192 同じ過ちは繰り返さない
「!」
――気配が変わった。
そのことに気づいた瞬間、エデンは即座に攻撃の手を止め、黄金色に輝く巨大な手のひら――〝掌〟をいくつか自分の周りに漂わせたまま聖女たちの様子を窺う。
エデンが相手をしていたのは、以前竜人の里でまみえた〝槍〟の聖女アルカディアと、〝終焉の女神〟とまで呼ばれる創世神の片割れ――フィーニスだった。
とはいえ、フィーニスは創造主であるエリュシオンに力のほとんどを奪われており、エデンにとってはアルカディア同様取るに足らない存在だったのだが、その二人がなんらかの手段で融合し、彼の前に立ちはだかっていたのである。
ゆえにエデンも額の《天眼》を解放し、完全瞑想状態でこれを迎え撃っていた。
エデンの全ての障害を弾く異能――《超拒絶》は、瞑想状態が深ければ深いほどその効力を発揮する代物だったからだ。
ばちばちっ! と投擲姿勢のままその輝きを激しくさせていく聖女たちに、エデンは「なるほど」と頷いて言った。
「我が〝掌〟の圧を突破出来ぬと知り、己が最大火力による広域殲滅へと考えを改めたか」
だが、とエデンは滞空する蓮の花の上に座し、両の瞳を閉じたまま冷淡に告げる。
「それが無益であることはすでに汝らも承知済みのはず。たとえ終焉の女神の力が交じっていようとも、我が《超拒絶》の前では全てが無意味。よもや忘れたわけではあるまい?」
「そうだな。確かに私は一度お前に敗れている。フルガさまの力を受けた我が最強の一撃を、お前は見事に弾き返してくれた」
「然り。件の〝身代わり〟とやらがなければ、今頃汝の肉体は塵芥と化していたことだろう。ゆえに我は問う。何故に同じ過ちを繰り返すのか?」
「決まっているだろう? ――〝同じ過ち〟ではないからだ」
そう薄ら笑みすら浮かべる聖女に、エデンは「度し難し」と心底辟易する。
「やはり汝らは恐るるに足りぬ。もはや問答は無用。早々に去ぬがよい。ただし汝らの行く末は玉座に在らず。永劫に続く断絶の海なり」
ぶうんっ、とエデンの周囲で控えていた〝掌〟が聖女たちの一撃を逸らすべく前方に集っていく。
「……すまないな。少しだけ我慢していてくれ。すぐに終わらせるから」
最中、聖女から聞こえてきたのは、誰かに対する謝罪の言葉だった。
恐らくはフィーニスに対して告げたものだろう。
しかし〝すぐに終わらせる〟とはまた滑稽な物言いである。
この期に及んでまだ自分たちの状況が分かってはいないらしい。
「……愚かな」
そう嘆息した瞬間、聖女の身体が一際激しく輝きを増した。
どうやら力の解放が臨界を迎えたようだ。
「ではさらばだ。すでに名すらも忘れた愚かな聖女と、そして終焉の――」
――ずばんっ!
「……ごふっ!?」
刹那、エデンの身体に今まで受けたことのない衝撃が走り、急激な視線の上昇とともにごぽりと口から血が溢れ出す。
一体何が起こったのか。
呆然と視線を下ろしたエデンの目に映ったのは、まるで内側から弾けたかのように四散した自らの胴体だった。
「……なん、だ……これ、は……っ!?」
――どばあああああああああああああああああああああああああんっっ!!
遅れて襲いきた衝撃波に身体を粉々にされながら、エデンは真っ青な顔で倒れ伏しそうになっている聖女と、それを優しく抱き止めるフィーニスの姿を目の当たりにする。
「アルカディア……っ」
「……心配ない。少し、疲れただけだ……」
そう、すでに彼女たちの攻撃は終わっていたのだ。
「……そういう、ことか……」
そしてエデンは全てを察し、自分の推測が間違っていたことを理解する。
確かに彼女たちは最大限の力を以て一撃を放った。
だがそれは別に〝火力〟が最大だったわけではない。
――〝速度〟が最大だったのだ。
エデンの反応速度すら上回るほどの超高速以て、彼女たちは一撃を叩き込んだのである。
衝撃があとからきたのが何よりの証拠だろう。
ゆえにあの聖女は言ったのだ。
――〝同じ過ちではない〟と。
「……見事、なり……聖女、アルカ、ディ……ア……」
どばあああああああああああああああああああああああああんっっ!! と激しい衝撃波に呑まれながら、エデンの意識もまた肉体同様塵芥へと変わっていったのだった。




