3 魔法学園へ
「なぜこんな所で寝ているのですか…」
翌朝、干し草が絡んだボサボサの髪のまま馬小屋から出てきたセラフィーを見てセドリックは固まった。
事情を話し、ようやく状況を理解したセドリックが胸を撫で下ろすと
「レオナルド様は大変優秀ですので、予定より早く視察が終わったのでしょう。災難でしたね」
そう言って決まり悪そうに苦笑いを浮かべた。
「ところで、先程から感じるこの視線は何だ?」
馬小屋を出た時から感じる複数の異様な視線…セラフィーが息を潜めて聞くとセドリックは「大丈夫ですよ」と言い
「彼女達はレオナルド様のファンクラブの方々ですので、危害を加えるような攻撃性はありません」
と、まるで魔獣の説明をしているかのように解説しはじめた。
「ただ、面識の無いフィーさんがいきなりレオナルド様のお住まいで一晩過ごしたので、少々苛立っているかもしれませんね…」
「私が寝たのは馬小屋だったんだがな…」
セラフィーが自傷気味に呟くとセドリックは微笑み
「レオナルド様もフィーさんをファンクラブの生徒だと勘違いしたのでしょう。きっとすぐ誤解も解けますよ」
そう言ってセラフィーを励ました。
「あ、でもそのゴリゴリの騎士口調は誤解が解けるどころか、友人もできなさそうなので直した方がいいですね」
「うっ…」
昔、師匠のジャスパーやローに散々注意された事を昨日出会ったばかりのセドリックにもう指摘されるセラフィー。
『そういえば、レオだけはこの口調が好きと言っていたな…』
懐かしい光景を思い出し頬を緩めたセラフィーだったが
「学園長がお待ちですので急ぎましょう」
そうセドリックに言われ、再び表情を引き締め直したのであった。
◇◇◇
「こちらがCクラスで君の担任になるジェシカ先生。そしてこちらが高等科の主任を務めているレオナルド先生だ」
軍人のような体格で貫禄がある学園長…ホーキンスの隣には、ウエーブのかかった金髪に胸元を大きく露出させた女性ジェシカと、昨夜「二度と姿を見せるな」と言い放ったレオナルドが立っている。
「きゃ〜!この子が噂のちょっと妄想癖がある精霊師ちゃんね!」
ジェシカはローとセラフィーを交互に見ると、勢いよく抱きつき「可愛い〜!」と言いながら、ぎゅうぎゅうと何度もセラフィーを締め付けた。
「む…胸で息が……」
ジェシカの大きな胸で窒息しそうになるセラフィーを見て
「おいジェームズ、精霊師をさっそく殺すつもりか?」
とレオナルドが鼻で笑うと、それを聞いたジェシカの動きがピタッと止まり、もの凄い形相で振り返ると
「ジェシカだって言ってんだろおおお!」
と先程とはほど遠い野太い声でレオナルドを怒鳴りつけた。
そしてジェシカは、その声を聞いて固まっているセラフィーにパチンとウインクをすると
「私のことはジェシーって呼んでねん、精霊師ちゃん」
と言って真っ赤な口紅がひかれた唇で、セラフィーの頬に強烈なキスをして歓迎したのであった。
「東の森で眠っていたという妄想をしている精霊師はお前だったのか」
ジェシカに抱擁を解かれたセラフィーは冷ややかな視線で自分を見つめるレオナルドに向き合った。
『やはりレオに似ている』
愛弟子のレオは師匠のセラフィーよりしっかりした性格で「フィーはだらしない!」とよく怒られていたが、一緒にいると陽の光を浴びたように心が温かく、そして優しくなる存在だった。
しかし、どんなに面影があっても目の前のレオナルドから同じような温かさは感じない。
「お前ではない。私の名はフィーだ」
レオナルドの視線に臆する事なくセラフィーが返すと、レオナルドは眉間にシワを寄せローをチラリと見た。
そして数秒間黙り込んだあと「そうか…」とだけ返し、学園長に一例すると部屋から出ていってしまったのであった。
「無愛想な男がごめんなさいね~。さぁ私達も教室に行きましょうか」
