7.試験勉強
時は立つのは早い。期末試験が迫ってきている。一週間前から部活動も中止となっている。
だが最近になって俺はバイトを始めている。全国展開しているファーストフードだ。朝の開店から登校までと、夕方から夜までだ。毎日ではないが、割とシフトに入っている。なので勉強する時間は十分とは言えない。
バイトをしないと自由になる金がない。住んでいる部屋の家賃も何時まで出してくれるか分からん。というより、出してもらうのは嫌だ。世話になりたくねえ。自立というのは経済的に独立して達成されるもんだろう。精神的にはもう自立しているからいい。
「いらっしゃいませ。」
「こちらに見やすいメニューがございます。」
「現在のお勧めは季節の限定商品でございます。」
仕事はマニュアルがあるから、その通りにすればいい。時々アドリブが必要だが、そんなものは場数を踏んだらなんてことなくなる。バイトが終わったら、家に帰って風呂に入って勉強を少ししてから寝る。朝起きたらバイトだ。
さすがに土日は一日中バイトしているわけでもないので、勉強する時間がそれなりに取れる。そろそろ暑くなってきていたし、調べたいこともあったのでクーラーの効いた図書館で俺は勉強しようとしていた。そこに香織が居たのは偶然だが。
「勉強なの、直也くん。」
微妙に弾んだ声で香織が話しかけてくる。
「そうだ。じゃ、お互い頑張らんとな。」
俺は軽く躱して、自習用の机に座って勉強を開始する。集中力には自信がある。隣に俺に相手をしてもらえなかった断末魔が居ようが、俺に危害が加わらない限り脇目も振らずに没頭することが出来る。
赤点なんかとって夏休みに補習とかになるのは御免だ。バイトに集中出来なくなる。あとは成績優秀でなければ授業料免除や奨学金が継続されない。腹の立つ親に余計に金を出してもらうことなど御免だからな。今の俺は家賃と生活費を稼ぐ必要がある。学費が免除で奨学金が貰えていることは最低必要条件だ。
昼になると断末魔が餓鬼となり俺の服の袖を掴んで離さなかった。このままでは喰われてしまう。しかたなく蘇ったゾンビと飯を喰う。弁当じゃない。ラーメンだ。なぜかゾンビは俺の左隣に座って口を開けて待っていやがる。何か眼に見えない音波攻撃をしてきているようだ。熱いまま放り込んだら火傷するから、少し冷ましてからゾンビの口に運ぶ。ゾンビはうまうまと喰っていた。俺は親鳥じゃねえ。
午後になると幸せそうなゾンビは俺の隣で寝ていた。俺の肩にゾンビの頭が乗ってきている。俺の左腕は掴まれている。起きろ。お前は勉強しに来たんだろうが。
「勉強、教えて♥」
委員長、お前、頭良かっただろうが。俺の邪魔するんじゃねえ。泣くんじゃねえ。
「勉強、教えて♥」
エンドレスになる。
結局、腹が満ちたゾンビは俺の腕に指の跡形を付けながら午睡を楽しんでいた。逃げることも出来ない俺は不覚にも寝顔が可愛いと思ってしまった。精神修養が不足している。
バイトに行かなければならない俺は、適当なところで無理矢理ゾンビを振り切って図書館を出た。だがゾンビは後ろから付いてきた。バイト先までついて来るんじゃねえ。飛び跳ねるお前はキョンシーか。日光にあたっても溶けないとはしぶとい。
「いらっしゃいませ。」
「バーガーとポテトと直也くんのセット。」
「お客様、俺は売り物ではありません。」
「じゃあ、テーブルで待っているから持ってきてね。」
人の言うことを聞かないキョンシーは隅のテーブルに陣取っていた。
俺は仕方なくテーブルまで運ぶことになった。
「お待たせいたしました。食べたら帰ってくれ。」
「ひどい、直也くん。図書館で、わたしの寝顔を見ていたくせに。」
「なんの関係があるんだ。」
たまたま暇な時間だから許されたことだが、混んでいたら怒声が飛んでいただろう。香織は食べながら試験勉強をしていた。
「俺のバイト上がりは夜だから、適当なところで帰れよ。」
そばを通りがかったときに声を掛けておいた。放っておくといつまでも居そうだったから。
「そうなんだ。」
明らかに気落ちした様子の香織は夕方が近付くと妖気をまとって、とぼとぼと歩いて帰っていった。キョンシーのせいで店の運気は明らかに落ちた気がする。その日の客足はいまいちだった。
「彼女さん、可愛いね。」
そのうえ大学生のバイト姉さんにからかわれた。
「違いますよ。単なる顔見知りの同級生です。」
「またまた。あんな熱い雰囲気をしていたのに。彼女さん帰るときは、どんよりと落ち込んでいたしね。」
「そうそう、そうよ。大事にしてあげなきゃ。」
バイト姉さん達は、かしましい。そして恋バナが大好きだ。俺はさんざん弄られる羽目になった。
この日以来、キョンシーと出会うことを恐れた俺は図書館には行かなくなった。
俺は考えを変えた。なにも学校とは別に勉強時間を取る必要はない。授業時間中に、試験勉強の内職をすればよい。現国なら現国、英語なら英語の勉強をしているので、教師も文句は言わない。当てられてもちゃんと答えていれば問題もない。俺は、勉強は学校だけでするようにした。昼休みも当然だ。パンを片手に自分の教室に籠って勉強している俺に近づくやつはいない。おかげでバイトも睡眠時間も十分だ。ゾンビかキョンシーか何かが図書館周辺を徘徊していても俺の知ったことではない。
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