県大会優勝
「香織って綺麗になったよね。」
「またそれ、誰のことよ。」
休み時間に、クラスの友達に言われた香織は気のない返事を返す。
2年になってからも香織は委員長を引き受けている。
そのため当初クラスでは一年の時に引き続いて堅物の印象を持たれていた。
だが、夏以降は雰囲気が一変する。
甘々の生活の結果で、周りに花を振りまいている。
真面目一辺倒だった表情は、溶ける笑顔しか見せなくなった。
周りの人たちは、香織の180度の激変に衝撃を受けていた。
だが基本の性格までは変わっていないので、困っている人を助けたり、頼まれ事を断ることはない。
元々頼りにされることが多く人気はあった。
だが良い意味での変化で人気が更に急上昇している。
すべて御断りで終わらせているが、告白されることも多いそうだ。
「矢野さん、付き合って下さい。」
「ごめんね。わたし好きな人がいるから無理なの。」
人を引き込む笑顔の力できちんと断りは入れているそうだ。
「いいなあ、香織は。好きな人が居て。」
「みんなも彼氏いるじゃないの。」
「香織とは好きのレベルが違うわよ。香織って、二人だけの世界にどっぷり浸かっているじゃないの。」
「まあ、それは否定しないわ。言われたら確かにそうよね。」
「それに毎日送り迎えして貰って、お弁当も作ってくれているんでしょ。」
「そうだよ。美味しい弁当を持たせてくれるの。えへへ。」
嬉しそうなニコニコ香織は無意識に惚気ている。
「香織の彼氏って、何でも願いを叶えてくれそうじゃない。」
「やっぱりそう見える。わたしも、直也は何でも言うことはきいてくれると思っているの。だけど、わたしはそれほど無理な御願いはしてないわよ。」
いや割と無茶な願いも言われておりますが、香織様。
24時間一緒に居たいというのは無茶ではないのでしょうか?
まあ拘束は宣言されていたから文句をいうことじゃないですが。
あとかなり疲れて眠いときに夜食を作ってくれと言われるのも、ちょーっと辛いんですが。
いや毒殺される危険性があるので、料理は俺がしますが。
いや卸包丁はしまってください。
秋季大会。5回戦。
各Q毎に、スタメンと控えを総入れ替えするという奇策で、相手の作戦を揺さぶり、難なく勝利を収めて、ベスト4まで達した。
春の時には、次の6回戦に負けて、3位決定戦に回った。
3位決定戦に勝利したので3位確定して地方大会に出場する権利を得た。
だが、今回は勝って優勝か準優勝でなければ選手権の地方大会には出場出来ない。
一つハードルが高くなっている。
「これまで積み重ねてきたものを、きっちりと出せば勝てるから。」
鬼コーチは気合が入って檄を飛ばしている。
だがラブラブマネージャー達が香織の左右を固めて、威厳に欠ける状態になっている。
「そんなに、真面目に硬いこと言ってると直也に嫌われるわよ。」
「そうそう、リラックス、リラックス。香織も直也とにゃんにゃんしたいでしょ。」
場違いな二人の言葉に香織が返事に困っている。
眼の前で繰り広げられる笑劇に、スタメンも毒気を抜かれている。
「まあ、少しくらいはリラックスしてもいいけど、試合だからね。適当なことをしていたら怪我をする危険性もある。コーチの言うように手堅くいくよ。」
サブキャプの言葉に、スタメンの意識が引き締まる。
良い仕事をしてくれるサブキャプに、香織が安堵している。
ところで1年生キャプテンは何をしているんだ。
マネージャー二人に好きな女の子の情報を捕まれて、からかわれているらしい。
だもんで、強い発言が出来ない状況にあるらしい。アーメン。
6回戦が始まって、スタメンはきっちり試合をしている。
1年生キャプテンのセンターは、ゴール下をがっちり支配している。
相手のセンターと互角以上に張り合っている。
この調子なら我がチームの将来は明るい。
ポイントガードの判断力も優れている。
誰にボールを廻せば良いかが瞬時に視えるらしい。
