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【行きつく先は】  作者: 野山 佳宏
番外編
42/43

念願のデート

「直也、デート。」

少し涙目で、手の平を右頬につけて、首を傾げた香織が俺に言ってきた。

「デートしたい。」

伏せ眼が基本で、ちらっと視線をあげて俺と視線が合ったらすぐにそらす。

可愛い女の子を演じている女優の香織様だった。

まあ実際に香織は可愛いのでパワーアップしても俺的には問題ない。


いつぞやに、うやむやになった外出デートは未だに果たされていない。

バスケの選手権の練習や予選もあったりして、ゆっくり時間を取ることも出来なかったのも原因だ。

だが一番の理由は俺が疲れもあって放置していたことだ。

香織は俺がデートに連れて行ってくれるのを大人しく待っていたのだ。

だが一向に連れていってくれない俺に痺れを切らしてきたわけだ。


香織は最近可愛さを追求するようになっている。

学校で綺麗になったねと言われるようになって密かに自信を付けている。

更に自分磨きに力を入れるようになり付加価値を求めるようになった。

マネージャーという強力な助言者によって、可愛さこそ正義という、間違ってはいないが、すこし突き進む方向としてはどうかと思う道に香織は嵌っている。

洋服しかりアクセサリーしかりメイクしかり、すべて可愛さが基本になってきている。

だが努力の結果、学校で香織は綺麗で可愛いというマスコット的地位を獲得しているらしい。

その香織が俺にデートのおねだりをしてきた。

もちろん香織に惚れている俺はいちころだ。

可愛い香織を抱きしめてキスをして美味しく頂いた。

「もう、そうじゃない。いやそれもいいけど、わたしがして欲しいのはデート。」

満足しながらも香織は自分の希望が叶えられていないことに不満がある。


俺も香織の言っていることは理解しているつもりのなので真剣に考えた。

だがデートをするとして、今の時期に海岸で追いかけっこして水遊びをしていたら、季節外れのキチガイになりかねん。

冷たい眼で見られるだけならともかく、入水自殺かと警察に通報される危険性もある。

紅葉の季節も過ぎた山に登るとなると、耐寒登山でハーケンやザイルなど冬山装備が必要だ。

ハイキングを通り過ごして、8000m級への挑戦になる。

スキューバダイビングもいきなりだし、屋外プールなど営業しているわけもない。

スケートなんかどうだろうか、あるいはウインタースポーツとしてボードとかもいいんじゃないだろうか。

「怪我したらどうするの。それにスポーツがしたいわけじゃないの。したいのはデート。」

スポーツもデートになると思うのだが、香織が思い描くものとは違うらしい。

マネージャーにさんざん吹き込まれた香織の望みは劇甘の街デートだ。

それと怪我は確かに選手権の地方大会を控えた段階ではまずい。


疲れを癒せて、香織とラブラブ出来て、美味しいものが食べられて、怪我をしない。

はい、答えは、露天風呂付き部屋での昼食とリラクゼーションエステですね。

俺は迷いなくカップルエステプランが売りになっている温泉旅館を見つけてきた。

いつものようにバイクで出掛けるのではなく電車で現地に向かうのも楽しい。

香織は俺にもたれて俺の肩に頭をちょこんと乗せて笑顔だった。

荷物を持つのは当然俺の役目で、香織は小さい可愛いバッグ一つだけだ。


旅館からは駅まで送迎車がやってきていた。

いま流行のラクジュアリーミニバンの最高級グレードだ。

豪華なリアシートにエンターテインメントシステムも付いている。

短時間だが、VIPになった気分が味わえた。

ずらっと並ぶ従業員のお出迎えを玄関で受けて部屋に案内された。

部屋に到着した俺たちは早速露天風呂に突入した。


俗世間から隔離された二人きりの静かな世界が演出されている。

