98 女神の人形
「おいおい、冗談だろ!? ――ぐうっ!?」
「い、嫌だ!? 僕は人形になんかなりたくない!? うわああああああああっ!?」
ボレイオスに続き、ほかの聖者たちも次々に神器に浸食されていく。
「くっ……」
未だ浸食されていないのは、幸か不幸か神器から手を離していたエリュシオンのみだった。
と。
「ぐっ!? ――があっ!」
――ずしゃっ!
〝槍〟の聖者――アガルタが自身の左腕ごと神器を弾き飛ばす。
その甲斐あってか、アガルタの浸食はそこで止まったようだった。
「おい、アガルタ!」
「……?」
最中、四肢から同時に浸食されていたシャンガルラがアガルタを呼びつける。
彼は必死の形相でアガルタにこう告げた。
「――さっさと俺を殺せ!」
「――っ!?」
当然、驚くアガルタにシャンガルラは声を荒らげて続ける。
「あんなやつの奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだ! 早くしろ! もう抑えが利かねえ……っ」
「くっ、悪く思うな、シャンガルラ!」
――ずどっ!
「――がっ!? わ、わりぃ……手間かけた、な……ぐふっ」
アガルタの手刀に胸を貫かれ、シャンガルラが不敵に絶命する。
「……気にするな。貴様の無念は必ず晴らしてやる」
そう厳かに鎮魂の言葉を口にするアガルタだったのだが、
――ぎゅるんっ!
「――なっ!? ぐあああああああああああああああああああああっ!?」
止まるかと思っていた浸食が逆に加速し、そのまま彼をも呑み込まんと腕を駆け上がってきたではないか。
「嘘だろ……。取り込まれちまったぞ、あいつ……」
「あれは危険。絶対に近づいちゃダメ」
女子たちも警戒を強める中、俺ははっとあることに気づき、シヴァを治療中のマグメルに声を張り上げる。
「マグメル! 今すぐ聖神器から手を離すんだ!」
「えっ?」
「早く!」
「は、はい!」
そう、聖神器も元は神器。
フィー二スさまの意志一つで分離させられるかもしれなかったからだ。
事実、古の争いではそれが原因で聖具が作られているのだ。
その可能性は十分にあるだろう。
が。
「……?」
マグメルが不思議そうに小首を傾げる。
彼女が雪の上に投げた聖神器は、とくになんの反応も示さず、今も神々しい輝きを讃えていたからだ。
一体どういうことだろうか。
マグメルを〝人形〟とやらにするつもりはないということなのか……?
俺が訝しげにその様子を窺っていると、ふいに背後から女性の笑い声が聞こえた。
――フィー二スさまだ。
彼女は俺にふふっと優しく微笑みかけながら言った。
「心配しなくても大丈夫……。彼女たちをお人形にしたりはしないから……」
「……それは、どうしてですか?」
「だって彼女たちはあなたのものでしょう……? ならいずれ私の子になる子たちだもの……」
「……でも俺と同じ〝人間〟ですよ?」
控えめに問う俺に、フィー二スさまは再度「大丈夫……」と微笑して言った。
「もうすぐ〝人〟じゃなくなるから……」
「……」
当然、それがどういう意味なのか問いたい気持ちはある。
だがもしそれでフィー二スさまの気が変わったら最悪だ。
今は気まぐれで彼女たちを見逃してくれてはいるが、聖者たち同様一度〝いらない〟となれば容赦なく殺すことだろう。
同じ聖女のシヴァですらあのように瀕死の重傷を負わされたのだ。
今はとにかく慎重に行動しなければ……。
ごくり、と俺が固唾を呑み込む中、フィー二スさまは右手を天高くかざす。
――きんっ!
すると、地面に突き刺さったままだったエリュシオンの神器が勢いよく飛んできた。
「あとはあなただけ……」
それを手にしたフィー二スさまは、悠然とエリュシオンの前に立つ。
彼女が口にしたように、すでにほかの聖者たちは皆黒いオーラに包まれ、フィー二スさまの意のままに操られる人形と化していた。
「……舐めるなよ、女神フィー二ス」
「?」
だがエリュシオンとて聖者たちのリーダー格だった男である。
ずがんっ! と衝撃波を巻き起こしながら立ち上がった彼は、手に闘気の剣を顕現させながらこう告げたのだった。
「全てが貴様の思い通りにいくと思ったら大間違いだ」




