分の力を貸す。
契約をすると、己が身に刻まれた傷──幻痕が現れ、自身と深く結びつくため、裸になれば契約者なのかわかるらしい。
そんな幻装には位の様なものが存在しており、位が高い幻装には自我が存在する。
故に多重契約は不可能に近いほど難しく、多くとも二重契約が精々らしい。
位が高い幻装は位の低い幻装と共に契約される事を嫌い、また、同じ位でも好き嫌いが存在するらしく、ほとんどが重ねて契約できず失敗に終わる。
それが今までの現実だった。
世界に彼女が現れるまでは。
彼女は【天職の儀式】で無職だと告げられた。
にも関わらず、彼女は何かに突き動かされる様にとある村で有名な催しである【龍剣祭】のメインイベント、伝説の幻装を台座から引き抜くというものに参加した。
出番は最後、自身に前に腕試しをした筋肉隆々の肉だるまや、巨大な大剣を担ぐ冒険者、果てには【剣豪】の天職持ちに至るまでが抜くこと叶わなかった。
彼女の番で説明される無職。
それを笑う人、馬鹿にする人がほとんどだったが彼女が【龍剣】を掴んだ瞬間にその表情は抜け落ちた。
するり、と力む事もせず軽々と抜いたのだ。
ここ何百年と抜かれなかった幻装【轟吼ノ滅龍剣】を。
その証として彼女の左太ももには青い竜と赤い竜が絡まっているような幻痕が刻まれている。
そうして彼女は時に祭り、時に幻装が眠ると噂される迷宮に潜り、時に海底へ、霊峰へ、空に浮かぶ島へ。
そうして徐々に有名になる頃には彼女の契約する幻装の数は十二になっていた。
故に【十二の幻装と契約せし者】という意味合いを込めて【十二幻将】と呼ばれるようになった。
その伝説を身に宿していると言わんばかりに彼女は肌の露出が多い。
それは単に動きやすいからという理由だけではなく、その身に刻まれた幻痕を見せる為だ。
左太もも、左肩、右手の甲、大き過ぎず小さ過ぎない程よい大きさの胸の谷間上。見えるところではこれぐらいだろうか。
ただ、二重ですら珍しいのに三重や四重は彼女を除けば全くいない。
故にその見えやすい幻痕が様々な抑止力になるのだ。
誰も好き好んで世界最強に殺されたくはないだろう?
だから、ルイも大人しく話を聞いているのだ。
彼女の言葉に対して、ツッコミも咄嗟に出そうになるが、自力で止める。
「貴方は幻装ってしってるわよね?──ガルドフから聞いているから隠さなくて良いわよ」
軽くお互いの自己紹介を終えた彼らは本題に入る。
「はい。父が使っていたので気になっていろいろ調べました」
「そう、じゃあ、その幻装と契約した者には実績の追加として契約している間だけ後天性の天職を得られるのは知ってる?」
鍛えてあげるのよ。そして後天性天職を貰いましょう。
そう告げた彼女のいったことはつまり、彼女と稽古もとい修行をして幻装と契約できる実力を伴った上で幻装との契約に移らせるということなのだ。
それがガルドフから頼まれたルイの後天性天職を得る為の彼女なりの方法なのだと理解したルイは
「いいえ、しりませんでした」
と返答した。
「そうなの? ちなみに貴方のお父さんとお母さんね、両方とも幻装契約での天職持ちよ」
ここで明かされる親の力。
この世界で幻装と契約できる事自体それほど簡単ではない。
セインテスタ王国に属するギルド【王宮騎士団】には数年前、幻装と契約した多くの人たちが居たらしいが、それこそがイレギュラーなのだ。
「へ、へぇ……──え? えぇ、母さんも!?……知らなかったぁ」
ルイからすればいつも穏やかな母親だが、ゼノンが幻装【蒼虎】を使って稽古を始めた時に、その片手に白銀の細剣を握り、ゼノンへと怒りをぶつけていたのを彼は知らない。
