8 武神祭で優勝してやる!
「おお、凄い……」
レイアさんには少々びっくりしたものの、俺は店内に飾られていた武器の数々に瞳を輝かせていた。
長剣だけでも両刃と片刃で数種類のものがある上、槍や斧、さらにはアダマンティアでも叩き斬るのかというくらい巨大な剣まで立てかけられているではないか。
ただ防具の類は一切見当たらないので、どうやらここは武器専門店のようだ。
てか、これどうやって振るんだろう……。
俺が大剣を見ながらそんなことを考えていると、フィオちゃんが声をかけてきた。
「大きな剣ですよね。昔、お父さんが打ったんです」
「へえ、そうなんだ。でもこんな重そうなものを振れる人がいるのかい?」
「えへへ、どうでしょう。お父さんはお店のシンボルだからいいんだって言ってましたけど」
そう嬉しそうに語るフィオちゃんに、俺の顔も綻ぶ。
すると、カウンターで暇そうにしていたレイアさんがこう尋ねてきた。
「で、あんたは旅人かい?」
「あ、はい。俺はイグザっていいます。何か自分に合う武器を探してたんですけど、どこもお店がしまってたもので……」
「まあそりゃそうだろうね。今は〝武神祭〟の真っ最中なんだ。どこも客なんかにゃ構ってられないだろうさ」
「武神祭?」
小首を傾げる俺に、レイアさんは驚いたように言った。
「なんだ、あんた知らずにこの町に来たのかい?」
「え、ええ、まあ……」
「武神祭ってのはね、二年に一度、レオリニア中の武具店の中から、最高の武器職人を決める大会のことだよ」
「へえ、だからこんなに賑わっていたんですね」
そりゃ皆店を閉めてまで最高の武器作りに勤しむわけだ。
「そうさ。ただ武神祭は単に武器を作ればいいってものじゃあない。あたしたち鍛冶師が作った武器を、組んだ冒険者が使うことではじめて成立するお祭りさ」
「なるほど。町中に血の気の多そうな人がやたらといたのはそのためだったんですね」
「ああ。名を上げたい冒険者たちが、各武具店から選ばれようと躍起になってるんだろうさ。この時期は因縁をつけてくるやつらも多いから、外に出る時はせいぜい気をつけるんだね」
「わ、分かりました……」
どうやらまったり戦闘スタイルを研究するには、あまりいいタイミングではなかったらしい。
ならどうしたものか。
うーん、と腕を組みながら悩んでいた俺だったが、ふと気になったことがあり、それをレイアさんに尋ねる。
「そういえば、レイアさんのお店も参加されるんですか?」
「いや、あたしは……」
と。
――からんっ。
「――邪魔するぜ。レイアはいるか?」
突如がらの悪そうな男たちが店内に姿を現す。
その瞬間、レイアさんが庇うようにフィオちゃんを自分の後ろに隠した。
「しかし相変わらずしけた店だなぁ。ラフラの時とは大違いだぜ」
「はっ、嫌味を言うために来たんなら帰りな。大体、客足を遠退かせてるのはあんたたちの仕業だろ?」
「さあて、なんのことかな。それよりそろそろ考えは変わったか?」
「何度言われても無駄だよ。あたしは武神祭には参加しない。あんな血生臭いものになんか、絶対に参加してやるもんか」
「はあ……。気が強いのは結構だが、家賃の方は大分溜まってるそうじゃねえか」
「そ、それは……」
「どうせもうじき潰れる店なんだ。だったら元町一番の武器屋として、最後くらい華々しく散るのが一興ってもんだろうよ」
「くっ……」
「それにあんたなら――」
ぐいっ、と男の一人がレイアさんの腕を掴む。
「うっ!?」
「お母さん!?」
「稼ぎ方はたくさんあるだろうしな。なんなら今夜にでも俺のところでぶわっ!?」
「「「「「――っ!?」」」」」
その瞬間、男の身体が炎に包まれる。
もちろんやったのは俺だ。
カヤさんたちに触られた時は危害を加えるようなことはなかったが、どうやら俺が明確な攻撃の意志を持つと熱量が増えるらしい。
しかも火の鳥化せずとも火属性攻撃が放てるようだ。
「い、いきなり何しやがる!?」
