19 大北壁防衛戦
翌朝。
またもやアルカに頭を撫でられながら起床したのはさておき。
俺たちは早々に食事を済ませ、ギルドへと向かった。
「うおっ!? なんじゃこりゃ!?」
そしてクエストが発注されている掲示板を見て驚く。
なんと指一本分の隙間もないほどに、ぎっしりとクエスト依頼が貼りつけられていたのである。
しかも貼る場所がなかったからなのか、どんどん重ねて貼った結果、下の方の依頼書はもういつのものなのかというくらいぼろぼろになっていた。
「ふむ、受注者が少ないとは聞いていたが、よもやこれほどだったとはな」
「うん。問題はどれを受けるかだけど、ここの現状を打破するにはちまちまと魔物を倒していてもダメだと思うんだ」
「うむ、同感だ。であれば手っ取り早く〝巣〟を潰すしかあるまい。確か魔物どもは北の山から下りてきていると言っていたな?」
「ああ。つまり山のどこかにやつらの巣があるってことだ。でもそこら辺の話になると、ギルドよりもフレイルさまに直接聞いた方が早いかもしれないな」
「そうだな。であれば仕方あるまい。またあの女の小言でも聞きに行ってやるとしよう」
そう肩を竦めるアルカにふっと口元を和らげつつ、俺たちは再びオルグレン城へと向かったのだった。
◇
「昨日は本当に申し訳ありませんでした……」
そして開口一番フレイルさまが深く頭を下げてくる。
きっと城主なのにただ見ていることしか出来なかったことに責任を感じていたのだろう。
事実、昨日はあれから宿の方に遣いの方が来て、寝床は城の客間を使って欲しいと言ってくれたのだが、そこは丁重にお断りしたのである。
もちろん昨日の一件があったからとかそういうことではない。
わざわざ申し訳ないなというのもさることながら、「いや、だっていちゃいちゃするなら宿の方が絶対いいだろう?」というアルカのご意向があったのである。
何が絶対いいのかはよく分からんのだが、確かにまあ宿の方が落ち着けるからな。
そこら辺の事情を考慮したのであろう。たぶん。
「いえ、気にしないでください。アルカも気にしていないと言ってましたので」
「うむ、そのとおりだ」
俺たちの言葉でようやく安心してくれたらしい。
「ありがとうございます」
フレイルさまの顔にも柔らかさが戻っていた。
「ところで、随分城内が騒がしいようですが……」
ふと気になっていたことを問う。
マグメルの姿も見えないようだし、何かあったのだろうか。
「はい、実は先刻より魔物の侵攻が激しさを増しておりまして、マグメルも含め、防衛のため兵を総動員しているのです」
「なるほど、そうでしたか。それで状況は?」
「芳しくありません。ですので、出来ればお二方にもお力添えをお願い出来たらと」
当然、俺は即答する。
「分かりました。アルカもそれで構わないな?」
「ああ、無論だ。元より我らはそのためにここまで来たのだからな」
互いに頷き合った後、俺はフレイルさまに告げる。
「というわけで、俺たちも早速戦線に加わらせていただきます」
「ありがとうございます。町の者一同を代表して、心よりのお礼を申し上げます。どうかご無事で」
「はい」「うむ」
揃って頷き、俺たちは急ぎ大北壁へと向かったのだった。
◇
「おらあっ!」
――ずどっ!
「ギゲエッ!?」
四足歩行型の大型竜種――ヴリトラの背に刃を突き立て、俺は次の魔物へと斬りかかる。
大北壁の戦況は思った以上に深刻で、大多数の狼型魔物――ガルムのほか、ヴリトラなど大型竜種の姿まであった。
ちなみに以前俺を食ったのも、このヴリトラと同じ大型竜種の一つで、名前は忘れたが肉は意外と美味かった気がする。
「はあああああああああああっ!」
ずがんっ! とアルカがガルムをまとめて吹き飛ばす。
さすがは槍の聖女――まだまだ余裕がありそうだ。
もう一人の聖女ことマグメルはどうしているかというと、
「穿ちなさい! 清浄なる光の牙――サンライトヴァーミリオン!」
――ずがああああああああああああああんっ!
もの凄い威力の術技で大北壁の上から魔物どもを薙ぎ払っていた。
確かにあれだけの力を持っていれば、俺たちと共闘せずともなんとかなるかもしれない。
「はあ、はあ……」
だがさすがに数が多すぎる。
いくら強力な術が使えるとはいえ、俺と違って彼女はスタミナが無尽蔵ではないのだ。
遠目に見ても辛そうに肩で息をしているのが分かった。
「まずいぞ、イグザ! ワイバーンだ!」
「何っ!?」
最中、中型程度ではあったものの、飛竜タイプの竜種――ワイバーンが前線を抜け、一直線に大北壁へと向かっていった。
狙いは――そう、マグメルだ。
「くそっ!?」
慌てて彼女のもとへと大地を蹴って駆ける。
何故なら、マグメルはもう杖に体重を預けないと立っていられないくらい消耗していたからだ。
あの身体でワイバーンを撃ち落とすほどの一撃を放つのは無理だろう。
かといって逃げられる体力もすでに残ってはいまい。
「間に合え!」
俺も全力で駆けてはいるが、大北壁に着いてからあれを飛んで登るとしても、今のままでは到底間に合わないだろう。
唯一可能性があるとすれば、火の鳥化で飛ぶことである。
だがあれはその大きさゆえ、そこまでスピードが速くはない。
ならばどうする。
どうすればいい。
この状況で間に合わせるには、
より速いスピードで、
――空を翔るしかない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
――ごごうっ!
その瞬間、俺の身体を炎が包み、フェニックスローブに変化が起こった。
それはまるで鎧のように頑強で、そして大空を翔る鳥のように雄々しい変化……いや、進化だった。
「きゃあああああああああああああああああああっっ!?」
――ずしゃっ!
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「……えっ?」
だからこそ間に合わせることが出来た。
今の俺は――人のまま空を翔ていたからだ。
フェニックスローブ第二形態――〝スザクフォーム〟誕生の瞬間であった。




