61 皆の大好きな太陽
ともあれ、シヌスさまが手にしていた三叉槍の柄で床を一突きすると、彼女を含めた部屋の一部分だけから水が消失する。
どうやら俺たちのことを気遣ってくれたらしい。
ティルナも今はセレイアさんの側を離れ、俺たちの隣にいるようだった。
きっとセレイアさんがこっちに行くよう促してくれたのだろう。
「まずはセレイアを助けてくれたことを心より感謝いたします。彼女が魔物にされていたことは知っていましたが、口惜しくも私にはそれを浄化出来る力はありませんでした。あのままではいずれほかの魔物同様、人の冒険者にその命を奪われていたことでしょう。本当に感謝いたします」
「いえ、気にしないでください。俺たちはただティルナの思いに応えてあげたかっただけですので」
そう横目でティルナを見やった俺だったが、彼女は「わたしは絶対冒険者なんかに負けない」と頬を膨らませていた。
まあ聖女である彼女を倒せる冒険者などそうそういないとは思うが、さすがに物量で押し切られたらどうにもならないからな。
早めに助けられてよかったと思う。
「そしてセレイアもよくぞ戻りましたね。確かにあなたは里の禁忌を犯し、人との間に子を成しました。ですがその子がこうして聖女として立派に成長し、それらを束ねる救世の英雄――〝勇者〟たり得る者と出会うことになったのには、きっとはじめから何かしらの導きがあったのでしょう」
「いえ、それでも私が里の掟を破ったことに変わりはありません。母を含め、皆の下した決断は当然のものであったと理解しております」
「そうですか。やはりあなたもまた一人の人魚……いえ、母親として立派な成長を遂げたのですね」
「ありがとうございます。私には勿体ないお言葉です」
ふふっと互いに微笑み合った後、シヌスさまは再び俺たちに視線を戻して言う。
「それであなたたちがわざわざここを訪れた理由についてなのですが、私の司る〝水〟と〝繁栄〟の力を授かりにきたのですね?」
「はい。俺たちはラストールという国で人に魔物の細胞を埋め込む研究を目にしました。通常であれば魔物の細胞が延命の効果をもたらすだけなのですが、当時国を支配していた王の意志一つで、それらの人々が魔物化する光景も目の当たりにしました」
「それは、なんともおぞましいことですね……」
シヌスさまが悲痛そうな表情を浮かべる。
実際に親しい関係にあったセレイアさんも魔物にされているのだ。
気持ちが痛いほど分かるのだろう。
「はい……。なので俺たちは処置の施された人全てから魔物の細胞を浄化し、治療しようと考えたのですが、さすがに数が多く、なんとか浄化作用を広範囲に渡らせることは出来ないものかと思いまして……」
「なるほど。それであなたの力をさらに発展させるべく私のもとを訪れたのですね?」
「仰るとおりです」
俺が頷くと、シヌスさまは「分かりました」と首肯して言った。
「ならば私の力の一端をあなたたちに授けましょう。それであなたの力を発展出来るかどうかは分かりませんが、きっと何かしらの助けにはなるはずです」
「ありがとうございます! 必ず最高の浄化パワーを身につけてみせます!」
ぐっと拳を握りながら宣言する俺に、シヌスさまは嬉しそうに笑って言った。
「ふふ、あなたは面白い子ですね。きっとその前向きでめげない心が、彼女たち全員を惹きつけているのでしょう」
「そ、そうですかね?」
と。
「無論だ。イグザの存在こそが我らの要だからな」
ふっと微笑するアルカに、ほかの女子たちも続く。
「ええ、イグザさまの前向きでいざという時には男らしいところに私たちは救われてきましたから」
「だな。なんたってあたしの旦那だぜ? びっかびかの太陽みてえな男に決まってんじゃねえか」
「そうね。私にとっても彼は太陽みたいな人よ」
「うん。イグザは約束通りお母さんを助けてくれた。頭を撫でてくれる手も温かかった。だからわたし、イグザが好き」
「お、おい、やめろよ!? なんか改めてそう言われると恥ずかしくなってくるだろ!?」
堪らず赤面する俺を、皆が微笑ましそうに見つめてくる。
最中、同じく微笑を浮かべていたシヌスさまが、俺たちを見渡して言った。
「では私の力をあなたたちに。どうかこの力で――世界に恒久の安寧を」
かつんっ、と再び三叉槍の柄が床を突くと、視界いっぱいに温かい光が広がったのだった。
◇
そうして俺たちはセレイアさんたちの住む入り江へと戻ってくる。
今回の一件で二人の追放処分は全面的に取り消されたらしいのだが、やはり禁忌を犯したことに変わりはないということと、住み慣れたここが一番落ち着くということで、里へはたまに顔を出しに行く程度にするらしい。
なんというか、セレイアさんらしい判断だった。
「ではティルナのことをよろしくお願いしますね、イグザさん」
「はい、もちろんです。彼女のことは俺が責任を以てお預かりしますので」
「ふふ、それもそうなのですが――一人の殿方として娘のことをよろしくお願いします」
「え、あ……はい! わ、分かりました!」
意味深に頭を下げてくるセレイアさんに、俺も慌てて頷く。
すると、ティルナがVサインを作って言った。
「大丈夫。わたしの方が年上だから、姉さん女房」
「ふふ、そうね。なら私と同じようにイグザさんをぐいぐい引っ張ってあげなさい」
「うん、任せて」
ぐっと親指を立てるティルナに、セレイアさんも嬉しそうだ。
てか、セレイアさんぐいぐい引っ張ってたのか……。
いや、でも芯の強そうな女性だし、きっとそうだったのだろう。
ともあれ、俺は今一度自身のスキルを見やり、女子たちに告げたのだった。
『スキル――《完全強化》:自身の持つ全ての力を大幅に発展させることが出来る』
「じゃあさっそくラストールに戻ろう。――〝大浄化タイム〟の始まりだ」




