20 いいから黙って俺のものになれ
全身に力が漲っているのが分かった。
恐らくは変化したフェニックスローブがヒノカミさまの力を全身に行き渡らせているのであろう。
というより、やっと全身で制御が出来るようになったんだと思う。
いわばヒノカグヅチの鎧版とでも言おうか。
フェニックスローブが変換器の役割を果たし、俺の力を爆発的に高めてくれる戦闘形態への進化を可能にしたのである。
それがこの――〝スザクフォーム〟。
全身に纏う鎧と、背に生えた四枚の翼――そして翼の周りにまるで日輪のように輝く光の輪が特徴の戦闘モードである。
「あ、あなたは……」
マグメルが驚愕の表情で固まる中、俺は振り返りつつ考える。
確か少々強引にいった方がよかったんだっけか。
そういうキャラはあまり得意ではないのだが、とりあえずやってみることにしよう。
――ぐいっ。
「え、ちょ、何をするんですか!?」
「いいから一緒に来い」
俺はマグメルをお姫さま抱っこの要領で抱える。
当然、彼女は俺を睨みつけながら声を荒らげてきた。
「ど、どういうつもりですか!? 私は一人でも歩けます!? 放してください!?」
「とりあえず落ち着け。そして自分の状態をよく確認してみろ」
「えっ……?」
一瞬呆然とした後、マグメルは自分の身体を見やって言った。
「これは……疲労感がなくなっていく……?」
「そうだ。俺の力は特別製でな。本来は自分の身体を治癒するだけのものなのだが、この形態だと触れている者のダメージも回復出来るらしい」
「そんなことが……。何か術技を使っているわけでもないのに……」
驚くマグメルだが、彼女はやがてはっと思い出したように言った。
「そ、そんなことよりもう十分回復しましたから放してください!? いつまで私を抱えている気ですか!?」
「そんなのは決まっているだろう? あいつらを全部排除するまでだ」
「なっ!? こ、この状態でそんなことが出来るはずないでしょう!? ふざけているのですか!?」
「ふざけてなどいない。そのためにはお前の力が必要だ。だから俺に力を貸せ」
「ば、馬鹿なことを言わないでください!? 誰があなたなんかに――」
と。
「――いいから黙って俺の言うことを聞け! お前が必要なんだ!」
「……は、はい」
マグメルがこくりと素直に頷く。
どうしよう。
結構強く怒鳴りつけてしまったんだけど大丈夫だったかな……。
さっきからめっちゃお前呼ばわりしてるし……。
内心傷つけていないか心配する俺だったが、直後にそれがただの杞憂だったことを知ることになる。
「それであの、どうされるおつもりですか……?」
……えっ?
な、なんかキャラ変わってない!?
さっきまでツンツンしていたマグメルが急にしおらしくなったどころか、頬を朱に染め、潤んだ瞳を俺に向けてきているではないか。
え、どうしちゃったのこの人!? と困惑しつつも、今さらやめるわけにもいかず、俺は強引モードで話を続ける。
「――俺がお前を支えてやる。だからお前は最大限の力を以てやつらを殲滅しろ。出来るな?」
「は、はい……。仰せのままに……」
頷き、マグメルは俺に抱えられたまま聖杖を構える。
「穿ちなさい! 清浄なる光の牙――サンライトヴァーミリオン!」
――ずがああああああああああああああんっ!
再びマグメルの強力な術技が魔物どもを薙ぎ払っていく。
だがそこで彼女は気づいたらしい。
「体力が、減っていない……?」
「そうだ。俺がお前を支え続けている限り、お前は無限に力を振るうことが出来る。確かにお前は聖女だが、その前に一人の女だ。全てを抱え込むにはあまりにも脆すぎる。だから俺がお前の支えになってやる。その代わり、お前も俺に頼れ。聖女だからと全部一人で抱え込むな。分かったな?」
「……はい。分かりました……」
陶酔しきったような表情で頷くマグメルに、俺も少々調子に乗ってしまったらしい。
最後に俺はこう不敵に告げてしまったのだった。
「よし。なら――これからお前は俺のものだ」
◇
そうしてひとまず侵攻を食い止めることに成功した俺たちは、一度オルグレン城へと戻ることにしたのだが、
「なるほど、経緯は分かった。確かに少々強引に行くべきだと言ったのは私だし、事実それが功を奏したことも実感している」
だが、とアルカは珍しく額に青筋を浮かべて言った。
「そこまで親密な仲になれと言った覚えはないのだが……?」
「い、いや、そうなんだけどね?」
「さあ、どうぞ、イグザさま。はい、あーん」
「え、あー……んぐ……もぐもぐ」
「どうですか? 美味しいですか?」
「う、うん……」
「ふふ、それはよかったです」
そう嫋やかに笑うのは、もちろんマグメルである。
恐らくは今まで我慢していたものが一気に弾けたのだろう。
ゆえに元来の性格へと戻ってしまったのか、今となってはすっかりあまあまお姉さんになっていた。
「くっ、これはさすがに予想外だ……っ。なので癪だが前言を撤回する。こいつはもう救わなくていいから放っておけ」
「いや、そう言われても……」
「はい。私はすでにイグザさまのものになりました。もし私の存在が気に入らないというのであれば、あなたがどこかに去ればいいのではないでしょうか?」
「……ほう? 新参の妾候補如きが正妻の私に去れだと?」
「ええ。そうなれば私が正妻です。むしろそうしてくださいませ」
その瞬間、じゃきっとアルカが背の聖愴を抜く。
「よし、イグザ。今から面白いものが見られるぞ」
「ちょ、ちょっと待った!? その面白いものは前回とまるで違うものだよな!?」
「はっはっはっ、それは見てからのお楽しみというやつだ」
にんまりと笑顔のアルカだが、彼女の目がまったく笑っていないことに、俺は気づいてしまったのだった。




