8.球技大会
期末試験が終わった。あとは終業式があるだけだ。まともな授業はない。ただ授業はないが球技大会はある。しかも2日連続で。カラクリは試験の採点と評定評価の時間を稼ぐためのイベントだ。
球技大会なのに、100m走とか円盤投げとか高跳びとかがあるのはおかしいだろう。剣道や柔道も球技じゃないだろうが。そしてクラス対抗でもない。なのに球技大会に参加していないと体育の評点が5割カットというのは無茶だろう。うちの高校はだいじょうぶか。
単純に言えば、部活動を一日中しているだけだ。部活をしていないやつはどうしているかと言えば、自分たちの教室で既に提示されている夏休みの宿題に取り掛かっている。球技大会というのは名目だけで、自習と言ったほうが早い。だが体育の授業にカウントしているのが割と無茶だ。
俺はどうしているかと言えば、当然天体観測だ。昼間だし晴れているとはいえ見えるのは1等星だけだ。ただそれでも観察用望遠鏡で見つけるのはかなり大変だ。うちの高校には口径150mmの天体望遠鏡がある。初心者が多いこともあるので経緯台式だが。空が明るいと恒星を追うのは難しい。曇りだと絶望的だ。
俺は拓郎と二人、太陽を見たり、恒星を見つけたりしながら、適当に遊んでいた。
「夏休み予定はある、直也。」
「あるわけないだろう。いやある。バイトだ。バイト三昧だな。がっつり稼ぐ大チャンスだからな。」
「それつまらなくない。」
「いや、俺にとっては大事なことだぜ。いまのバイト以外にも短期で色々する予定にしている。」
「でも、聞きたかったのは、そういう予定じゃなくて、お出かけの予定だよ。香織とは最近どうなんだい。」
「顔すら会わしていないぞ。」
「そんなことしていると振られるよ。」
「振られるもなにも、なんの関係もないぞ、キョンシーとは。」
「またまた、キョンシーなんて綽名で呼んでいるのかい、直也。仲良くなっているんだね。」
どこをどう聞いたらそういう誤解が出来るんだよ。しかもキョンシーって意味知っているのか。それが綽名だったら嫌がらせじゃないか。
「とりあえず、俺は矢野とはなんの関係もないからな、拓郎」
「はいはい、わかったよ。じゃあ、これからだね。早く僕たちと同じようになってね。」
おまえと遥香と同じようにじゃねえ。おまえ達は毎日ふたりで登下校しているだろうが。俺にはそんな未来の青写真はない。
「遥香とは、海に行きたいねって言っているんだ。当然ついてきてくれるよね、直也。」
俺の言葉を聞けえ。ついでに胸の叫びも聞けえ。
「いいかげんにしてくれ。もうだいじょうぶだろう、拓郎。遥香とは話も出来るし、弁当を交換して一緒に食べることも出来ている。お出かけなんか、なんてことないだろう。」
「いやあ、この間に映画に行ったので精一杯だよ。」
行っているじゃねえか。映画行けたんなら十分だろうが。
「映画って、上映中、会話は必要ないだろう。終わったあとも映画の内容の話が出来るじゃないか。話題に困ることはなかったんだよね。でもそういうのがなかったら話に困るんだよね。」
知るか。話なんか天気でもなんでもいいじゃねえか。俺を巻き込むな。
「それに海なんか大変だろう。テント張ったり、火を起こしたりさ。」
それはキャンプだ。おまえは海で何をするんだ。無人島にでも漂着するのかよ。
「おぼれたりしたら大変じゃないか。僕も遥香も泳ぎは得意じゃないんだ。」
だったらなんで海に行こうとするんだよ。足の届く公営プールでも行けよ。
「やっぱり海じゃないと、感じがでないじゃないか。夕日のなかで浜辺を歩いたりさ。待てぇ、って追いかけてみたりさ。ロマンチックだと思わない、直也。」
おまえは乙女かよ。というか、それは遥香の夢じゃないのか。ベタなシチュエーションだな。それに、それなら泳ぐ必要ねえだろ。
「でも彼女の水着は見たいじゃないか。」
拓郎、立派な高校生だな。青春だな。勝手にしてくれ。
「だから頼むよ。」
「ロマンじゃ、飯は食えねえよ。俺はバイトする。」
「つれないなあ。友達だろ、直也。」
俺の弱いところを突いてくる。
俺の友達は拓郎しかいない。主にというか、言葉を飾る必要もないが、俺が原因だ。というか、友達を作ろうとしていない俺に問題があるだけだろう。それで友達がいないという悩みに対する答えが出てくるわけもねえだろう。実際のところ、いまは人間関係が煩わしいと思っているんだから、これでちょうどいいくらいだろう。ただ人寂しいのも事実だ。
「わかったよ。ただし予め日程は言っておいてくれ。いきなり言われても無理だからな。」
「それは分かっているよ。じゃあ、遥香と相談しておくから、直也は香織と相談していておいてね。」
「なんで、そこに矢野が出てくるんだよ。」
「え、当然じゃないか。4人で行くんだし、香織の彼氏は直也だろ。」
「俺は矢野の彼氏でもなんでもねえ。勝手に彼氏にするんじゃねえ。」
「まあ、なんでもいいけど、香織視点では彼氏だからいいんじゃない。」
「なんでそうなるんだよ。」
「だって、顔を会わしていないって言ったけどさ、試験勉強を図書館で香織としていたんだろ。お昼ごはんを食べさせてあげて添い寝してさ。そのうえにバイト先で奢ってあげたりもしたんだろう。遥香が香織から聞いたって言っていたよ。」
あの野郎、どういうホラ話をばら撒いているんだよ。どんだけ脚色したら気がすむんだよ。たしかにバーガーとポテトを奢ったのは事実だが。俺にしたら口止め料のつもりだった。
「おまえとは認識を一致させないとだめだな、拓郎。」
俺は拓郎とじっくり話をする必要を感じていた。だがその時に無情にも授業終了のチャイムが鳴った。
「終わりだよ。僕は遥香と帰るから、あと頼むね。また明日バイバイ、直也。」
脱兎の如く拓郎は消えていった。お前、逃げ足は速いよな。溜息をついた俺は望遠鏡を片付けていった。交代で片づける約束なので、拓郎が帰ったことに文句はない。戸締りも確認して鍵を職員室まで返却しに行った。
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