2 愛弟子との再会(4)
「フィーさんは精霊師ですので、これから魔法学園に入学し寮生活をしていただくことになります。恐らく高等科になると思いますが、レベルによってクラス分けされているので安心してくださいね」
「が、学園に入るのか!?」
セラフィーが驚くのも無理はない。
セラフィーは小さい頃に師匠のジャスパーに拾われ、2人で旅をしながら魔法を習得したため学園に行ったことがなかった。
しかも魔法の事しか頭にない、師匠譲りの変わった性格という自覚もあったセラフィーにとって学園とは未知の世界も同然だった。
『未知の生徒達に混ざって過ごすくらいなら、超上級魔法を連発する方がましだ…』
超上級魔法とは上級魔法の上にあたる魔法のことで、小国を滅ぼす事も可能と言われているレベルの魔法である。
ちなみにサタンとの戦いで発動した最高級魔法は、場合によっては世界が滅びるとまで言われていた。
「ちなみにクラスは最もレベルの高いSクラスからCクラスまであって、Sクラスには王太子殿下が在籍しています。フィーさんは転入生なのでCクラスになると思いますが、試験の結果が良ければB、Aとクラスも上がるので頑張ってくださいね」
セドリックがガッツポーズで激励するものの、セラフィーはそれどころではない。
「ところで私が暮らす寮というのは…?」
セドリックは「あぁ!」と思い出したように人差し指を立てると
「実は寮の管理人が本日病欠でして…今夜だけ魔法研究に使われる部屋でお休みしていただく事になりますが…よろしいでしょうか?」
思わぬ提案にセラフィーはパッと眼を輝かせると、うんうんと大きく頷いた。
「その研究部屋には誰か住んでいるのか?もしかして…レオという名の少年もいるのか?」
喜びのあまり、レオがとっくに少年と呼ばれる時期を過ぎている事も忘れたセラフィーが頬を紅潮させながら聞くと、セドリックは首をかしげ
「現在、研究棟に住んでいるのはガンダス様のご子息、レオナルド・ヴォルドロー様だけですが」
と答えた。
セラフィーはショックで一瞬頭の中が真っ白になるものの
『落ち着け…20年も経っているんだ、レオが引っ越しているのも普通じゃないか』
と何とか自分に言い聞かせた。
「あの豚…ガンダス様のご子息なら話が合いそうですね…」
と顔を引きつらせながら、心にもない事を言うセラフィーを見てセドリックは笑うと
「大丈夫です。レオナルド様は視察に出られていて、戻られるのは明後日ですので」
そう言ってセラフィーを安心させた。
◇◇◇
研究棟に到着した頃にはすっかり陽も傾き、赤く染まった空が一日の終わりを告げようとしていた。
「本当にお部屋の中まで案内しなくても大丈夫ですか?」
セドリックが焦ったように聞くとセラフィーは頷き
「ありがとう。一晩だけだし何とかなると思う」
そう言ってセドリックに礼を告げた。
「それでは明日の朝、お迎えに参りますね」
セドリックは一例すると、クルリと背を向け来た道を戻っていった。
『随分遅い帰宅になってしまったな…』
セラフィーは研究棟のドアを開け、2階のリビングへと続く螺旋階段をゆっくり登った。
研究棟は1階に部屋は無く、螺旋階段を登ると2階にリビングと寝室、屋根裏部屋のような3階が魔法研究の部屋となっていた。
とても侯爵が住んでいるとは思えないような住まいだったが、魔法に囲まれ何よりレオやローを身近に感じるこの家がセラフィーは大好きだった。
「ロー、やっと私達の家に帰ってきたぞ。…あぁ、もしかしたらガンダスの息子とは気が合うかもしれないな」
リビングは小ぶりなキッチンにテーブルとソファー、当時育てていた薬草植物は無かったが、それでもセラフィーが家を出た20年前とあまり変わらない姿のままになっていた。
セラフィーはランプに火を点けリビングをぐるりと見渡すと、ガラス戸の棚の中に目当ての物を見つけた。
「1本くらい常備されていると思っていたが…良かった」
そう言ってセラフィーが棚の中から取り出したのは家主のレオナルドが保管しておいたと思われるポーションだった。
『事情を話して後でご子息にお返しすれば大丈夫だろう』
魔力が切れかけているローが心配だったセラフィーはポーションを一気に飲むと、じんわりと身体が温かくなるのを感じた。
しかし…
「ポーションを飲めば8割の魔力が回復すると聞いたが…全く当てにならないな」
セラフィーは桁外れな魔力量だったため1回もポーションを飲んだことが無かった。
そしてそれだけの魔力量を溜められる器がポーション1本で満たされるはずも無かったのである。
「それでも応急処置にはなったな。ローが消えてしまう危険性は低くなったし下級魔法くらいなら使えるだろう」
セラフィーが人差し指でローに触れると、ローは嬉しそうにセラフィーの周りをグルグルと飛んだ。
「さて、お茶でも飲んでから家の中を回ってみるか」
セラフィーがキッチンに立ち、やかんに火を点けたその時
「「ガタン!!」」
自分の後ろ、リビングの入口から聞こえた大きな物音に気付いたセラフィーは瞬時に振り返った。
すると目線の先には息を切らしながらセラフィーを凝視する、背が高く黒い髪と瞳が涼しげな魔法師が立っていた。
一瞬誰か分からなかったものの、その面影に懐かしさを感じたセラフィーはそれが誰なのかすぐに分かった。
「…レ」
「おい貴様ここで何をしている」
嬉しくてレオに駆け寄ろうとしたセラフィーの時間がピタッと止まる。
そんなセラフィーに構うことなくレオはズカズカとセラフィーに歩み寄ってくると
「今まで見過ごしていたが今日は我慢ならない。二度と俺の前に姿を見せるな!」
そう言ってセラフィーの首根っこを掴むと、移動魔法を使い一瞬でセラフィーを棟の外に追い出した。
突然の出来事にセラフィーは眼を丸くし、しばらくボーっとしていたが、そんな姿を笑うかのようにパラパラと雨が降り始める。
『と、とにかく雨を防げる場所を見つけないと…』
セラフィーはよろよろと立ち上がり、見覚えのある馬小屋を見つけると、中に入り干し草の上にドサッと寝転んだ。
『なぜレオがあんな事を…』
さっきの出来事が信じられず頭の中でグルグルと考えこんでいたセラフィーだったが、結論の出ない問題に頭がパンクしたのか
「人違いだな!」
と言い切り無理やり自己解決させると、身体を丸め干し草の上で眠りについたのだった。