綺麗にパスが通りゴールネットを揺らす結果につながっている。
ワンサイドゲームにする必要など一切ない。
ゴールを小刻みに稼ぎ、相手を上回る点数で終われば良いだけだ。
疲れが見えるようになる前に、控え選手で手当てする。
その判断はコーチの役目だ。
自分が動くのではなく、ゲームを俯瞰している香織にタイミングが天啓のように降りてくる。
落ち着いた試合運びで勝利を得ることが出来た。
「これで選手権の地方大会には出場出来るけど、出来たら県大会で優勝して挑みたいわよね。北脇先輩の居るチームと試合が出来るのも、これが最後になるしね。」
北脇先輩は3年だから今回の選手権が高校時代最後の試合になる。
前回直接対決で負けたこともあるし、確かに俺としても一矢報いたい気持ちがある。
中学時代には先輩が居たから全国の頂点に手が届いたことは事実だが、俺もそれなりに仕事してきたことは証明したい。
7回戦、ようは県大会の優勝決定戦だ。
対戦相手は、春の県大会優勝校で全国に出場している。
全国ではベスト8まで到達していた強豪だ。
部員数は多く、激しいレギュラー争いがあるらしい。
だから切磋琢磨して、技術を上げなければ簡単に蹴落とされる。
いい意味ではライバルが沢山いて個々人が成長していける。
その反面、足の引っ張り合いも多いようで、人間関係は良好とは言えないらしい。
派閥もあって、その辺りが相手の弱点と言えるかも知れない。
搦め手の落とし穴を掘って、相手が勝手に落ちてくれるのが理想だ。
こっちは労せず、成果を頂けるからな。
「正面から正々堂々と戦うわよ。」
だが卑怯という言葉とは縁のない鬼コーチさんは、心理戦には持ち込まず真っ向勝負を挑むらしい。
なら、汚れ仕事は、俺の仕事だろう。
こっちの県は、俺の出身地でもなければ香織の出身地でもない。
だがこの土地の出身で、情報戦に長けている味方がいる。
ニコニコのラブラブマネージャー達で、相手校の中にもしっかり人脈があった。
「なければ作ればいいだけだしね。まあ香織が言っていることは正しいけど、正しければ勝てるわけじゃないからね。ただし、香織はあれでいい。指揮官が邪道だと勝っても喜べないときがあるからね。」
表に見える姿とは異なる、真の本音のマネージャー達は恐ろしい。
ラグビーやサッカーでも勝つために地道な努力は惜しんでいないそうだ。
競技のルールは知らなくても、社会のルールは表も裏もよく御存知だ。
「相手のパワーフォーワードは二股を掛けているらしいわよ。」
「センターとスモールフォーワードは、同じマネージャーを狙っているらしいわ。」
「顧問は、実力のない控え選手を使いたがっているそうよ。」
「なんでもその選手がOBの息子で圧力が掛かっているとか、ないとか。」
情報はいくらでも集まってきたが、それをどう利用するかは頭脳勝負だ。
さすがに明らさまな妨害行為は失格になる危険性がある。
俺はマネージャー達と作戦を練り、次々と罠を仕掛けていった。
マネージャー達は生き生きとして、計画実行を楽しんでいた。
俺は資金を調達してマネージャー達の要求に応じた貢物を用意した。
まあ変なものじゃない、高校生らしい、化粧品とかアクセサリーとかだ。
すべては彼女たちが彼氏を引き付けておくために、彼女たちの価値を高めるために使用された。
俺たちの関係は、ウィンウィンだと思う。
試合自体は、がっぷり4つのガチの勝負だった。
俺たちの高校のスタメンは、控え選手のサポートを受けながら、最後まで全力を尽くし優勝をもぎ取った。
裏でどのような謀略戦が行われたかなど知らない彼らは幸せに素直に喜んでいた。
だがマネージャー達も、優勝後は、全てを忘れて、パーティーを心から楽しんでいた。
俺はひたすら疲れていたが、香織の笑顔で本当に癒された。
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