39ケーキ屋事件
憂鬱な晩餐会の翌日、朝早くから僕はハルさんと一緒に町に来ていた。
お目当ては、晩餐会に出席する代わりに貰ったスイスウィート2号店への優先券を使って、ケーキを食べるためだ。
「レヴィ様、王子から頂いた地図によりますと、そこの道を右に曲がればケーキ屋さんがあるそうです」
「ほいほい」
ハルさんに教えられた道を曲がると、何とそこにはスイスウィート2号店に並んでいると思われる行列があった。
「うわーっ、まだ開店5分前なのに凄い行列だ」
「本当、凄いですね。これじゃあ、確かに王子から優先券が無かったら限定ケーキを頼める可能性は低いですね」
並ぶ列を見て、少しげんなりしながらハルさんは言った。
「まぁ、それだけ人気店だって事だね。それより、もう間も無く開店だよ。ハルさんも食べて良いって王子が言っていたから、たくさん食べようね!」
「はい。では、少しだけ頂きます」
「もう、ハルさんは遠慮さんなんだから」
実は昨日の晩餐会が終わった後、王子の驕りで僕だけじゃなく、ハルさんもケーキを食べて来いと言っていた。
王子も優しい所ある。
そんな事を思いながら開店を待つ。
しかし、それから5分、10分と待てど店が開く様子がなく、待っているお客さん達もどよめきが始めていた。
「あれ、お店開かないね?もしかして今日は、定休日とかじゃないよね?」
「違うと思います。もしそれなら、こんなに長い行列が出来ることも無いと思います」
「だよね。なら、何かトラブルでもあったのかな?」
そこから、更に待つ事5分、お店から店員さんが出てきた。
「すいません、急遽ケーキを作る事が出来なくなったため、今日はお休みします。今日、来て下さいました皆様には、クッキーを無料で配布致します。誠にすいませんでした。」
並んでいたお客さん達からは、ぶつぶつと文句を言う人もでたが、大ごとにはならずに、お詫びの言葉とクッキーを貰い帰って行く。
僕もその中の1人だ。
「あ〜あ、がっかりだな。でもケーキが作れないなら仕方ないか」
「そうですね。レヴィ様のクッキー貰って来まか?」
「要らない」
僕が食べたいのは、ケーキであってクッキーでは無いからね。
「左様ですか、なら帰りますか?」
「そうだね」
がっかりしながら、宿屋へ戻ろうと回れ右をした時。
「あれ、貴女は昨日、晩餐会にいた王子のお付きの治癒師様ですか?」
「えっ?」
この声はまさか。
声をかけられた方へ振り向くと、昨日見たイケメンがいた。
「ジェイス様?奇遇ですね。と言うより、その格好は?」
何というか、ジェイスはお菓子を作るパティシエさんの様な格好をしていた。
「私は、スイスウィート2号店のパティシエでして。もしかして、私のお店に来て頂いたんですか?それは誠にすいませんでした」
「ええっー!ジェイス様ってパティシエさんだったんですか⁉︎」
「はい!」
イケメンな顔でにこやかに笑うその様子は、凄く絵になっていた。
昨日の感じだと、ジェイスさんは王子と面識はあったと思う。
だから、王子はスイスウィートの優先券もってたんだな。
納得。
◇
僕は今、スイスウィート2号店の中にいる。
あれから、立ち話しも何だとなりお店の中に案内して貰った。
「ん〜、クリームの良い香りがします」
匂いだけでも幸せ。
「すいません、お店を開けなくて」
「い、いえ。でも、何があったんですか?」
腰を折り、申し訳なく謝ってきたジェイス様が気の毒に思い、話題を変えるため開店できなかった理由を聞く。
「実は・・・」
昨日、晩餐会に行く前に明日の仕込みを終わらし、しっかり戸締まりをした。
しかし、今日来て見たら店内は微妙に荒らされていたらしい。
何か盗まれたものはないかと思い、辺りを確認した所、なんとスイスウィート特製生クリームと、その材料に使われている卵が無くなっていた。
「店内の荒らされ具合的に、店を開けても問題無いかなとは思ったが、流石に卵がないとお店以前にケーキが作れないので無理だ」
結局、ギリギリまで粘ったが卵がなくお店をお休みした。
「卵なら、その辺に売ってますよね。今ならお店開いてますよ?」
何なら、僕がここに来る前から売っているお店が何軒かあったし。
「いや、スイスウィート店の卵は普通の卵じゃないんだよ。内緒なんだが、実はアングリーチキンという鳥の卵なんだ」
「アングリーチキン?」
どんな鳥なんだろう?
「ハルさん、知ってる?」
「はい。鶏の仲間に分類されていますが、気性が凄く荒く、年寄りや子供では卵の収穫は務まらないため、卵の収穫は成人男性2人がかりで行うとのことです」
「うわー、怖そうな鶏だね」
僕じゃ、とてもじゃないけど取ってきてあげる事は出来ないかな。
「しかし、アングリーチキンの卵にはとてもたくさんの栄養が含まれているため、庶民でさえ高くても買う人がいるそうです」
そうか、そのアングリーチキンという鶏の卵を使っているから、スイスウィートのケーキって他のケーキ屋さんより少しお高めだったのか。
「兵士さんは動いてくれているんですか?」
でも話しは聞いてたけど、僕に言ったところでしてあげられる事ない。
なら、兵士さん達に頼った方が良いと思う。
「ああ、駐屯所とギルドにはさっき行ってきたんだ」
「ギルド?」
何でギルド?
ギルドでは、犯人探しまでやってくれるの?
「犯人見つかっても、卵は返ってこないだろうから、ギルドに依頼して卵を取って来てもらおうかなと思って」
確かに。
卵を泥棒したんなら、卵はもう使われているか食べられているよね。
「ちなみに報酬は何にしたんです?」
依頼は受ける事はないけど、報酬ってなんとな〜く気になるよね。
「金貨2枚と、スイスウィート1年間食べ放題の券だ」
「えっ、あのスイスウィートのケーキ1年間食べ放題なんですか!」
僕が聞くと、ジェイス様は頷いた。
「まぁ、早く卵が欲しいからね。背に腹はかえられない」
「そっ、そうですよね。背に腹はかえられませんよね。あ〜、私用事を思い出しました。では、ジェイス様私はこれで失礼しますね」
1年間ケーキ食べ放題、しかもスイスウィートの。
早くギルドに行かなきゃ。
僕が、何としてもその依頼をクリアして報酬を頂く!