152 急転
「フィーニスさま!」
「あら……?」
ともあれ、シヴァさんの予想通り、俺たちは件の広間にてフィーニスさまを発見する。
彼女はほのかに輝く術式の中心部で、黒人形と化した〝何か〟とともに佇んでいた。
と。
「アイリス!」
ザナが悲痛な声を上げながら駆け出す。
見れば、中央の術式からは六つの小さな術式が枝状に伸びており、それぞれ一人ずつ計六人の少女たちがその中でぐったりと地に伏していた。
「マグメル、アイリスたちを頼む!」
「ええ、分かりました! すみませんがどなたか二、三人ほどお手伝いをお願いします!」
「おう、ならあたしに任せろ!」
「うん、わたしも手伝う」
「じゃあ念のため私もあなたたちと一緒に行くわ」
「すみません、お願いします!」
マグメルとともにオフィールとティルナ、そしてシヴァさんがそれぞれ妹たちのもとへと駆けていく。
残ったのは俺とアルカ、それにエルマだった。
一応エルマの従者としてポルコさんもついてきたがっていたのだが、念には念を入れて里に残ってもらうことにしたのだ。
「ふふ、大丈夫よ……。彼女たちはただ気を失っているだけだから……」
そう微笑むフィーニスさまを、俺は訝しげに見やりながら問う。
「……つまり儀式はもう終わったということですか?」
「ええ、そう……。ほら、見てちょうだい……。この子が新しい《剣聖》よ……」
「グ、ギギ……ッ」
カクカク、とまるでマリオネットのような動きで新たな黒人形が動き始める。
今までの黒人形と微妙に性質が違うように見えるのは、やはり強引に作り出したものだからだろうか。
「ふむ、随分とおぞましいものを作ったものだな。つまりそれの元となった人間も、アイリスたち同様どこからか攫ってきたというわけか」
「ええ……。光の英雄、だったかしら……? 《剣鬼》のスキルを持つ人間よ……。でもうるさいから殺してしまったわ……」
「「「――なっ!?」」」
フィーニスさまの言葉に、俺たちは揃って驚愕の表情を浮かべる。
ならばたとえ浄化を施したところで、彼の命を救うことは叶わないだろう。
もちろん俺には《完全蘇生》があるし、生き返らせること自体は可能なのだが、それにしたって無関係の人の命がこんなにも簡単に失われるのはやはり胸が痛む。
ゆえに俺はフィーニスさまに問うた。
「……どうして彼の命を奪ったんですか? 俺に浄化させるためなら殺す必要はなかったでしょう?」
「そうね……。でもこの子は私の話を聞いてくれなかったの……。全部終わったら解放してあげるって言ってるのに、〝あの子たちには手を出すな〟ってずっとうるさかったの……」
「だから殺したと?」
「ええ、そうよ……。だって私、うるさい子は嫌いだもの……」
恐らくは〝光の英雄〟というくらいだ。
きっと優しく正しい心の持ち主だったのだろう。
まさかそれが仇となってしまうとは……。
悲痛な面持ちを浮かべていた俺たちに、それよりとフィーニスさまが小首を傾げる。
「どうしてその子にはまだ〝印〟がついていないの……?」
「えっ……?」
突如指を差され、エルマが呆然と目を瞬く。
〝印〟というのは、たぶんフェニックスシールのことだろう。
彼女を抱いていない以上、それが刻まれていないのは当然である。
そしてフェニックシールがなければ、エルマの力が俺には流れ込んでこない。
つまり〝剣〟の聖神器を手に入れても意味がないのだ。
「ねえ、どうして……? 私、早く赤ちゃんが欲しいのに……っ」
「ひっ!?」
かっと両目を見開いて問い質してくるフィーニスさまに、堪らずエルマが悲鳴を上げる。
「……?」
そんな彼女を庇うように前に出たのは、ほかでもない俺だった。
「すみません。でもこういうことには順序があるんです。あなたの希望だけで彼女の気持ちを蔑ろにすることは出来ません」
「イグザ……」
ぽっと頬を朱に染めるエルマに無言で頷き、俺は再びフィーニスさまに視線を向ける。
すると、彼女は「そう……」と一言呟いた後、再度顔に余裕を戻して言った。
「まあ、いいわ……。どっちが先でも結果は変わらないもの……。そうよね……?」
「グギ……ッ」
「「「!」」」
そう言って、フィーニスさまが俺たちに黒人形をけしかけようとしていた時のことだ。
「あら……?」
ふいに彼女の背後からぞろぞろと影が蠢いてくる。
「「「「「グルルルル……ッ」」」」」
――魔物だ。
フィーニスさまの存在に惹かれたのか、それとも新しい黒人形の気配に当てられたのかは分からないが、複数の魔物たちが突如として姿を現したのである。
なお、アイリスを含めた妹たちは、皆俺たちの後ろに連れ出し済みかつシヴァさんが防壁を張ってくれているので、とりあえず襲われる心配はないだろう。
「ふふ、あなたたちも力を貸してくれるの……?」
「グルゥ……」
ゆっくりと近づいてきた狼型の魔物――ガルムの頭をフィーニスさまが優しく撫でると、ほかの魔物たちが彼女の横に並び、俺たちに敵意を剥き出しにしてくる。
「うふふ、いい子たちね……」
そんな魔物たちの様子に嬉しそうな笑みを浮かべるフィーニスさまだったのだが、
――ずしゃっ!
「……えっ?」
「「「「「「「「――っ!?」」」」」」」」
突如としてその胸元を、背後から鋭利な物体が貫いたのだった。