彼の空気が僅かに柔らかくなったのを確認してからフィーリアは掌を叩いて、驚いていた彼を此方へと戻して話を再開しだす。
「そのままリラックスして聞きなさい。──貴方にはこれから私の幻装の力を使ってこの環境の中で何年も修行します。私に一撃でも入れればクリア。もし戦闘不能までさせられれば何かお願いごと叶えてあげる」
ゴホン、と声を整えたフィーリアは稽古内容を告げる。
つまり、彼女に一撃を食らわせられれば幻装への挑戦権を貰えるということ。
加えて戦闘不能にしてしまえば何かしらの願いが叶う。
「世界最強が叶えてあげるんだから、楽しく出来るまで修行しましょう? ルイくん」
そうして木々に囲まれていた霊峰の景色は一瞬で奥行きの良くわからない白い部屋へと変化した。
彼女の周りには十二もの幻装。
そのうちの一つ真っ赤な血色をした槍を持って構えてくるフィーリア。
「行くわよ、ルイくん。穿たれない様に注意してね」
槍を突き出した状態のフィーリアがルイへと注意する。
「言うの遅い!?──あッ、ぶな……まっ、て」
◇ ◇ ◇
「お腹空いたなぁ……食パンたべよ」
フィーリアの能力らしきこの白い部屋は特に奥行きや高さは無いらしく、自由自在らしい。
彼女が地形を思い浮かべればそれは出現し、要らないと感じればここから消える。
食料も臨めば出てくるが、フィーリアの設定している部屋らしくお腹いっぱいまで食べるのは不可能だった。
この白い部屋に来て何年が経っただろう。
あれ以来、僕はひたむきに勝つための作戦を考えてきたものの、全てが易々と躱されていく。
この部屋に来てから5年目くらいの時、彼は天職に目覚めた。
いや、正確にはやっとその文字が見えたといったほうが正しい。
彼の天職は【《《剣聖帝》》】というフィーリアですら見たことのない天職だった。
今までは自身の頭と技術のみで対峙していたが、これからは自身の天職のスキルなどを有効活用し、手数を増やさなければそもそも攻撃が当たらない。
天職は必ず【天職の儀式】で解明されるわけでは無いらしく、ルイの天職が判明したときもフィーリアは「やっぱりね」といった表情をしていた。
自身に存在しなかった天職が実は得体のしれないものだと理解すると、ルイは天職が出現した喜びよりも未知を知れるという感激の感情の方が強くなっていた。
それからフィーリアとの稽古や自由時間を利用してスキルの反復練習。発動、操作を繰り替えし、手足同然に利用できるようになるまでに2年ほどが経過した。
すでに7年という月日が経っているのにも関わらず、彼らの容姿に変化は無い。
それにルイも疑問を持っていたルイは、好奇心に負けてフィーリアにその理由を聞いていた。
「ああ、この空間は私の幻装の一つの能力ね。普通は時間という概念が断絶したこの空間で敵が戦意喪失するか精神崩壊するまでありとあらゆる力を使うんだけれど、相手によっては修行にも使えるから、今回はその目的ね」
彼女は暗に伝えている何年も何十年も修行していては精神が崩壊するぞ、と。
「さて……っと、今日こそ倒さないとなぁ──〈神聖剣〉」
腹の足しとして朝食の食パンを2枚ほど食べ終えたルイは、手を前へと伸ばしてスキルを行使する。
掌から溢れ出る聖なる光の奔流。
それは徐々に圧縮し横に伸びていく。
握り、鍔といった柄を形成し剣身を光が形造っていく。
そうして出来上がった一振りの剣が彼のスキル〈神聖剣〉なのだろう。
「と、〈魔帝剣〉」
暇を持て余した反対の手は先程までの神々しささえある聖光とは違い、全てを塗りつぶす様などす黒い闇を顕現させていた。
それは蠢く様に形を変え、〈神聖剣〉と同じように片手直剣を造りだした。
