199 暴食の王
「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?」
強烈な浄化の炎に焼かれ、絶叫を上げながら大きくのたうち回っている異形の魔族を鋭く睥睨しつつ、俺は女子たちを庇うように着地する。
『イグザ(さま)!』
すると、彼女たちは揃って俺の名を呼び、駆け寄ってきてくれた。
なので俺は「遅れてごめん」と彼女たちの方を振り返って言う。
「皆、大丈夫だったか?」
「あ、ああ、おかげで助かったぜ。見てのとおり、あたしたちは全員無事だ」
「そっか。ならよかった。それにしても皆凄いな。まるで《スペリオルアームズ》みたいだ。いや、女神さまと融合してるんだからそれ以上だぞ」
おお……、と俺が驚きながら皆の姿を見渡していると、「い、いえ、それよりも……」とマグメルが困惑したように俺を見やって言った。
「その私たちが束になっても敵わなかった彼らを、一撃で吹き飛ばしたイグザさまのその神々しいお姿は一体……」
「えっ? あ、ああ、これは対魔族戦というか、対〝汚れ〟に特化した戦闘フォームでな。俺自身が浄化の炎になる〝フェニックスフォーム〟だよ。さっきヨミと戦っている時に発動させることが出来たんだ」
「ふむ。己が根底より出でる力の全てを絶えず浄化の焔へと変質させ、留め続けることにより己自身を高密度の炎塊と成す力か。なるほど、これは驚いたな。そのような芸当、火の神である我とて容易く出来るものではない。ふふ、さすがは我が夫と言ったところか。誠に誇らしく思うぞ」
「ど、どうも……」
ザナと融合中なのでお姿は見えないのだが、恐らくは大きく胸でも張っているでろうイグニフェルさまに、俺はそう頭を下げる。
と。
「……ギ、ギギ……キュ、救世、主……救、世主……救世主ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッ!!」
――ずひゅううううううううううううううううううううううううううっっ!!
『!』
突如やつが凄まじい勢いで多数の触手を伸ばしてきて、俺は咄嗟に炎の防御壁を展開してそれらを防ぐ。
――どばああああああああああああああああああああああああああんっっ!!
そして防御壁にぶつかった触手が瞬く間に光の粒子へと浄化させれていく中、俺は冷静に考えを巡らせた。
ともあれ、まずはやつを叩くのが先決だ。
女神さまたちと融合した聖女が三人いても手を焼くような相手である。
間違いなく《八斬理》たちの中でも上位の者だろう。
問題はどのような力を持っているかだが……、と俺がやつの攻撃を防ぎながらその動向を窺っていると、ふいにザナがこう声をかけてきた。
「落ち着いて聞いてちょうだい、イグザ。あの魔族――〝ヴァロン〟はあなたがラストールで戦った〝ヴァエル王〟をもとに造られているわ」
「――っ!?」
ヴァエル王だって……っ!?
まさかの名前が出てきたことに、俺は一瞬耳を疑う。
確かやつは俺の炎で灰燼へと帰してやったはず……。
なのにどうして……、と眉根を寄せる俺の脳裏に、ふとやつの残した最期の言葉がよみがえる。
『――私ハ、マダ……アナタ、ノ……オ役……ニ……』
「!」
そうか、そういうことだったのか。
何か釈然としない幕切れだとは思っていたが、あの時からすでにヴァエル王とエリュシオンは繋がっていたのだろう。
ならばエリュシオンが魔族としてヴァエル王を再生させたのも頷ける。
つまりやつの目的は俺たちへの〝復讐〟というわけか。
でもその割には……。
「一つだけ聞かせてくれ。あいつは本当にヴァエル王で間違いないのか?」
「その答えに関しては彼自身がこう言っていたわ。今の自分は〝ヴァエルだったもの〟と、彼の持っていた〝魔物を取り込み続ける〟という欲望が合わさっただけの存在だって」
「なるほど。だからあきらかに正気じゃない上、ヨミのやつを取り込もうとしたってわけか」
「ええ、そうよ。そっちの魔族は無事だったみたいだけれど、すでに二人の魔族が彼の手によって取り込まれているわ。そしてその異能が全て彼のものになっている。〝親しい人に擬態する異能〟と、まるで〝生者のような傀儡を作り出す異能〟よ」
「〝擬態〟と〝傀儡〟か……。どちらも厄介な異能だな」
「そうね。おかげで私たちもこの有り様よ。どうやら彼の持つ《超飢餓》という異能は、術技はもちろんのこと、ありとあらゆるものを取り込み、己が糧とする力みたいね」
ただ一つ――あなたの浄化の炎を除いて、と最後に付け足したザナに、俺は「そうか、分かった」と頷く。
〝まるで生者のような傀儡を作り出す〟と言うくらいだし、恐らくは先ほどの人らしき者たちも、その取り込んだ異能によって生み出されたのだろう。
見知った顔が何人かいたのは、もう一つの〝親しい人に擬態する〟という異能の力に違いない。
挙動があきらかに人のそれではなかったので、躊躇なく焼き払ってしまったのだが、確かに普通にしていたら本人と見間違え、攻撃を躊躇してしまうことだろう。
どうりで彼女たちが手を焼くわけである。
だが、と再びやつの方を見やった俺の視線の先には、触手を引っ込め、それらの異能で生み出したであろう新たなる傀儡たちを盾にするヴァエル王の姿があった。
当然、俺を相手にしているのだ。
ならば自ずと傀儡たちの姿も決まってくる。
「やめてくれ、イグザ……。何故私を苦しめるのだ……?」
「わたしのことが嫌いなの……?」
「人の子よ、私の声が聞こえないのですか……?」
「痛いわ、イグザ……。私をいじめないで……」
――そう、何よりも大事な俺の嫁たちの姿だ。
「……っ」
「イグザさま……」
俺の胸中を察してか、悲痛そうな面持ちで声をかけてきてくれたマグメルに、俺は「大丈夫」と微笑みながら頷く。
確かにどこからどう見てもアルカたちにしか見えないし、声もそのままだ。
けれど、彼女たちからは何も感じない。
だってそうだろう?
彼女たちと俺との間にはなんの絆もありはしないのだから。
しかし俺は今も感じ続けている。
たとえここにはおらずとも、皆の身体に刻まれたフェニックスシールから流れてくるその温もりの優しさをな。
だから――。
――ごごうっ!
『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!?』
俺は彼女たちを……いや、傀儡どもを容赦なく焼き払った。
当然、アルカたちを模したであろう絶叫が広間中に響き渡る中、俺はギッと憤りに満ちた視線をやつに向け、こう声を荒らげたのだった。
「いい加減にしろよ、ヴァエル王……いや、ヴァロンッ! こんな最低の方法で皆の心を傷つけやがったてめえを、たとえまがいものだろうと俺の嫁を俺自身に焼かせたてめえを――俺は絶対に許さねえからなッッ!!」




