32 風の女神は死を運ぶ
砂漠地帯には年中砂嵐の渦巻いている地域があるという。
そこに足を踏み入れた者は方向感覚を失い、まず生きては帰れないのだと。
そんな砂嵐の中心に、トゥルボーさまの神殿は存在した。
至極不本意そうではあったものの、「あーもう仕方ねえ! あたしが連れてってやるよ!」とオフィールが砂嵐の抜け道を案内してくれたのである。
そうして到着したトゥルボーさまの領域は、先ほどまでの砂嵐が嘘のように静かな場所であった。
むしろあの渦巻く砂嵐が防壁となり、外界の雑音を遮断しているのだろう。
「――オフィールか。何故人間を連れてきた?」
ともあれ、神殿の前へと辿り着いた俺たちに、石段を悠然と下りながら一人の女性が声をかけてきた。
黒い装束に身を包んだ黒髪の女性だ。
確かに顔つきは厳かだが、見た目はテラさまと同じくらいの年齢であろう。
ババアと言うには少々若すぎる気もするのだが、まああれは反抗期の子どもが親に向かって言うのと同じ意味だろうからな。
「別に連れてきたくて連れてきたわけじゃねえよ。こいつらがあんたに会いてえって言うから仕方なく連れてきてやったんだ」
「ふむ、確かに貴様らからはイグニフェルとテラの力を感じるが、我は人間が嫌いでな。我が矛が向かぬうちにさっさと去るがよい」
「ちょ、ちょっと待ってください! 少しだけでいいんで、俺たちの話を聞いてはもらえませんか?」
「くどい。人と話すことなど何もない。消えよ」
ぶひゅうっ! とトゥルボーさまの周囲に風が渦巻く。
これは冗談抜きで攻撃を仕掛けてくる気であろう。
「ほらな? だから言ったじゃねえか。あのババアは人の言うことなんか聞きゃしねえって。これ以上は無駄だ。さっさと……って、おい!?」
オフィールには悪いと思いつつも、制止を振り切り、俺は再びトゥルボーさまに語りかける。
「あなたはアフラールの町を滅ぼすと聞きました。オフィールが人々の意識を変えられなければ、全てを塵にしてしまうのだと」
「それがどうした? 我は風と死を司る神――生きる価値のない者どもを無に帰してなんの問題がある?」
「そりゃ確かにそういうやつらがいるのも事実です。でも大多数の人々はきっと善良な人たちだと思うんです」
「その根拠はなんだ?」
「オフィールの助けた子どもたちを見てください。彼らは貧しさの中でもとても幸せそうでした。俺たちが町で見た人たちもそうです。皆が皆悪い人たちじゃない。どうかそれを分かって欲しいんです!」
懸命に訴えかける俺だが、よほど何か人の業のようなものを目の当たりにしてきたのだろう。
トゥルボーさまは嘆息して言った。
「ほかの二柱が力を託したくらいだ。貴様には何かしら希望のようなものを見たのだろう。だがな、人間。希望とは一時のこと。人の本質はいつまで経っても変わらぬ。それは貴様も分かっているはずだ」
「そう、かもしれません……。きっと人は同じ過ちを繰り返す。だからこそ、人はそれを反省し、苦しみながら生きているんです。どうか彼らからその機会を奪わないであげてください」
お願いします、と俺が頭を下げると、トゥルボーさまは再度嘆息して言った。
「貴様の言い分は理解しよう。だがそれで一体何が変わる? 自らの過ちを省みるのは貴様の言う善良な者たちだけだ。人の子を売り払った者たちには、そもそも省みる気などさらさらない。であれば何も変わることはない」
そう首を横に振るトゥルボーさまに、俺は「ええ」と大きく頷いて言った。
「だから俺たちが――オフィールとともに省みるようそいつらをぶっ飛ばします!」
「「「「――っ!?」」」」
トゥルボーさまを含め、女子たちが驚きの表情で固まる。
そりゃそうだろう。
そんな話は事前に何もしていなかったのだから。
それについては本当に申し訳ないと思うのだが、俺はトゥルボーさまと話しているうちに一つ考えついたことがあったのである。
ゆえに、今が攻め時だとばかりに話を続けた。
「ただしそれにはトゥルボーさまのお力が必要です。――〝死〟を司るあなたの力が」
「ほう? 人間如きが我を使うと言うか」
「ええ、言いますとも。この状況が全部解決出来てあなたも笑顔になれるというのなら、俺は女神さまの力だって使ってみせます!」
俺がそう不敵に笑って言うと、
「――っふ、はははははははははっ!」
「「「――っ!?」」」
あのトゥルボーさまがおかしそうに笑い声を上げ、女子たちの目が再度丸くなった。
そしてトゥルボーさまは言う。
「――いいだろう。貴様の策に乗ってやる。ただし覚悟しておけ、人間。もしなんの成果もあげられなかったその時は――貴様を108の肉片に引き裂いてやるからな」
「ええ、望むところです!」
大きく頷きながら、俺はぐっと拳を握るのだった。
それはそうと、108はちょっと細かすぎない……?




