43 未来のお嫁さん
そうして迎えた旅立ちの前夜。
この国でも色んなことがあったなと、俺が一人ベッドに入りながら物思いにふけていた時のことだ。
こんこんっ、とふいにドアが叩かれ、「少しいいかしら?」とザナが室内に姿を現した。
「どうしたんだ? 眠れないのか?」
「ええ、それもあるのだけれど、あなたに伝えたいことがあって」
「伝えたいこと?」
小首を傾げる俺に、ザナは頷いて言った。
「ええ。――私もあなたたちの旅に同行させて欲しいの」
「そりゃ俺たちは大歓迎だけど……でもいいのか? せっかく王妃さまとも会えたっていうのに。王さまだって君の好きだった頃に戻りつつあるんだろ?」
「そうね。確かに三人の時間をもっと満喫していたいとも思うわ。でもそれは私ではなく〝妹〟たちに与えてあげたいの」
妹――つまりはアイリスたちのことだ。
「あの子たちは私と違って〝愛情〟というものを知らずに育ったわ。そしてそれを見過ごしてきた私にも当然責任がある。だからせめてもの罪滅ぼしとして、大分遅くはなってしまったのだけれど、〝家族〟という愛情を彼女たちに与えてあげたいのよ」
「そっか。君は優しいな」
「いえ、優しくなんかないわ。ただの自分勝手な女よ」
そう首を横に振るザナに、俺は口元を和らげて言った。
「だとしても、君はそれを省みてアイリスたちに家族の時間を譲ろうとしているんだろ? 立派なことじゃないか。世の中にはそれが出来ない人たちが結構いるんだぜ?」
「そう、なのかしらね……」
ふっとザナが自嘲の笑みを浮かべる中、俺は大きく頷いて言った。
「ああ、俺はそう思うよ。君は立派で、そしてとても優しい女性だ」
「……そう。ありがとう、イグザ」
少々恥ずかしそうに視線を逸らすザナに、俺は再度「おう」と頷く。
「とにかく話は分かったよ。そういうことなら俺たちは歓迎するから、これからよろしくな、ザナ」
「ええ。こちらこそよろしくお願いするわ、イグザ」
互いに握手を交わし、微笑み合う。
あとは明日のためにゆっくり休もうかと考えていたのだが、
「じゃあ……」
するするっ、とザナが突然衣服を脱ぎ始めたではないか。
「え、ちょ、何してんの!?」
当然、意味が分からず取り乱す俺に、ザナは蠱惑的な笑みを浮かべて言った。
「だってこれが仲間になる聖女の儀式なのでしょう? オフィールからそう聞いたわ」
おいこら、オフィール!?
「それに私、あなたになら抱かれても構わないと思っているから、何も問題はないわ」
「いやいやいやいや!? だからって……うん?」
じゃあ問題ない、のか……?
何がなんだかよく分からなくなっているうちに、ザナとの距離が縮まってくる。
「でも私、一応はじめてだから優しくエスコートしてね」
「え、あ……はい」
というわけで、ゆっくり休むことは出来なかったのだった。
◇
翌朝。
あきらかに俺への態度が変わったザナの様子に、女子たちも色々と察したらしい。
「お前、あいつを抱いただろ?」
「抱きましたね?」
「だっはっはっ! それでこそあたしらの旦那ってもんだぜ!」
一人大爆笑しているオフィールを除き、女子たちからじとーっと半眼が飛んでくる。
ここ最近は色々と忙しかったので、彼女たちの相手をする時間がなかったということもあり、少々ご不満が溜まりつつあるようだ。
「まあいいじゃない。イグザは皆のイグザなのだから」
ぴとり、と俺の肩に寄り添ってくるザナに、当然アルカたちは額に青筋を浮かべる。
「確かにそれには同意しよう。だがそこに相応しいの私だ」
「あら?」
ぐいっとザナを押しのけ、アルカが間に入ってくる。
「何を仰っているのですか? その位置に相応しいのは私です」
「むう?」
さらにアルカを押しのけ、今度はマグメルが俺の隣に割り込んできた。
「てか、逆の方に行きゃいいんじゃねえか?」
「「「……」」」
オフィールの冷静な突っ込みに一瞬目をぱちくりさせる三人だったが、気にせず誰が隣かの論争を再開する。
「はっ、まあいいけどよ。ちなみにあたしは三人でどんぱちやった挙げ句、最後に残ったやつをぼこって座を勝ち取る魂胆だぜ」
「それはそれでどうなんだ……」
どうよとばかりに胸を張るオフィールに、俺は一人顔を引き攣らせていたのだった。
◇
ともあれ、俺たちは出立の時を迎えていた。
このままだと南の大国――ラストールに侵攻されるのは目に見えているからな。
リフィアさまの命を奪ったのもそのラストールの関係者だっていうし、次の目的地はラストールで決まりだろう。
ゼストガルド王の言った〝巨人〟だかも気になるしな。
早々にラストールへ向かおうと思う。
「じゃあ元気でな、アイリス。また会いに来るから」
「はい、イグザさんもお元気で。――そしてお姉さま」
「何かしら?」
「ほかの妹たちのことは私にお任せください。まだ戸惑っている子たちもいますが、私が彼女たちを支えていきますので」
「ええ、ありがとう、アイリス。でもあなたもきちんとお母さまたちに甘えるのよ?」
「はい、分かりました」
こくり、と頷いた後、アイリスが再び俺の方を見やって言った。
「本当は、私もイグザさんについていきたいと思いました。でもせっかくお姉さまが与えてくださった機会を無駄にはしたくないと思います」
「ああ、それでいいと思うよ」
「はい。なので全ての旅が終わった後――私をイグザさんの妾としてお迎えください」
「えっ!?」
驚く俺に、ザナはおかしそうに笑って言った。
「ふふ、いいじゃない。さすがは私の妹と言ったところかしら。とてもいい男の趣味をしているわ」
「はい、もちろんです」
ぶい、とアイリスが指でサインを作る。
随分と感情豊かになったものだ。
「よかったわね、可愛いお嫁さんが出来て」
「い、いやいやいやいや!? 笑いごとじゃないだろ!?」
こんな少女に手を出したら倫理的にアウトだわ!?
が。
「……お嫌ですか?」
「うっ……!?」
とても悲しそうな表情をするアイリスに、俺はとうとう折れてしまったのだった。
「……分かった。その時は君を俺のお嫁さんにするから、少しだけ待っていてくれるか?」
「はい!」
そう大きく頷いたアイリスの笑顔は、今まで見た中で一番嬉しそうなものだった。




