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【行きつく先は】  作者: 野山 佳宏
番外編
43/43

香織の看病

香織を看病するのか、香織に看病されるのか・・・

「な~。お~。や~。」

高熱で混濁していた俺の意識がわずかに覚醒する。

遠くから香織の低い声が響いてくる。

その声がだんだん近づいてくる。

まるで死者をも蘇らせる地獄からの声のようだ。

だが響きからして距離が0になったら口撃が始まるだろう。

それで、わずかに残っている俺のライフポイントは全て刈り取られるのではないだろうか。

人生の最期が、こんな形で訪れるとは思ってもみなかったよ。

無意識のうちに、言葉になっていたらしい。

「本当に最期にしてあげようか?」

怒り泣き顔の香織が、俺の顔を覗き込みながら言ってきた。

香織の右手には銀色に鈍く光る卸包丁が握られていた。


「これは何よ!」

香織の左手には携帯があった。

画面にはメッセージが表示されていた

>助けて下さい。お義母さん。

俺が送ったメッセージだ。

「これはどういう意味なの。くわしく説明して頂戴。」

香織は激怒モードだ。

しかし俺は聞きたい。

なんでお前がお義母さんの携帯を持っているんだ。

だが、ここで選択肢を間違えると、ゲームオーバーだ。

残機ゼロ、コンティニューは出来ない。

卸包丁で俺の魂は、地獄へ速やかに葬送されるだろう。




ことの発端は、温泉旅館から帰ってきてから、香織が風邪をひいたことだ。

露天風呂で遊んでいたのが、悪かったのかも知れない。

エステが終わったあとも、もう一戦したからな。

だが、なにがどうあれ香織の調子が悪くなったのは事実だ。


「直也、香織ちゃん風邪ひいたみたい。」

「お世話して欲しいなあ♥」

こんな時にも可愛さを忘れない香織は、言葉の選択も可愛さが基準だ。

そんな香織にメロメロの俺は二つ返事でお世話を請け負った。


かくして、彼女の看病という大義名分を得た俺は3日間学校を休むことになった。

実際には3日もいらなかったと思う。

風邪と言っても、微熱で食欲も旺盛だった。

休みと言いながら、香織は録画して溜めていたバスケの試合記録を細かくチェックしていた。

鬼コーチは、きたる選手権に備えて戦術の組み合わせに余念がなかった。

初日はともかく、あとの2日は単なる作戦会議だっただろう。

だがその3日間、俺はひたすら香織の要求に応じていた。


「香織ちゃん、お昼はマルゲリータがいいな。」

俺はレンジで手早く発酵させて、ほんのりとした甘みがあるモチっとしたピザ生地を手作りした。

「直也、おやつにはプリンが食べたいな。」

俺は材料を買ってきて、レンジでなめらか食感のプリンを手作りした。

「肩が凝ったみたい。マッサージして。」

画面を見続けて疲れた香織の要求に応じてマッサージをした。

別のところも、遠慮なくたっぷりとマッサージしたが、喘ぎ声をあげて喜んで満足してくれた。

そのあと疲れた香織は、俺に抱きついて眠りに落ちていた。


お風呂タイムには、香織は完全なお姫さまだった。

「抱っこ♥」

俺はお姫さま抱っこで、浴室に香織を運び込んだ。

「流して♥」

俺はバスチェアに座る香織の髪をシャンプーしてコンディショナーして、トリートメントした。

「洗って♥」

俺はお姫さまをくまなく綺麗に洗った。

途中で、二度ほど、お姫さまが口から泡を吹いて痙攣していた理由はわからん。

「幸せ♥」

湯船で向かい合って密着していると、香織は蕩ける笑顔だった。

ベッドでも、お姫さまは、更に満足するまでとことん我が儘だった。

病気で休んでいるのに体力を消耗してどうするんだよ。

「寝てばっかりだったら、直也の身体が鈍るでしょ?」

俺が理由なんかよ⁉

姫様に振り回された意味不明な3日間だった。

ただ香織姫はこれ以上ないほど御喜びであった。


「もう大丈夫だろう。明日からは学校に行けるだろう。」

3日目の夜に俺が言うと、香織は名残惜しそうに言っていた。

「そうね。なんとなく物足りないけど、またの機会にするわね。」

それ、どういう意味なんだ。

お前は、風邪で休んでいたんだろう。

だが、ともあれ香織の看病は終わった。


しかし、翌朝になると、こんどは俺の体調がおかしかった。

足に力が入らず、立ち上がれなかった。

頭もクラクラして、目が回った。

熱を測ると40度だった。

数字を見た時は、何度も見直した。

記憶にある限り、初めて見る数字だった。

俺が呆然としていたら、横から笑顔の悪魔が囁いていた。

「まあ、大変。」

「看病が必要だわ。」

「美味しい御飯が重要アイテムよね。」

まずい、このままでは、再起不能になるという、伝説の粥が出現する。

あれは、伝説のままでないと駄目だ、現実世界に存在してはならない物体だ。

香織に看病されたのでは、あの世に旅立つことになる。

もうろうとする意識の中で、俺は最後の力と気力で連絡した。

>助けて下さい。お義母さん。


その後に、熱でブラックアウトした俺は何がどうなったかは分からない。

だが、香織が見せてきている画面は、お義母さんの携帯だから、お義母さんが来てくれたんだろう。

般若の香織の後ろに、救世主のお義母さんが見える。

これで助かった。

伝説の凶器の出現は阻止されたんだ。

安心した俺は、般若の問いかけに返答することなく、再度意識を手放しかけた。


だが般若様は、甘くはなかった。

笑顔で現実から逃避を図ろうとした俺を、乱暴に揺すってきた。

俺が抵抗していると、般若様が呟やいた。

「海の底にも都はあるわよね。来世も一緒よ、直也。」

手に握られた鈍く光る卸包丁が俺に近付いていた。


般若様の腕は、救世主に押さえられていたが、バーサーカーのパワーは侮れない。

このままではお義母さんが危機に陥る。

般若様を犯罪者にするわけにもいかない。

さっきよりは、怠さがマシになっていた俺は、何とか起きた。

怠さがマシになっていた理由は香織が教えてくれた。

「熱が少し下がっているからね、直也。」

「お薬をのませたしね。」

俺は薬をのんだ記憶にないのだが。

「口移しでのませたの。」

なに、それは残念だ。

俺の意識がない間に、そんなイベントがあったとは実に残念だ。

なんだかんだと言って、俺は可愛い香織が大好きだ。

口移しなんて、なかなかないシチュエーションだろう。

だが、俺は心配になった。

「お前に、風邪が移ったら大変じゃないか。」

「そうなったら、またお世話してね❤」

この数日間を繰り返すのか、香織様よ。


何はともあれ、お義母さんが来てくれたことで、俺は真っ当な看病を受けることができた。

順調に元気になれると心から安堵した。

だが、隙を突かれて、香織様特製の病人用の粥を完成されてしまった。

ちなみに、一口食べたが、人生で経験したことのある如何なる味覚とも一致しない、独創性に溢れた最終兵器だった。

誤字脱字、文脈不整合等があれば御指摘下さい。

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