26 〝勇者〟と呼ばれし者
朝からそんなハプニングもありつつ、食事を済ませた俺たちは、再びジボガミさまことテラさまのもとを訪れていた。
昨日は先にオルグレンの民を安心させてあげて欲しいと、テラさまの方から促してくれたため、重要な話は今日に持ち越されることになったのである。
というわけで、昨日と同じ大穴跡の高原へと赴いたはずの俺たちだったが、あまりの様相の変化に目を丸くしていた。
なんと昨日まではただ広大な草原が広がっていただけだったのだが、樹齢何百年……いや、何千年かというような大樹が雄々しく根づいていたのである。
「――ようこそおいでくださいました、人の子らよ」
そしてその根元でテラさまは待っていてくれた。
相変わらず柔和な微笑みを讃えながら、悠然とそこに佇んでいたのだ。
「あ、どうも」
「うむ、壮健そうで何よりだ」
「昨日はお心遣い本当にありがとうございました」
俺たちが各々挨拶を返すと、テラさまは「おや?」と何かに気づいたように言った。
「あなたから昨日は感じなかったイグニフェルの力を感じます。どうやら愛する者と結ばれたようですね」
「えっ?」
そう言われ、アルカが驚いたような顔をする。
さすがは生命を司る神さまである。
俺たちが結ばれたことを一瞬で見抜いたらしい。
でも出来ればそういうデリケートなことは、あまり見抜かないでいただけるとありがたい限りである。
だって明日にはマグメルにもそのイグニフェルだかの力が宿りそうだし……。
てか、たぶん〝イグニフェル〟ってヒノカミさまのことだと思うんだけど、これ力移るんだ……。
俺がそう考えていることが顔にでも出ていたのだろう。
テラさまは「心配いりません」と首を横に振って言った。
「あなたに宿ったイグニフェルの力は些細なもの。イグザのように不死を体現するようなものではありません。ですが恐らく老いは止まり、病に苦しむこともなくなるでしょう。愛する者同士、同じ時を歩むには十分な力です」
「……はいっ」
それを聞いたアルカの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
きっと心のどこかでは考えていたのだろう。
不死身の俺とそうではないアルカでは、いつか別れの時が来ると。
当然、俺だって考えていた。
彼女を正式な嫁として迎えようとしなかったのも、それが大きな理由だったりする。
俺たちはずっと一緒にはいられない。
そんな悲しい思いを彼女にさせるくらいなら、よき仲間くらいの間柄でいようと。
だがそれでもアルカは俺とともに歩む覚悟を決めてくれた。
だったらその覚悟を俺が無下になんか出来るはずがない。
なので――抱きました。
しかも朝までがっつり。
「よかったな、アルカ」
「うむ……っ。本当によかった……っ」
涙の止まらなくなってしまったアルカをぎゅっと抱き締めてやる。
そんな微笑ましい雰囲気の中、マグメルも瞳に浮かんでいた涙を拭って言った。
「では――これで心置きなく私を抱けますね」
……うん?
「おい、ちょっと待て。それとこれとは話が別だ」
そして復活するアルカ。
まだ涙目ではあるけど切り替え早いなー……。
◇
今夜のお相手がどちらになるのかはさておき。
俺たちは改めて今回の一件やヒノカミさま……いや、イグニフェルさまについての話を聞くことにした。
「お察しのとおり、あなたに力を与えたのは私と同じ神の一柱――〝イグニフェル〟です。彼女は火と再生を司る神で、あなたの持つ《不死身》のスキルと相性がよかったのでしょう。どこか名前も似ていますしね」
ふふっとテラさまが嬉しそうに笑う。
しかし笑顔の似合う可愛らしい神さまである。
思わずこっちまで顔が緩みそうだ。
「おい」「もし」
「ひいっ!?」
俺が女子たちの嫉妬心にぷるぷるしている中、テラさまが話を続ける。
てか、今さらだけどヒノカミさまって女神さまだったんだな。
「そしてこちらに見えるのが私の依り代となる生命の樹――〝世界樹〟。むしろ私そのものと言っても過言ではありません」
「世界樹……」
確かにその名に相応しいほど生命力の溢れた立派な大樹である。
「この世界樹が健在である限り、大地の汚れは新たなる命となって浄化され続けることでしょう。しかし汚れは以前にも増して増加を続けており、このままではいずれ同じ結末が繰り返されてしまうかもしれません」
「そんな……。なんとかならないんですか?」
俺の問いに、テラさまは顔色を曇らせながら首を横に振る。
「分かりません……。そもそも〝汚れ〟とは、命ある者の生み出す負のエネルギーのことです。通常であれば、神である私を呑み込むほどの汚れが溜まることなどまずあり得ません。ゆえに、恐らくは意図的にそれを生み出そうとしている者がいるはずです」
「なるほど。つまり我らにそいつを叩けと言いたいのだな?」
結論を持っていったアルカに、テラさまは申し訳なさそうな顔で頷いた。
「仰るとおりです。あなたたち〝聖女〟と呼ばれる者たちがこの時代に多く現れたのも、恐らくはその存在に対抗するため。そして彼女たちを束ね、導くことの出来るあなたこそが、世界を救う使命をその身に帯びた者――すなわち〝勇者〟と呼ばれる存在なのだと私は思います」
「勇者……?」
「そう、救世の英雄にして最後の希望――勇者。それがあなたです、イグザ。ほかの神たちを捜し、その協力を仰ぎなさい。ただしここからさらに北の豪雪地帯にいる、雷と破壊を司る神――〝フルガ〟にだけは用心すること。彼女はとても気性の荒い性格ですので」
「分かりました。じゃあまずそのフルガさま以外の方々に会ってこようと思います」
「ええ、そうなさるのがよいでしょう。微力ではありますが、私の力もあなたに託します。――さあ、お行きなさい、人の子らよ。そして世界に安寧をもたらすのです」
「「「はい!」」」
大きく頷く俺たちだが、そこで俺はふと思うのだった。
――なんか知らんうちにどえらいことになってきてない!? と。




