5.お弁当
仲直り?をした俺たちだが状況はかわらない。一緒に過ごす時間がないのだ。いや一緒に過ごす必要は一切ない。だが遥香と拓郎は一緒に過ごしたいらしい。
二人で過ごしたらいいじゃないか。そう言ったら俺と香織がいないと無理だと仰る。二人ともチャット機能で会話しまくっているだろうが。二人だけだと緊張するだと、一生、チャット機能で会話していろ。
家の方角は違うから、通学経路は別だ。
部活での接点もない。遥香は家庭科部、俺と拓郎は理科部、香織はなんとバスケ部だった。
毎週毎週神経をすり減らすデートをするのも無理がある。ほんと、だれ得なんだよ。
そもそも香織は土日も練習や試合もあるから、そうそう出掛ける時間もない。
この間はたまたまの休みの日曜日だったんだ。
なのに恋人達のために動物園デートを設定したんだ。
その次の日曜日、香織自身は楽しかったのか。
電話をすると言っていたが香織は掛けてきていない。
まああれで掛けてくるのなら心臓に毛が生えている猛者だろう。
俺もかけ直す必要もなかったので、ほっとしている。
昼飯の時間に俺は購買に向かっていた。
眼の前に唐突に弁当が突きつけられた。
「作った。食べる。」
会話というレベルではないだろう。単語で通告しているだけだ。しかも視線は合っていない。恐怖だ。
「付いてくる。」
俺は香織に連行された。
家庭科部の部室には拓郎と遥香が待っていた。
「やあ、来たね。」
「来たねじゃねえよ。」
俺が座ると香織が隣に座った。
「なんで弁当くわなきゃならねえんだよ。」
香織が座ったまま黙って涙を流し始めた。おまえは涙を流す人形かよ。
「悪かった。弁当を食べさせて下さい。」
香織様の涙が止まった。
なあ、弁当ひとつしかないんだけど。
「はんぶんこ。二つ作る。恥ずかしかった。お母さんに何て言えばわからなかったから。」
なあ、香織様。なんで弁当作ったの。なんで俺に喰わそうとしているの。ひょっとして毒でも盛ったの。その気持ちは分かるけど、俺は食べたくないよ。
最後の、俺は食べたくないよ、だけ頭から漏れていた。
香織様の涙が再開して滝になっていた。
毒を盛る~、最初からもう1回言って言い訳してみた。
涙の滝は洪水になった。収拾不能だった。
拓郎は黙って遥香手製の弁当を食べていた。
何か言ってくれよ。
遥香は拓郎と二人の世界に旅立っていた。
俺は仕方なく、弁当を無理やり香織様の口に放りこんでいった。
香織様は抵抗することなく、泣きながら最後まで食べた。
「わたしのお弁当、毒なんか入ってないからね。」
証明するために食べきったんかよ。
俺は昼飯抜きになった。まあ昼飯くらい喰わんでも死なんだろうがな。
「あしたも作ってくる。」
俺には死刑宣告のように聞こえた。
今日の弁当には毒は入ってなかっただろう。
でも明日の弁当にはきっと入ってそうだ。自業自得だが。
今日は帰るのが遅くなった。まあそういう日もあるだろう。
俺は早く家に帰って飯喰って風呂入って寝ようと考えていた。
校門に向かって急ぎ足で歩いていた。
通り掛かった体育館に電気がついていたのが唐突に消えた。
誰かが出てくる。出てきた人物が表の扉の鍵を閉める音がする。香織様だった。
「よう、気を付けてな。」
香織様が顔を歪めて涙を流しながら俺を見つめている。怖い人形だよ。
「家まで送らせてください。」
涙が止まった。涙のon-offスイッチがついているのかよ。
香織様の右手が出された。俺の鞄を持たせてみた。鞄はそのまま地面に落ちた。
涙が滝で再開だった。
いや、分かっていたよ。でも試してみたかったんだよ。どういう反応をするか。
予測どおりだったけどな。
香織様の鞄を持たせて頂き、手を繋いだ。
鍵を職員室に返してから家路につく。
俺たちの間では会話は一切ない。香織様は泣き止んでいる。香織様の顔が心なしか幸せそうだ。
俺は視力検査を受けたほうがいいだろう。それとも受けるのは脳みその検査の方が良いかも知れんのかな。
次の日、家庭科部の机のうえには弁当が二つあった。
遥香と拓郎は何処か別の場所で食べているらしい。さすがに昨日の件があって懲りたんだろうな。だが部員でもない俺たち二人がここで飯を喰っていいのだろうかな。
俺は目線で説明を求めた。
「帰るのが遅くなったら通りすがりの顔見知りの同級生が家まで送ってくれた。だから、お礼にお弁当を作るってお母さんに説明した。」
顔見知りの同級生は黙って弁当を喰った。意外と旨かった。お礼を言ったら言われた。
「お母さんに伝えておく。時間が足りなかったから、一つはお母さんが作ってくれた。」
「わたしが作ったお弁当は、わたしが食べた。直也くんは、わたしのお弁当は食べてくれなかった。」
お前は何も言わなかっただろうが。大きさも包み方も一緒の弁当から香織様お手製の弁当を見分けられるか。そもそも、普通は作り手が違うとか思わんだろうが。
「その気があれば見分けられる。」
俺は超能力者じゃねえ。
「あしたも作ってくる。直也くんが見分けられるようになるまで毎日作ってくる。」
毎日片方の弁当は母親謹製なのかよ。お前の母親は娘の顔見知りの同級生のために弁当作る趣味などないだろう。何を考えているんだよ、香織様は。
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