60 水の女神は色々とでかい
セレイアさんの術技により、大きな円形の空気層を作ってもらった俺たちは、その中に入ることで水中での移動を可能にしていた。
もちろん先導してくれるのはセレイアさんとティルナだ。
一戦交えていた時も思ったが、どうやらティルナは人の足を持ちながら遊泳速度が通常の人魚と遜色ないらしい。
やはりあの足首についているヒレが大きく関係しているのだろうか。
呼吸も問題ないようだし、まさにいいとこ取りである。
でもまあだからこそ人魚の方々は人と交わることを禁じたのかもしれないな。
純粋に種族としての人魚を守ろうとしたのかもしれないけれど、より強力な個体が生まれれば、いずれ弱い方の個体が排斥されるのは目に見えてるし。
「綺麗ですね。こんな風にまじまじと水中の光景を見られるとは思いませんでした」
「だな! あいつとかめちゃくちゃ美味そうじゃねえか! あとで獲って食おうぜ!」
「……あの、いい雰囲気をぶち壊すのやめてもらえませんか?」
テンション高めなオフィールに、マグメルが半眼を突き刺す。
ともあれ、女子たちの気分転換にもなっているようで何よりだった。
結局例の占い師さんは見つからなかったからな。
皆も釈然としていないだろうし、せめて本来の目的である〝浄化の広範囲化〟だけは成し遂げないと。
俺がそう決意を新たにしていると、セレイアさんがこちらを振り向いて言った。
「皆さん、見えましたよ。あれが私たち人魚の里――〝ノーグ〟です」
◇
「――お止まりください」
当然、里の入り口へと赴いた俺たちに、兵士と思しき男性の人魚たちが槍で道を塞いでくる。
「セレイアさま、あなたは里を追われた身。いかな理由があろうとも、この先を通すわけにはいきません」
……セレイアさま?
もしかしてセレイアさんって意外と位の高い人だったのだろうか。
俺が小首を傾げていると、セレイアさんは頷いて言った。
「もちろん承知しています。ですが彼らのお話だけはどうか聞いて差し上げてください。彼らは神々の寵愛を受けし聖女一行。とくにこのイグザさんは、あの地の女神――テラさまですら浄化された救世の英雄なのですから」
「救世の英雄!? ではシヌスさまの仰っていた〝勇者〟というのは……」
「あー、それたぶん俺です」
俺が小さく手を上げると、男性たちは驚いたように目を丸くしていた。
と。
「――戻ってきたのですね、セレイア」
ふいにお連れの人魚たちを伴って、あきらかに位の高そうな人魚の女性が姿を現す。
年齢はセレイアさんよりも少し上くらいに見えるが、彼女のお姉さんか何かだろうか。
そう思っていた俺だったのだが、
「お久しぶりです――お母さま」
「「「「「――っ!?」」」」」
って、お母さま!?
え、お母さま若くない!?
せいぜい多く見積もって30代前半くらいだぞ!?
俺たちが揃って言葉を失う中、お母さまはティルナを見やって言った。
「その子も随分大きくなりましたね」
「はい、自慢の娘です」
自身に寄り添ってきたティルナの頭を、セレイアさんが優しく撫でる。
すると、お母さまは「そうですか」と一言返した後、俺たちに視線を向けて言った。
「話は全てシヌスさまより伺っております。セレイアを……娘を助けてくださって本当にありがとうございました」
「い、いえ、気にしないでください。おかげで俺たちもこちらに赴くことが出来たわけですし」
俺が頭を上げるよう促すと、お母さまはその厳格そうな顔に微かな笑みを浮かべて言った。
「お心遣いありがとうございます。ではここからは私たちが先導させていただきますね。先ほどより神殿でシヌスさまがお待ちですので」
「分かりました。それであの……」
「?」
俺がセレイアさんたちの方を見やろうとすると、お母さまは再度微笑して言った。
「分かっています。その子が聖女の定めを持って生まれ、そしてあなた方と出会うことになった以上、私たちも運命を受け入れるしかありません。一時的ではありますが、二人の追放処分を解きましょう」
「ほ、本当ですか? お母さま」
「ええ、本当です。どのみちあなたたちも連れてくるようシヌスさまからは仰せつかっていますからね。もとよりそのつもりでした」
「おお! よかったですね、セレイアさん!」
「はい……。これも全てあなた方のおかげです……」
本当にありがとうございます……、と頭を下げるセレイアさんの瞳には、水の中ではあったものの、涙が浮かんでいるのがはっきりと見えたのだった。
◇
そうして、俺たちはシヌスさまがいるという里の神殿――〝水神宮〟へと案内されたのだが、
「――よくぞここまで参りましたね、人の子らよ」
「「「「「「……」」」」」」
そこで俺たちが見たのは、まさに規格外の代物だった。
シヌスさまは通常の人の数倍はあろうかという巨体を誇っていたのである。
つまりはそう――〝巨人〟だ。
当然、胸元もとんでもないことになっており、それはもう直視するのが憚られるレベルであった。
「くっ……」
こんなでかいものがあっていいのか。
俺は神の神秘を前に必死に己を律しようとしていたのだが、
「おい、鼻の穴が広がってるぞ」
「……」
まあ、バレますわなぁ……。




