《追章》その18:新たなる主3
というわけで、ヨミに他者とのコミュニケーションを学ばせることにした俺は、仲間内でもっとも人当たりのよいマグメルを呼び、三人でもう一度ヨミの見つけたという鬼人たちのもとを訪れていた。
彼が見つけたのは親子四人の家族で、人里離れた山奥でひっそりと暮らしていたらしい。
当初はヨミがやらかしてくれたおかげでかなり警戒されていたのだが、マグメルの持つ聖母のような雰囲気に徐々に警戒心も和らいだらしく、なんとか話を聞いてもらえるまでになっていた。
「……なるほど。そういうことでしたか」
「はい。ですのでもう人に襲われる心配もありませんし、救世主であるイグザさまをはじめ、私たち聖女や女神さま方、そして確かに物言いに少々問題はありましたが、魔族の方々も皆さん協力してくださいます。もちろん強制ではありませんので、どうぞご一考をいただけたら幸いです」
すっと丁寧に頭を下げたマグメルに続き、俺も頭を下げる。
当然、ヨミのやつは真顔で突っ立っていたので、俺は小声で彼に言った。
「おい、ヨミ。こういう時は一緒に頭を下げるもんだ。ほら」
「ふざけるな。何故俺が主でもない者どもに頭を垂れねばならん」
「でも下げないとレウケさんが悲しむぞ? いいのか?」
「……ちっ」
不服そうに舌打ちした後、ヨミが少しだけ頭を下げる。
そんな彼の姿に、俺はふっと表情を和らげていたのだった。
◇
その後、ご夫妻との雑談に花を咲かせているマグメルを遠目に見やりつつ、俺は隣のヨミに尋ねた。
「どうだ? 少しは人とのコミュニケーションみたいなやつがわかったか?」
「ふん。要はあの女のように下手に出て機嫌を窺えという話だろう? くだらん駆け引きだな」
「はは、そうだな。確かに〝駆け引き〟と言われればそうなのかもしれない。でも誰だって不快な思いはしたくないだろ? だからああやってにこやかに話してもらえるよう日頃から努めてるんだよ」
まあそれでもこじれる時はこじれるからコミュニケーションってやつは難しいんだけどな。
「もちろん常に笑顔でいろと言ってるわけじゃない。納得がいかないことには反論するべきだし、そういう時は少し強い言葉を使ってもいいと思う。要は状況に応じて柔軟に対応することが大事なんだ」
「また〝柔軟〟か。なんとも面倒な生き物だな、貴様ら人間や亜人というのは」
「はは、そりゃ〝感情〟があるからな。お前ら魔族だってそうだろ? 悲しんでるパティより笑ってるパティの方がいいはずだ。違うか?」
「……さあな」
「今のお前にならわかるはずだ。レウケさんが本当に望んでいるのは、あんな風に笑いながら皆が里に戻ってきてくれることだって」
そう言って俺が視線を向けたのは、もちろん談笑中のマグメルたちだった。
あの様子なら、きっと彼らはいつか里にも足を運んでくれるのではないだろうか。
「……」
俺の言葉に何を思ったのかはわからないが、ヨミは無言で彼女たちの様子を見据えていた。
と、その時だ。
「あ、あの……」
「「!」」
ふいに横から声をかけられ、俺たちは揃って声のした方を見やる。
そこにいたのは、まだ十にも満たないであろう鬼人の姉妹だった。
怯えたように身体を寄せ合いながらも、彼女たちはこちらを(というよりは、ヨミを)見やって言った。
「おじさんは病気なんですか……?」
たぶんヨミの顔色が死人みたいな感じなのが気になったのだろう。
俺に聞いているのかと言わんばかりの視線を向けてきたヨミに無言で頷くと、
「「ひっ!?」」
彼は相変わらずの仏頂面で姉妹を見下ろした後、静かにこう言った。
「……何故そう思う?」
「そ、それはその、お顔が真っ白だから……」
「そうか。お前たちには俺が病的に見えるのだな」
「……? え、えっと、だからこれを……」
そう言って少女が取り出したのは、小さな白い紙包みだった。
「なんだそれは?」
「お母さんが作ってくれたお薬、です……。これを飲めばお熱も下がるから……」
「……」
小刻みに震える両手で薬を差し出してくる少女を無言で見下ろしていたヨミだったが、やがて彼は地に片膝を突いて言った。
「そうか。感謝する」
「「!」」
それを聞いた姉妹の顔がぱっと明るくなり、彼女たちはぺこりと一礼した後、親御さんのところへと駆けていった。
と。
「……何を笑っている?」
「いや、やっぱりお前意外と優しいやつだなって」
「黙れ。殺すぞ」
「わかったわかった。そう怒るなよ」
そうヨミを宥めつつ、俺たちは家族のもとをあとにし、レウケさんの待つ鬼人の里へと帰還する。
そして事の顛末を彼女に伝え、もう少しだけヨミに時間を与えてもらえないかとお願いした。
たぶんこれから自分で色々と考えて答えを出してくれそうな気がしたからだ。
俺の話を聞いたレウケさんは、ふふっとおかしそうに笑った後、「承知した。では今しばらく彼らの主でいることにするよ」と快く承諾してくれたのだった。




