218 理想の世界
「それにしても意外だったわ。私の中でのオルゴーさまは、どちらかというとテラさまのような雰囲気の方だと勝手に思い込んでいたから」
オルゴーさまが再び五柱の女神さま方へと分かれた後、ザナが少々驚いた様子でそう口を開く。
確かに俺も同じような想像をしていたのだが、考えてみればフルガさまやトゥルボーさまといった気の強い要素も持ち合わせているわけだし、ああいう感じの雰囲気に落ち着くのも頷ける話なのかもしれない。
というより、オルゴーさまの方が元なので〝落ち着く〟という表現はちょっと違う気がするが……。
「まあなんでもいいじゃねえか。とにかくあたしたちは勝ったんだ。あとはあのおっさんにこれでもかと詫びさせて……って、いねえ!? お、おい、イグザ!? あのおっさんいねえぞ!?」
ごうっ! と驚きのあまり分体で飛び出してきたオフィールに、俺は「ああ」と頷いて言った。
「さっき話の途中で移動術を使っている姿が見えたからな。恐らくはどこかに逃げたんだろうさ」
「いや、そんな余裕でいいのかよ!? 絶対またなんか変なことを考えるぞ、あのおっさん!?」
先ほどまでエリュシオンがいた方を指差しつつ、オフィールがそう声を張り上げてくる。
だが俺は「大丈夫だよ」と静かに頷いて言ったのだった。
「だってあいつが向かったのは――〝鬼人の里〟だからな」
◇
「……しつこいやつらだ」
朽ちた鬼人の里――その最奥に聳えていた大樹に背中を預け、エリュシオンが呆れたように嘆息する。
気配で辿っていたとおり、エリュシオンは廃墟となった鬼人の里にいた。
オフィールはああ言っていたが、すでに敗北を認めているらしく、スサノオカムイを解いていた俺たちを前にしても戦う気はおろか、逃げる気すらないようだった。
ただ、
「その身体……。あなた、どうやら長くはないようね」
「ああ」
シヴァさんの指摘通り、エリュシオンの身体は徐々に風化しており、残された時間はほとんどないらしい。
そんなエリュシオンに俺は告げる。
「俺ならあんたを助けることも可能だ。あんたがもし今後自分の罪を償いながら生きていくというのであれば、俺はあんたを助けてやってもいいと思っている」
「は、はあ!? え、あんた、本気で言ってるの!?」
どういうことかと困惑している様子のエルマに苦笑いを浮かべつつ、俺は続ける。
「どうする? 聖者であるあんたならより多くの人たちを救えるはずだ」
「……この俺に人間どもを救えだと? 笑わせてくれる。そんなふざけた提案を俺が受け入れるとでも思っているのか?」
「いや、あんたは受け入れないだろうな」
「ならば何故不毛な問いを投げかける? よもや無様に負けた俺への当てつけか?」
そう自嘲の笑みを浮かべるエリュシオンに、俺は「いや」と再度首を横に振って言った。
「俺はただなんであんたがそんなに人を恨んでいるのかを知りたかっただけだ。人や亜人を絶滅させて、あんたは結局何がしたかったんだ?」
「……それを聞いてどうする?」
「二度と再びあんたのようなやつが現れないよう全力で努める」
「なるほど。実に救世主らしい反吐が出そうなほどの奇麗事だな」
ククッとおかしそうに笑った後、エリュシオンはふと空を見上げて言った。
「……下らぬ、本当に下らぬ理由だ。俺はただ死した者たちとなんの脅威もない世界で静かに暮らしたかっただけだ」
死した者たちとなんの脅威もない世界で、か……。
「……それはあんたの家族か?」
「そうだ。貴様ら人間に殺された俺の妻と子だ。亜人の血が入っているからと、心優しき身重の女を魔物に食わせた貴様ら人間どもをどうして許せる? だから俺は報復した」
その結果がこの有り様だ、とエリュシオンは朽ちた里を見渡す。
「先に手を出しておきながら、いざ自分たちがやられたら平気で罪のない者たちまで手にかける。そんなやつらがのさばる世界になど永遠に平穏は訪れない。だから全てを抹殺し、俺たちだけの理想郷を創ろうとした。ただそれだけのことだ」
『……』
エリュシオンの話を聞き、皆が一様に言葉を失う。
以前、似たような話を墓守の女性から聞いたが、やはりあれはエリュシオンのことだったのだろう。
最初は人間だけがターゲットだったはずなのに、俺たちに協力したことで同じ亜人種すら信じられなくなり、揃って皆殺しにしようとしたというわけだ。
なんとも悲しい話である。
「あんたのやったことは到底許されることじゃない。けどな、俺にはあんたの気持ちも痛いほど分かる」
「……なんだと?」
「俺にだって身重の嫁さんがいるからな。もし彼女が……いや、彼女だけじゃない。俺の大事な人たちが同じ目に遭ったら、恐らく俺はそれをやったやつらを容赦なく皆殺しにするだろうさ」
「ほう、救世主の貴様がか?」
「ああ、救世主の俺がだ」
そう頷き、俺は続ける。
「だからそいつらに報復したあんたを俺は否定しない。むしろよくやったとすら思う。でもな、それ以外のやつらに手をかけるのは違うだろ? それはあんたの言う〝罪のない者たちにまで手をかける〟所業と同じだ。あんたはあんたが憎んだやつらと同じことをやっていたんだぞ?」
「黙れッ! それでも俺は……っ」
ぎりっと悔しそうにエリュシオンが唇を噛み締めていた――その時だ。
「――すまない。私からも少しいいだろうか?」
『!』
そう断りながら一人の女性が姿を現し、その場にいた全員の視線が彼女に集まる。
そこにいたのは、以前鬼人の墓所で出会った墓守の女性にして〝片角〟の鬼人――レウケさんだった。




