17 杖の聖女VS槍の聖女
「……クックックッ、なるほど。どうやらこちらの聖女さまは随分と人の神経を逆撫でするのが上手いらしい」
いつも飄々とした感じのアルカには珍しく、声に怒気が孕まれていた。
確かに初対面の相手にいきなりただの汚れた女だとか言われたら、そりゃ誰だって頭にくるだろう。
やっぱり聖女ってのはどこもやべえやつばっかなんだなぁ……。
俺がそう顔を引き攣らせている間も、両者の言い合いはヒートアップしていく。
「おかしなことを言いますね。私はただ事実をありのまま述べただけです。あなたは色情に狂い、聖女の役割すら忘れて堕落した醜い女だと」
え、さっきより酷くなってない!?
てか、そこまで言う!?
すっかり置いてけぼりのフレイルさまなんか、さっきからめっちゃおろおろしてるぞ!?
「ほう? ならばお前はよほど清廉にして潔白なのであろうな?」
「当然です。私は聖女である自分に誇りを持ち、日々人々の安寧のため、その役割を全うすべく尽力しています。聖女として生まれ落ちた私の生は、全てこの世に生きる人々のためのもの。自らの快楽のために生きているあなたとは違うんです」
「なるほど。聖女は人々の希望ゆえ、自分のために生きてはならないと、お前はそう言うのだな?」
「そうです。ゆえに私はあなたを嫌悪します。わざわざオルグレンの民のために足を運んでくれたことには感謝しますが、あなたとともに戦うつもりはありません」
「そうか。分かった」
そう静かに頷くと、アルカは俺の方を振り向いてこう言った。
「――イグザ、お前に面白いものを見せてやる」
「えっ?」
俺が目を瞬かせる中、アルカは背の神槍を軽快に取り出す。
まさか戦闘を仕掛けるつもりじゃ!?
「お、おい、アルカ!?」
慌てて止めようとする俺に、アルカは前を向いたまま言った。
「いいから黙って見ていろ。きっと気に入るぞ」
「いや、そう言われても……」
「やれやれ、口で勝てないと分かるや、今度は力尽くですか。あなたは本当に野蛮な人ですね」
はあ……、とうんざりしたようにマグメルが嘆息する中、アルカはにやりと笑みを浮かべたかと思うと、
「――ふんっ」
かつんっ! と石突きで床を一度小突いた。
しばしの静寂が辺りを包み、俺も(……あれ? なんも起きないぞ?)と小首を傾げていたのだが、その瞬間は突然やってきた。
――ぶわっ!
「「「「「――っ!?」」」」」
俺やフレイルさまを含め、アルカを除くその場にいた全員の目が丸くなる。
当然だろう。
何せ、鉄壁のガードを誇っていたマグメルのロングスカートが、突如めくれ上がったのだから。
そして俺は見てしまった。
清廉潔白で男など眼中にないアピールをしていたマグメルの下着が、そこそこセクシーで可愛らしいものだったということを。
「きゃ、きゃああああああああああああああああああああっっ!?」
当然、マグメルは真っ赤な顔でスカートを押さえる。
その姿を見たアルカは、今までのお返しをするかのように不敵な顔で言った。
「おや? 杖の聖女さまは随分と布地の薄い下着をお召しになられているようだが、自らの快楽のためには生きないのではなかったのかね?」
「あ、あなた……っ」
ぎりっ、と悔しそうに唇を噛み締めるマグメルに背を向け、アルカは言う。
「さて、気も済んだし行くとしようか。そしてすまなかったな、城主よ。まあ聖女同士の挨拶だとでも思って水に流してくれ」
「は、はあ……」
「無論、魔物に関しては我々に任せてくれていい。何せ――」
――ぐいっ。
「うおっ!?」
アルカに腕を引かれる。
そして彼女は本当に心の底からそうだと確信している顔でこう告げた。
「私の愛しい婿(仮)は聖女にも勝る地上最強の男だからな。たとえこの世の全ての魔物が相手だったとしても負けはせんよ」
◇
そうして城の外へと出た途端、アルカは噴き出すように笑った。
「はっはっはっ、いや、しかし見物だったな」
「見物って……。城主さまはまだしも、向こうの聖女血管切れそうな顔してたぞ……」
玉座の間から立ち去る間際、「聖女アルカディア! あなただけは絶対に許しません! 覚えておきなさい!」とぶち切れていたマグメルを思い出し、俺は顔を引き攣らせる。
すると、アルカは少々拗ねたように頬を膨らませて言った。
「だって、あいつは私たちの仲を〝汚れている〟と言ったのだぞ? そんなの悔しいではないか」
「えっ? じゃあもしかしてそれで……」
怒ってくれたと言うのだろうか。
……やべえ、どうしよう。
なんかちょっと抱き締めたい気持ちに駆られてしまったではないか。
「あっ……」
だがそうするとアルカが調子に乗りそうなので、俺は精一杯感謝の気持ちを込めて、彼女の頭を撫でてあげた。
「ありがとな。その気持ちはとても嬉しいよ」
「……うむ」
――なでなでなでなで。
「「……」」
いや、気まずいわ!?
なんか言ってくれよ!?
ついに耐えられなくなった俺は、撫でるのを止めようとする。
だが。
「ま、待ってくれ。もう少しだけ頼む……」
「お、おう……」
アルカにそう上目を向けられ、俺はしばらくの間彼女の頭を優しく撫で続けていたのだった。