重い雰囲気を払拭するかのようにジェシカがパンパンと手を叩き、セラフィー達も学園長室を後にした。
◇◇◇
途中でセラフィーはセドリックと別れ、ジェシカと共に教室に向かっていた。
「ジェシカ先生は…」
「ジェシーよっ」
セラフィーの言葉を遮るようにジェシカは訂正するとパチンとウインクした。
「ジ、ジェシー先生はレオという名の魔法師をご存知だろうか?30歳ほどの男性なのだが…」
セラフィーはすぐに言い直し、最も気になっていることを聞いた。
するとジェシカは「あらっ」と口元に手をあて
「さっき学園長室で会ったばかりじゃない~!それにしてもよくその名前を知ってるのね」
とどこか楽しそうに、ニヤニヤとした表情でセラフィーの顔を覗き込んだ。
『やはりそうだったのか』
セラフィーは安堵したもののレオナルドがレオだと知った今、この先を聞くのが少し怖かった。
「彼はなぜ名を変えたのだろうか…」
ジェシカはうーんと少し考えこんだ後
「彼、中等科から学園に入学してきたのだけれど、その時はもうレオナルドって名乗っていたの」
記憶を掘り起こしながらジェシカは当時の事をセラフィーに教えてくれた。
「私は中等科に入る前から魔法師の父に、レオナルドの面倒を見てあげなさいって紹介されていたんだけど、その時は彼、自分の事をレオって言っていたわ。結局、私が面倒を見るまでもなく彼は優秀だったから、数回会っただけでそのあと会わなくなったんだけど、学園で再開したら名前が変わってたってわけ。最初、レオって呼んだら<二度とその名前で呼ぶな>ってもの凄い怒られたんだから!」
『レオがそんな事を…』
セラフィーの心がズキッと痛む。
「セラフィー様がいなくなられた後もレオナルドはずっと一人でいたんだけど、ケイガス様が色々面倒を見ていてくださったみたいなの。それでケイガス様が亡くなった後、ガンダス様が彼を養子として迎え入れたってわけ」
『そうか、ケイガスが気にかけてくれたのか』
もう礼を言う事ができない友人を思い、セラフィーはグッと手を握った。
「しかし、なぜケイガス様ではなくガンダス様がレオナルド先生を養子に迎え入れたんだ?」
レオとガンダスは親子というには余りにも歳が近すぎる。
府に落ちないセラフィーが聞くと、ジェシカは少し表情を曇らせ
「王女様が昔からレオナルドにぞっこんでね。でも当時のレオナルドって毎晩違う女性と過ごすくらい遊び人だったし、婚約も断っていたの。周囲も反対していたしね」
「…」
「でもついに彼も周りも折れて近々婚約するんじゃないかって噂よ。結果的に遊ぶ事も無くなったから安心したわ…。ガンダス様はそうなるのを見越してレオナルドを養子に迎え入れたんじゃないかしら」
ジェシカが嘘をついているとは思わなかったが、セラフィーは話の内容をすぐに信じられなかった。
もちろん、レオがいつかはセラフィーの手を離れて自分の人生を歩んでいく事は分かっていた。
それでも離れている間に広がってしまった溝は深く、セラフィーの心に大きな影を落とした。
『私は、帰るべき場所に戻ってきたはずなのに…。まるでここが知らない世界のように感じる』
絡みつくようにのしかかってくる虚無感。
「さぁ、もうすぐ教室に着くわ」
ジェシカはセラフィーの前に回り込み、俯いていたセラフィーの頬に両手を添えると
「最初は誰でも不安なものよ。でも大丈夫。すぐに楽しくなるわ」
そう言ってセラフィーのおでこに優しくキスをした。
思いもよらない励ましを受けてセラフィーは一瞬眼を丸くしたが、頬を緩め「ありがとう」と言って微笑んだ。
「あ!でもそのお年寄りみたいな話し方はやめてちょうだいね!」
セドリックに続きジェシカにまで注意されたセラフィーは苦笑いをすると
「善処す…します」
と言葉を濁した。