ニコニコ笑顔の香織は湯船のなかで俺の腕に絡め取られている。

香織の顔が上向きになって眼が閉じられる。

俺は香織の唇にゆっくりとたっぷりとしたキスをする。

キスをしながらも、俺の手と腕は仕事をしている。

香織は俺のすることに抵抗はしない、むしろ積極的に合わせてくる。

うっとりと上気した香織が、息を弾ませくぐもった喘ぎ声を上げてくる。

溶けるような幸せな顔をして香織は最後には意識を手放していった。

だらんと力の抜けた香織を抱きしめて、しばらく俺は香織の髪に顔を埋めていた。

少しぬるめの温泉だが、俺たちの身体は温められ、少しのぼせてくる。

更には、お湯のなかで運動をして、余計に体温が上がってきていた。

ご機嫌に眠ったままの香織姫を俺は抱き上げてバスタオルにくるみ布団まで運んだ。

布団に寝かされても眼を覚ます様子のない香織を俺は抱きしめて眠りに落ちた。


「お客様、お昼の時間ですが。」

ふすま越しに聞こえる仲居さんの声で俺は眼が覚めた。

俺の腕のなかにいる香織も眼を覚ましたようだ。

香織は少し恥ずかしそうな嬉しそうな顔をしている。

香織に俺がキスをすると、香織が応えてくれた。

「すみません、直ぐに着替えて準備します。」

「わかりました。用意が出来たら呼び鈴をならしてください。お昼のお部屋にご案内いたします。」

俺が返事をすると、仲居さんの声が返ってきた。


「ねえ、お風呂から布団まで運んでくれたのは直也だよね。」

「そうだよ。」

「香織って重くなかった?」

「全然、可愛い香織だったよ。」

「もう、本当に。直也ったら、嫌い。」

すねた香織も可愛かったので、俺はもう一度キスをした。

香織も眼を細めて嬉しそうに素直に応じてくれた。

だが仲居さんを長く待たすわけにもいかない。

俺たちは、手早く旅館の浴衣と丹前を身につけた。


お昼ご飯は、季節の会席コースだった。

先付けから始まり、刺身、椀もの、揚げ物、と続いていく。

「美味しいね。綺麗だね。幸せ。直也、大好き。」

香織は次々と出てくる料理にワクワクが押さえられないようだ。

「俺も香織が大好きだよ。」

「うふ、嬉しい。大好きだよ、直也。」

給仕をしてくれていた仲居さんが段々無口になったのは、俺たちが原因だろう。

最初は、料理の説明を細かくしてくれていたのに、最後にはごゆっくりと言って料理を置いて立ち去っていったからな。

まだ若そうに見えた仲居さんには眼の毒だったかも知れん。

食事を終えた俺たちは部屋に戻り、しばしの休憩をしていた。

二人で布団に寝転がり、たわいのない話をしていた。

横になった香織は、俺に腕枕をされながら掛け布団の中で俺に抱きついていた。


「エステの準備が出来ております。」

今日のメインイベントと言ってもいいエステの時間が来た。

香織は綺麗に磨きが掛けられると、かなり期待していた。

二人で別室に準備されたエステルームに移動する。

俺と香織が同時に施術してもらうので、エステシャンも二人いる。

しっかり確認したわけではないが見た目アラサーくらいのベテランといった感じの女性達だった。

アレルギーの有無を確認されて、好みのオイルを選んで開始だった。

のんびりと会話をしながらで、香織にとって至福の時間だったようだ。

肌がすべすべになったと大喜びだった。

俺はくすぐったいのと、彼女さんは綺麗で可愛いですねえという、なんかからかわれるような会話で落ち着かなかったが、それなりに堪能できた。


「最高だった。ありがとうね。また行こうね。連れて行ってね、直也。」

満足してくれた香織は、また行こうと笑顔で俺に言ってくれた。

俺は香織が満足してくれたので、頑張ったかいがあったと満足だった。

いまは香織の幸せが俺の幸せだ。

誤字脱字、文脈不整合等があれば御指摘下さい。

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