37 弓の聖女は笑わない
軍事都市――ベルクア。
それが今俺たちがいる場所の名前らしい。
どうやら知らないうちにベルクアの領土内へと入ってしまったようだ。
だがここまで熱烈な歓迎を受けたのははじめてである。
よほど何か〝領土〟というものに対して神経質な感じなのであろう。
まあほかの場所が緩すぎただけなのかもしれないが。
「しかし随分と物々しい雰囲気の町だな」
「そうですね。なんというか、皆さん何かに怯えているような気がします」
周囲の光景を見渡し、俺たちはなんとも言えない違和感を覚える。
住民の方々も兵士にはあまり近づかないようにしているみたいだし、よほど立場が弱いのだろうか。
「てか、本当にこのまま王宮に向かっていいのか? こんなガキどもあたしらがその気になりゃあっという間だろ?」
オフィールが俺たちを連行している例の少女たち五人を見やって不満を漏らす。
マグメルの話だと、この子たち全員から聖女の気配を感じると言うが、まさか全員が本当に聖女なのだろうか。
確かに皆同じ顔をしているし、あの弓術もかなりの威力だったけど……。
「とにかく今は町の実情を把握するのが先決だろう。これだけ軍備に力を入れているのだ。恐らくはこの子らも何かしらの兵器だと私は推測している。――〝聖女〟を使った何かしらのな」
「けどよぉ……」
自由を好むオフィール的に、今の状況はあまり好ましいものではなかったらしい。
その気持ちは大いに分かるが、確かに今はアルカの言うとおり、この町の実情を把握するのが先である。
「まあ俺たちが聖女一行だってことは伝えてあるんだし、とりあえずここの王さまに会ってみようぜ。もしそれで不当に拘束されるようなことがあったら、その時は大いに暴れてくれて構わないからさ」
「おう! そん時は全力でこの町をぶっ壊してやるぜ!」
俺の言葉に、オフィールがそう嬉しそうに拳を握る。
いや、まあ……うん。
別に町は壊さなくてもいいんだよ……?
◇
「――よくぞ我がベルクアに参った。歓迎するぞ、聖女たちよ」
そうして玉座の間で俺たちを迎えたのは、見た目40代くらいの厳格そうな男性だった。
重そうな鎧を着込んでおり、放たれる威圧感からもかなり鍛え込んでいる様子が窺える。
きっと王でありながら、戦士としても一流なのだろう。
だがそれよりも俺が気になったのは、彼の傍らに佇んでいる女性だった。
アルカと同じ綺麗系のクールな美女なのだが、何故かどこかで会ったことがあるような気がしたのである。
「我が名はゼストガルド。このベルクアを治める王である。まずは手荒な歓迎をしたことを謝罪しよう。そやつらホムンクルスは優秀だが融通の利かぬところがあってな。侵入者には一切手心を加えんのだ」
「ホムンクルス……?」
眉根を寄せるアルカに、ゼストガルド王は誇らしげな顔で言った。
「そうだ。我がベルクアの誇る魔導工学技術の粋を結集して作られた人造生命体――〝ホムンクルス〟。ちなみにそやつらはここにいる我が娘――〝弓〟の聖女ザナをベースとしている」
「「「「――っ!?」」」」
この子たちが人造生命体!?
しかも自分の娘……いや、弓の聖女がベースだって!?
一様に言葉を失う俺たちが痛快だったのだろう。
ゼストガルド王は不敵な笑みを浮かべて言った。
「まあ詳しい話は夕食時にでもゆっくりとするとしよう。まずは長旅で疲れた身体を存分に癒やすがいい。――ザナ、案内してやれ」
「分かりました」
静かに頷き、弓の聖女――ザナがこちらへと近づいてくる。
「ついてきて。客間に案内するわ」
「は、はい。ありがとうございます」
頷くマグメルに続き、俺たちはゼストガルド王に一礼した後、玉座の間をあとにしたのだった。
◇
そうして案内された客間はかなり豪華な部屋だったのだが、
「まあそりゃ男女別になるよな……」
というように、俺は一人寂しく部屋を宛がわれていた。
どうやらゼストガルド王は言わずもがな、ザナも俺のことを聖女のお付きの人的な感じに見ているらしい。
もちろん女性陣からは同室にして欲しいという要望があったのだが、残念ながら願いは聞き届けられなかったようだ。
まあ仕方あるまい。
ここにはここのルールがあるからな。
郷に入ってはというやつである。
「ところで、君は弓の聖女なんだって?」
ともあれ、俺は部屋を去ろうとしていたザナに尋ねてみることにした。
「ええ、そうよ。それが何か?」
「いや、あのホムンクルス? の子たちは凄い力だったから、ちょっと気になってさ」
「当然でしょう? 彼女たちは私の聖女としての力――すなわち《天弓》のスキルと、限りなくオリジナルの聖弓に近い〝疑似聖弓〟を与えられているのだから」
「そうなのか。えっと、魔導工学だっけ? 凄いよな。人造生命体を作り出すだけでも凄いのに、創まりの女神さましか与えられなかったスキルをそれに与えちまうんだからさ」
と、俺としては素直にこの町の技術を褒めたつもりだったのだが、
「――あなたは随分とお喋りな人なのね」
「へっ?」
ザナにはあまり受けがよくなかったらしい。
「じゃあまた夕食時に呼びに来るから」
さようなら、と無表情のまま部屋を出て行ってしまった。
「えぇ……」
当然、若干しょんぼりしてしまった俺なのであった。




