《追章》その13:禁忌の秘薬1
各国の復興もいい感じに進んでいたある日のこと。
あたしはナザリィに呼び出され、一人ドワーフの里にある彼女の工房を訪れていたのだが、
「はあ!? 豚が処刑された!?」
まさかの話を聞かされ、愕然と大口で固まっていた。
が。
「いや、されるかもしれんという話じゃ。勝手に殺すでないわ」
「あ、ああ、まだ生きてるのね……。びっくりした……」
ふう、と胸を撫で下ろした後、あたしはナザリィに問う。
「てか、なんで豚が処刑されるのよ? 確かに最後の戦いには参加してなかったけど、それでも今まで一緒に戦ってきたわけだし、二人揃って里の英雄みたいなもんでしょ?」
「まあ確かにそうなんじゃが、その傍らでこともあろうにあのデブは〝里の禁忌〟を犯してしまったのじゃ」
「里の禁忌を犯したって……。なんでそんなことしたのよ?」
一体何を考えているのかと怪訝に腕を組むあたしだが、そんなあたしにナザリィは半眼を向けて言った。
「いや、確かに持ち出したのはあのデブじゃが、その禁忌の秘薬を使ったのはほかでもないおぬしじゃぞ?」
「……はっ?」
え、何それどゆこと?
あたし、そんな禁忌の秘薬なんて使った覚えないんですけど……って、禁忌の秘薬!?
その瞬間、あたしの脳裏に浮かんだのは、《神の園》の一室で怪しげな回復薬をぐいっと一気飲みした後、およそあたしとは思えないほどの猫撫で声でイグザに迫っている自分の姿だった。
そう、もしもの時のためにと豚に手渡されていた、ドワーフ族特製だかという〝超絶ド淫乱媚薬〟のせいである。
「なああああああああああああああああああっ!?」
全てが繋がり、堪らず頭を抱えるあたし。
せっかく忘れかけていたのになんてことを思い出させてくれたのよ!?
あ、あれのせいであたしは……あたしは……っ!?
ひぎいっ!? と危うく爆発四散しかけたあたしだったが、なんとかぎりぎりのところで踏み留まり、ナザリィに問う。
「つ、つまりあたしのせいで豚は捕まっちゃったってこと……?」
「いや、まあ元を辿ればそうかもしれんが、禁忌とわかった上で持ち出したのはあやつ自身じゃからのう。そう自分を責めるでないわい」
「そ、そう言われても……」
実際使っちゃったのはあたしなわけだし……。
それで《神の園》を脱出出来たのも事実だし……。
ど、どどどどうしよう!? とあたしが再び頭を抱えていると、ナザリィが不本意そうに嘆息して言った。
「まああのデブは一回死ぬくらいがちょうどよいのじゃが、あれでも一応わしの昔馴染みなのでな。仕方なくおぬしに助け船を出したというわけじゃ」
「そ、それってつまりあたしなら豚を助けられるってこと?」
控えめなあたしの問いに、ナザリィは「うんむ」と頷いて言った。
「おぬしは曲がりなりにも〝聖女〟じゃからな。それも救世主の妻じゃ。その上、〝猫被り〟に関しては天賦の才を持っておる。まさに適任と言ってもよいじゃろうて」
「え、それは褒められてるのよね?」
なんか全然嬉しくないんだけど……。
「もちろんじゃ。何せ、あのデブを助けるためには一芝居打たねばならんからのう。猫被りじゃろうとなんじゃろうと自然な演技が出来るのであればそれに越したことはないわい」
「……なるほど。確かに一理あるわね」
「うんむ。というわけで、おぬしには長たちを説得してもらいたいわけじゃが、その前にあの秘薬についておぬしはどこまで知っておる?」
「と言われても……」
あの薬が〝超絶ド淫乱媚薬〟とかいうふざけた名前だってことくらいしか……。
あとは冗談抜きで効能が……って、そんなこと口が裂けても言えるわけないでしょ!?
ばっかじゃないの!?
「まあその様子じゃと効能がやばいことくらいしか知らぬようじゃな」
いや、バレてるし……、とあたしが自嘲の笑みを浮かべながら明後日の方を向いていると、ナザリィが腕を組んで言った。
「実はあの秘薬はな、口にすれば確かにとんでもない催淫効果を発揮するのじゃが、自然界においては猛毒でのう。ゆえに廃棄することも叶わず、禁忌の秘薬として宝物庫の奥に保管されておったのじゃ」
「へえ。てか、それならいっそのこと使っちゃえばよかったじゃない。こう言っちゃなんだけど、ちょっとラブラブな感じが薄れてきたご夫婦とか普通に喜ぶでしょ?」
「うむ。確かにおぬしの言うとおり、はじめは里の者たちにも譲渡しておった。じゃがそれを使った翌日、夫らが全員真っ白に燃え尽き、揃って女性恐怖症に陥ってしまったのじゃ」
「えぇ……」
そんなに搾り取られちゃったの……? とどん引きするあたしだったが、そこでふと思い当たることがあり、「ああ、なるほど……」と手で顔を伏せながら言った。
「つまりあれは精力無尽蔵のイグザだったからこそ耐えることが出来たってわけね……」
「そういうことじゃ。ゆえに仮に説得が成功した場合、恐らくは残存しておる全ての秘薬を引き取ることになると思うのじゃが……大丈夫かのう?」
「……」
え、それって捨てられないから全部あたしに使えってことよね?
いや、大丈夫なわけないでしょ!?
こっちの方が真っ白に燃え尽きるわよ!?
当然、突っ込みの止まらないあたしなのであった。




