34嫌な話し
「お願い、お願いだからもう殴らないで!」
ラナちゃんのお母さんは僕達を見ると絶叫し、布団から飛び出て部屋の隅まで足を引きずりながら逃げた。
「お、お母さん大丈夫です。私はレヴィと言いまして、治癒師です。ラナちゃんから、あなたの怪我の事を聞いて治しに来ました」
僕は怯えるお母さんに、笑顔で話しかけたりしてとにかく無害ですアピールをする。
「お姉ちゃんは、優しいから大丈夫だよ。治療費もタダだって」
ラナちゃんも、僕の横で加勢してくれた。
「あなたは分かったわ。じゃあ、隣の人はなんなの?私を痛めつけた方に少し似ているわ、目つきとか」
ラナちゃんのアピールが通じると、今度は疑う矛先が僕から王子に向いた。
だが、その言葉を聞いた王子は、少し苛立ったみたいでだった。
「おいお前、俺の顔を知らんのか?俺はこの国の王子だぞ!覚えておけ。そんな誰だか分からん馬の骨と一緒にすんな、この常識知らずが」
「お、王子?どうしてここへ?」
「それはですね−−−」
それから僕達は、質問に1つずつ答えていき、終わる頃には、お母さんは冷静さを取り戻していた。
「話しは分かりました。しかし、何故ですか?あなたが私の怪我をタダで治す事に何のメリットがあるんですか?」
「メリットならありますよ。だって、ラナちゃんともっと仲良くなれますから」
僕は、ニッとはにかんで見せた。
そのお陰かどうかは分からないが、お母さんは僕を信用する気になったみたいだ。
「治療、お願いします」
お母さんは痛そうにしながらも、深々と頭を下げ膝をつき体を前に倒した。
◇
「ミドル・ヒール」
僕が数回唱えると、お母さんの傷がみるみる消えていき、あの痛そうだった表情も随分と良くなった。
「い、痛くない。折れていた足も治ってる!」
お母さんは痛みが消えた事にとても喜んでいるみたいで、足踏みしたり手をブラブラさせたりしている。
「大丈夫ですか?」
多分、治ったと思うが一応聞いてみた。
聞かれたお母さんは、腰を90度に折り、
「ありがとうございます、ありがとうございます」
お母さんは何回もお礼を言ってきた。
そしてそれは、ゼクムさんも一緒だったみたいで。
「私からも、お礼を言わせていたただ来ます。ありがとうございました。」
ゼクムさんも、腰を折り頭を下げた。
「それは良かったです」
僕が笑顔で返した。
ラナちゃんも、お母さんが治った事が分かり、僕に抱きついて来た。
「お母さん治してくれてありがとう!お姉ちゃん大好き」
僕は、とっさに手を鼻にかざす。
「う、うん」
ヤバイ、鼻血出そう。
抱きつかれただけでも嬉しいのに、大好きと言う言葉とセットのその笑顔は本当にヤバイ。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
不思議そうに見つめてくるラナちゃん。
よ、良かった、鼻血は出てない。
「い、いや何でもないよ。しかし、どうしてお母さんは怪我をしていたんですか?」
多分、さっきの言動から見るに人間絡みだとは思うんだけど。
理由を聞くと、少しゼクムさんやお母さんの表情に影が差すも、お母さんはぽつぽつと話し始めた。
「先日、私たちの村に数人の冒険者が来たんですが、来ていきなり夜の相手を探してると言われたんです」
そこまで話したら、お母さんは思い出したのか体を両手で抱きしめ震え始める。
それを見ていたゼクムさんが、お母さんの近くに行き、背をさすりながら、代わりに話し始める。
「そういうお店は、クワイ村ではなくダズリ村にありますと言いました。すると、1人の冒険者がそのダズリ村で散財したから、安そうなこちらにきたんだと言ってきました」
聞くからに厄介そうだな。
「要はダズリ村でお金を使いすぎて女性を買えないから、こちらに来て安く買おうと思ったって事ですか?」
ゼクムさんは僕の返しに頷く。
「だと思います。しかし、そういうお店はクワイ村ではありませんと再びお断りしました。すると、今度は怒り出し勝手に獣人の女性を選んで連れて行こうとし始めたんです」
ああ、なるほど。
「その1人がお母さんだったと」
「はい。ですが、その誘いを断ったらいきなり人を殴ったり物を壊したりして暴れ始めたのです」
「その後しばらく暴れて気が済んだのか、冒険者達は無理矢理私達から金品わ奪い、ダズリ村に戻って行きました」
どうしようもないな、その冒険者。
「王子、こういう事件の場合、その冒険者はどうなります?」
「ああ、普通は懲役の罰が与えられ、場合によっては追加の罰がある可能性もある。しかし、あくまでそれは人間同士の場合だ」
えっ、じゃあ
「獣人さんだと?」
「裁判官によるが、まず懲役から先はないな。懲役も、数日くらいで出れる可能性も高い」
そんな、酷い。
王子にそんな話しをされて、皆何とも言えず静まり返っていた時、ラナちゃんが話しかけてきた。
「ねぇ、まだお話し終わらないの?よく分からないけど、そんな顔してたら良い事無いよ?」
ラナちゃんの言葉に呆気に取られてしまった。
「それより、遊ぼ?」
笑顔になるラナちゃんを見ていたら、僕達も自然と笑顔になってきた。
そうだよ、沈んでても何も変わらないし変えられない。
僕よりも小さな可愛い女の子に、教えられたな。
「うん。遊ぼう!」
「ママとお爺ちゃんも一緒に遊ぼう」
2人も感じたものがあったのか、さっきまでの暗い表情は薄れて、代わりに笑顔になっていく。
「はいはい。分かりましたよ」
「わ、わしもか?仕方ないな」
そんな中、取り残された王子が慌てながら駆け寄って来た。
「おい、何で俺はその中に入っていないんだよ!俺も一緒に遊ぶからな」
そんなこんなで、その日はゼクムさんは家で遊んで泊まった。