スキルを行使したルイの左右には白と黒。光と闇の属性を宿した剣。
「あら、今日はいつにもなく準備万端ね?」
「ええ、そろそろ。一撃くらいは欲しいかなと」
「そう? なら遠慮なく来なさいな。[戦乙女と呼ばれた半神よ、その華麗なる鎗の絶技、愛する者を守る為の力を我が手に]──顕現なさい、【最愛殺シノ銀鎗】」
顕現の言霊とは相反する名前。
その銀鎗は好意を持つ者に対して最大限効果を発揮する性能を有していると、フィーリアは過去に言っていた。
「あはは……好意は嬉しいけど、何だろう。コレジャナイ感」
何処か引き攣った笑みを浮かべたルイは両手に握る片手剣に力を籠める。
「〈聖剣ノ雨〉」
彼の天職のスキルにより行使できるようになった〈剣ノ聖法〉。
魔法の対局に位置する聖法は主に回復系統がほとんどだが、彼のそれは敵対者に対しては凶器と化す。
「うんうん、イイわね。じゃあ、いくわよッ!」
それらの聖法をものともせずに、片手で鎗を頭上で高速回転させ迎撃。空いた手には迎撃の最中に顕現させていた【轟吼ノ滅龍剣】の切っ先がルイへと向けられていた。
「双咆哮」
「……やばッ」
切っ先から溢れる龍のブレスを思わせる赤と青の奔流に対して、咄嗟に無詠唱で剣ノ魔法〈魔剣ノ盾〉を使い、様々な属性魔剣が盾を造り高速回転させて時間をコンマ数秒稼ぎその間に範囲から離脱。
その隙を狙わないわけにもいかず彼は手に持った黒い剣〈魔帝剣〉を振った。
瞬間的に発生する闇属性の魔剣たちが空中を飛びかい、フィーリアへと襲い掛かる。
「ま・だ・ま・だァ゛!」
今度は【轟吼ノ滅龍剣】が顕現した際に付いてくる翼に魔力を纏わせ、体の前方を覆ってから左右へ勢いよく広げた事によって発生した魔力を纏う暴風により闇の魔剣を次々に落としていく。
「はぁッ!!」
「ッ、く……」
魔剣の嵐を打ち消した事で露わになるのは身を隠して接近していたルイ。
その気配を感じ取っていたフィーリアは【最愛殺シノ銀鎗】でその隙目掛けて突きを放つ。
「痛ゥ……強いなァ、全く」
「まだ序の口でしょう? ほら、次いくわよ。[一度突けば心臓を穿つ深紅の連撃、投げれば敵軍滅ぼし尽くす冥府への門]──さあ、顕現しなさい【必滅ノ紅棘槍】」
「うげぇ……」
その圧倒的殲滅力、しつこさを理解するルイがめんどくさそうに声を上げる。
「さぁ、やるわよ。せァッ!!!」
彼女は、紅色をした槍をルイへ向けて魔力を全身に乗せて威力を高めつつ投げた。
「本当、嫌になるなぁそれ」
その槍はふと空中で制止したかと思えば幾重にも枝分かれして、ありとあらゆるルートでルイを前後左右や上下から襲い掛かる。
この幻装は逃げ出しても変わらない。
どこまでも執拗に追い掛けまわし、あらゆる方向から同時に死に直結するような痛手を負わせる力を持っている。
「〈魔帝剣・召喚〉アペルピシア」
その槍の数多に分かれた先の終着点はルイの頭、身体、手や足の太い血管がある部位だ。
同時に襲い掛かり同時に穿つという性質故に今回は彼の造り出した黒に金色の装飾が目立つ魔帝剣に防がれる。
彼がこの幻装に対抗するために生み出した武器なのだから。
一瞬にして霧散した死を強制的に勝ち取る筈だった槍はコトンと床に落ちた。
「あら……はて、何したのかなぁ?」
「あはは、それは内緒ですよ、もちろん──〈神聖剣・召喚〉エルピス」
魔帝剣アペルピシアの黒い部分を白くした瓜二つの神聖剣エルピス。
これらは最初に出現させた属性のみが形造ったものではない。
ルイが思考し、銘々し、己が武器として認めたものだ。
故に先程の〈神聖剣〉〈魔帝剣〉とは桁が違う。
「さて、仕切り直しです、師匠。今度は僕から行きますね」