当然、ちょっと脅かす程度の威力だったので、男もぴんぴんしていた。
まあ本音を言えば丸焼きにしてやりたかったんだけどな。
「悪い。なんかもの凄く不快だったんで、つい手が出ちまった」
「ふ、ふざけんな!? 俺にこんなことをしてただで済むと思うなよ!?」
なんかその台詞、前にも聞いたなぁ……。
俺が一人既視感を覚えていると、男はほかの男たちに肩を貸してもらいながら、最後にこう捨て台詞を吐いて去っていった。
「絶対にこの店を潰してやるからな! 覚悟しておけ、レイア!」
「はっ、おととい来やがれってんだ!」
そしてレイアさんもまた、負けじと言い返していたのだった。
逞しいなぁ……。
◇
「巻き込んじまって悪かったね」
男たちが去った後、レイアさんは俺にそう頭を下げてきた。
「いえ、俺も勝手なことをしてすみません」
なので、俺も自分の行動を反省する。
たとえ今は追い返すことが出来たとしても、この町であいつらとの関わり合いがある以上、後ほど被害を被るのは彼女たちなのだ。
やっぱり軽率だったかな……、と顔色を曇らせる俺に、レイアさんは気にするなと笑ってくれた。
「いやいや、あんたのおかげであたしもスッキリしたんだ。顔を上げておくれよ」
「そう言ってもらえると助かります。それでその、出来れば事情を聞けたらなと……」
「そうだね。あんたには話しておいてもいいかもしれない。といっても、別に大したことでもないんだけどね。それでもよければ聞いてくれるかい?」
「もちろんです」
俺が頷くと、レイアさんは「ありがとう」と事情を話し始めてくれた。
「一年前に死んだうちの旦那は、この町一番の鍛冶師でね。武神祭でも幾度となく優勝してきたんだ。まあだからこそ、色々なやつらに恨みを買っちまったんだろうね。死んだとは言ったが、実際には殺されたようなもんさ」
「殺された……?」
「……っ」
フィオちゃんがぎゅっと堪えるようにエプロンを握る中、レイアさんは頷く。
「ああ。突然死だとは言うけど、あたしは殺されたと思ってる。何せ、武神祭で優勝が決まった直後の話だからね。しかも旦那が死んでから、連日のようにあいつらが押し寄せる始末だ。大方、負けたのがよっぽど悔しかったんだろうね」
「なるほど。つまりさっきのやつらは別の武具店の関係者ってことですね?」
「ああ、そうさ。それで今度こそ完膚なきまでにうちを叩き潰したいのか、しつこく参加しろと脅してきてるってわけさ。まあどのみちそんな気はさらさらないんだけどね」
「それは、やっぱり旦那さんの件があったからですか……?」
俺が控えめに尋ねると、レイアさんは肩を竦めて言った。
「いや、それもあるけどさ、旦那が生前言ってたんだ。鍛冶師ってのは、誰かを守るために槌を振るんだって。だからあたしは武神祭には参加しない。癪だが、あたしの技量は旦那には及ばないからね。中途半端な武器を拵えて負ければ、今度こそ旦那の名は地に落ちちまう。店は潰れてもまた始めればいいだろうけど、名声まではそうはいかない。あたしは旦那を、このまま町一番の鍛冶師でいさせてあげたいんだよ」
「レイアさん……」
つまりこのままだと武神祭に出ようが出まいが、店が潰れることは確定しているわけだ。
かといって、出たとしても勝てる見込みはなく、旦那さんの評判を落とすだけになってしまう。
そうなるくらいなら、このまま何もしないで耐えようというのがレイアさんの判断なわけだが、そこで俺はふと思う。
――要は俺がレイアさんの武器で優勝すればいいのではなかろうか? と。
問題はほかにもあるけれど、事態を解決するにはとりあえず優勝するのが手っ取り早いはずだ。
俺には《不死鳥》のスキルもあるし、勝てる可能性は十分あると思う。
というわけで、俺は迷わず提案した。
「――分かりました。なら俺が必ず武神祭で優勝します。だから俺に――あなたたちを守れる最高の武器を打ってください」
「「えっ?」」
当然、二人は驚いたように目を丸くしていたのだった。




