180 聖女の要望
「じゃあ明日の朝迎えに来るから……」
「ええ、お願いします。アイリスもゆっくり休めよ」
「はい。お姉さまのことをどうぞよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
そう頷き、俺はフィーニスさまとアイリスを見送る。
本当は全員揃ってドワーフの里へと戻ろうと思っていたのだが、ザナが泣き疲れて眠ってしまったので、俺たちは一晩だけ泊まらせてもらうことにしたのである。
なお、ここは長の娘――エレインさんが用意してくれた空き家で、主にほかの亜人種が里を訪れた際に使っているのだとか。
ゆえに寝具などもきちんとお手入れがされており、未だ静かな寝息を立てているザナも心地がよさそうだった。
「さてと」
俺も何か飲んで寝るかと背筋を伸ばしていると、
「……ねえ、イグザ」
「おっ?」
ふいにザナの声が聞こえ、俺はゆっくりと彼女の方を振り返る。
ザナはベッドに横になったままじっとこちらを見つめており、俺はそんな彼女のいるベッド脇に腰を下ろしながら言う。
「悪い、起こしちまったか?」
「いえ、大丈夫よ。本当は結構前から起きてたから」
「お、そうなのか?」
すっかり泣き疲れて眠ってるものだとばかり思ってたんだけど……。
「ええ。その、あなたと二人きりになりたくて……」
そう恥ずかしそうに布団で顔を隠すザナに、俺は「そっか」と微笑みながらその頭を撫でてやる。
とてもさらさらの綺麗な髪の毛だ。
そういえば、最近はなかなか二人きりになれる機会もなかったからな。
こういう時くらい存分に甘えさせてあげようと思う。
「……あの魔族は、あなたが倒してくれたのよね?」
「ああ。君に手を出したことを後悔するくらいぼこぼこにしてやったから安心してくれ」
まあ後悔どころか絶望に打ちひしがれた挙げ句息の根まで止まっちまったんだけどな。
「……そう。大分遅れてしまったけれど、助けに来てくれて本当にありがとう。私、とても嬉しかったわ」
「おう。君の助けを呼ぶ声が聞こえたからな」
「そうなの?」
不思議そうな顔をするザナに、俺は「ああ」と頷いて続ける。
「ほかの皆も誰かと交戦中なのは分かったんだけど、その中でもとくに強く俺を呼ぶ声が聞こえてな。それが君だと分かって、しかも泣いてるって気づいた時にはもう俺の目の前にあのクソ野郎がいた。恐らくは何かフェニックスシールを使った移動術のようなものに目覚めたんじゃないかな。君たちをいつでも守れるようにってさ」
「ふふ、あなたは本当に優しい人ね。その前にも私の……いえ、私たちのダメージを身代わってくれていたでしょう?」
「はは、まあ無意識のうちに発動してたみたいなんだけどな。でも当然だろ? だって大切な人たちが傷つく様なんて見たくもないからな」
「そうね。あなたはそういう人だものね」
ふふっと嬉しそうに笑った後、ザナは「ねえ、イグザ」と潤んだ瞳を向けて言った。
「私ね、あの男に身体を触られたの。下着だって見られたわ。凄く、凄く気持ち悪かった」
「うん」
「だから忘れさせて欲しいの。あなたの温もりで、嫌なことを全部上書きして」
「ああ、分かったよ。なら今日は好きなだけわがままを言ってくれ。せっかくの二人きりだし、出来る限りなんでも要望に応えるからさ」
「……本当に? なんでもいいの?」
おう! と力強く頷く俺に、ザナは再度布団で顔を隠しながら言った。
「じゃあ……〝一番好き〟だって、私を〝誰よりも愛してる〟って、そう言いながらして欲しいわ」
「えっ!?」
「……ダメ、かしら?」
「え、えっと、別にダメってことはないんだけど……」
ほかの皆さんの反応が怖いというかなんというか……。
でもまああんなことがあったあとだし、それでザナの心の傷が癒えるというのであれば仕方あるまい。
〝なんでも要望に応える〟って言ったのは俺だからな。
それにそんな可愛い顔で言われたら断るに断れんわ。
「分かったよ。なら今日だけ特別だ」
俺がそう頷くと、ザナはぱあっと嬉しそうに顔を明るくさせて、俺をベッドへと誘ったのだった。
◇
一方その頃。
『――っ!?』
世界中に散らばったほかの聖女たちと一部の女神たちは、揃って不吉な予感に襲われていたのだった。
――なんかよく分からないけど、一歩出遅れている気がする!? と。




